第337話 軍靴の音って、どんな音?
「……ホント、困ったモンだねぇ」
「だねぇ。何で皆、僕らを放っておいてくれないのだろう?」
国境からの報告書をもう一度読み返し、時の帝光輝は大仰に溜息を吐いてみせた。
確かに、一度滅亡の憂き目を経験した帝国は。
衰弱状態のまま、何とか辛うじて生命を繋いできた様なものだ。
当然、他国に攻め入る様な体力も無ければ、気力も実力も無い。
その様な”無い無い尽くし”の脆弱な国家が。
今まで平穏に生き存えてきたことの方が、よっぽど奇蹟の類いに近い話……なのだろうが。
「いや。確かにちょっと前に”辰”国に色々と好き勝手やられてはいたけれどさぁ……」
「その後は国として。やられた分は、きっちりやり返してやったのだけれど。結局そこまでで、征服はしなかったのだから。そっとしておいてくれないかなぁって」
その身勝手な物言いは。
流石に”辰”の人間でなくとも、
『ふざけんなっ!』
と云いたくなってしまうだろう。
実際、鳳翔は。
(……どの口で言うんだろうねぇ、光クンは)
呆れ半分。残りは諦めの境地に達していたり。
「……実は、困ったことにさ。その”辰”から光クン宛てに親書が届いていたりするんだ」
「どれ? …………うはぁ……」
丸々100年以上ぶりに見た、中央大陸公用文字に。
光輝は一瞬だけ、文字列を追う眼が盛大に滑り、文の意味を理解するのにもたついたのだが。
「……あれ? 僕、知らぬ間に老眼になっちゃってたのかな……ええっと…………これは。うん……困ったね」
”脳”の問題にするより、”眼”の方の問題。どうやら、そう思い込むことに決めたらしい。
「でしょ? って、云うか……何で、今このタイミング、なのかなぁって」
「偶然にしては出来過ぎだし。仕組んだのだとしたら尚出来過ぎてるよ!」
ここ数年の間。腰を落ち着け、内政に専念できたお陰か。
自身の体力の限界をも軽く超えた、無謀なる冒険の傷も漸く癒えて。
そんな矢先に。
”国境の壁”の向こう側の情報が、その国の脱走兵だと名乗る者と共にやってきて。
かなりの乱暴者らしき、その国への備えとして。
「駐留軍の数と質を上げてくれと云う陳情と共に、今度は”辰”国からの援助要請……かぁ」
「本当に。あの国の頭は、もうね……そういや、”提督”って呼称なんだっけ?」
面の皮がどれだけ厚ければ。恥を恥とも思わぬ内容の親書を、こうして送りつけてこれるのだろうか?
光輝は、もう一度大きく溜息を吐いた。
「あのさ、翔ちゃん?」
「なんだい、光クン?」
座椅子に深く背を預け、それこそ一瞬身体が浮く程後ろに傾いて、二人して慌てた後に。
「……酒と肴。出して?」
「……ごめん、今日は無いんだ。その代わり……」
翔が両手を合わせて、音高く叩くと。
「炊きたてのご飯と、飯の友は。大量に用意したよ」
「……おおっ。それなら充分にアリっ!」
女房達が、大きなお櫃と。様々な小鉢を乗せた盆を幾つか持って現れた。
「ボクのオススメは。光秀様……今は、尾噛の祟様か……の大好物って話の穴子の佃煮だよ」
「へぇ。あいつ、良いモン喰ってんなぁ。佃煮って、確か最近出て来たって話の”醤油”を大量に使ってる奴、だよね?」
地球上での話だが。
様々な文献に醤油の文字が記され、世間に広く認知された頃とされているのは。
勿論。諸説在るが、大体織田信長が近江に城を建てた辺りだと云う。
この世界で云えば。
本当に。つい最近の出来事であり、まだ味は…………が並ぶ程度のモノでしかないのだが。
これを用いた加工品の日持ちが、目に見えて向上したとあれば。
当然、爆発的に普及していくことになる。
「遠くの地の海産物が、こうして食卓に並ぶってのは。流石に驚きだねぇ」
「それもこれも。醤油と、”海魔”の戦艦の足の速さのお陰さ」
ご近所の乱暴者”七星”の国の情報も。海魔の艦による快速があっての話だ。
もし、海魔衆の合力が無かった場合の未来であったら。
「それこそ、速報が届いた頃には。彼方ではとうに戦端が開かれていた……なんて笑えない話にも、ね。情報なんてモノは。鮮度を失ってしまったら、その時点で何の価値も無いから」
「……そっか。本当に、僕ら祈ちゃんの方に足を向けて寝らんないよね」
穴子の身をひと囓り。
その後にわしわしと、どんぶりの中の銀シャリを一気にかっ込む。
「当然、それも。海魔の艦のお陰さ」
「ははは。僕らは本当に幸運だった。こんな美味いものを食べて、笑っていられるんだからさ」
だが、実際は。
目の前の問題から眼を背けて。一時の快楽に身を任せているだけに過ぎないのだが。
その自覚はあるけれど。
光輝も、翔も。
((多方面同時に軍を展開できるほどの兵力の余裕も。更には任せられる将も複数居ないっつーの!))
帝国に人材はいない。
如何に国力の規模も、財力も。
従前に比べれば、幾倍にもなりはしたが。
「人材ばかりは、ねぇ?」
「結局は、未だ陸戦は鋼クン頼りだし、海戦は栄子さん頼りだ。魔術は祈ちゃんしかいないし。策は光雄様にしか頼れない」
────他にも、頭角を現してくれていいのよ?
なんて、ちょっとだけふたりは思っていたりもするが。
それだって、最初の切っ掛けが無ければ、誰ひとり出て来られるはずもないのだ。
「……いっそのこと、さ」
「うん? 何がだい??」
咥え箸のままに。光輝は思い付きを口にする。
「”辰”からの救援要請。そっちに新人クンでも宛がおうか。見捨てるのは簡単だけれど、失敗しても良い。くらいの気持ちでさ」
勿論、捨て石にするつもりも端から無いからこそ、保険として後方に牙狼兄弟を配置する旨も含めての提案だった。
(その新人クンの選定すら、儘成らないんだけれどなぁ……)
でも、確かに光輝の云う通り、次代の人材の発掘には。
先ず、最初の取っかかりを持たせなければ、誰も何も解る訳が無い。その通りなのだろう。
「……そういえば、さ。誰を”米子”と”倉敷”に送るか? から、全ては始まったんだよねぇ……」
「ああ。そうだね……」
────結局あれから、何も成長していないのか。僕らは。
こうして、何となく嫌な結論が出て来た所で、二人は。
「翔ちゃん。お櫃のお代わりをお願い」
「はいよ」
全てを、白米と共に。
胃の中へ押し込むことにした。
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