第336話 その後始末的な話21-2
「……あれ?」
「どうか為さいましたか、祈しゃま?」
お昼寝の真っ最中の、息子真智の健やかな寝顔を、今まで見ていた祈は。
「何だろ? 良く覚えていないんだけど。私、今まで凄く怒ってた様な、それでいて悲しんでいた様な??」
「……きっとお疲れなのでしょう。最近、ずっと腐れ貴族どもの連日の”突撃! お宅の娘さんください!!” 攻撃で参っていらしたご様子でしたし」
その対策も兼ねて、地位とコネを総動員しての。娘の静を魔導士”見習い”として、魔導局宿舎の片隅に、強引にブチ込んでやったのだが。
「……アイツら、本当にテメーのことばっかだったもんネ。幾ら説明しても聴く耳持ってくれやがらねぇモンだかラ、美美思わず、炭から金剛石が作れちゃいそうになってたヨー」
「ああ。文字通りの”馬鹿”力ですものね、貴女は」
「……ナンダロ? なんか美美、今の琥珀の言葉ですごく不快になったヨ」
────そんなつまらないことを一々気にしてたら負けですよ。
などと。
何に対しての勝ち負けなのか。それをはっきり示さないまま。
琥珀は”同僚”との会話を一方的に打ち切って。
「それはそうと。静さまは、今どう為さっていらっしゃるのでしょうか?」
「魔術に関して”だけ”は、私の方から言うことは何も無いかなぁ……」
祈の言葉は。あくまでも、魔術に関してだけは。と云う超限定的な話に過ぎぬのだが。
「……つまりは。それ以外全然駄目……と、仰っている訳。ですよね?」
「それ以外の意味に聞こえたナラ、医者に掛かることをオススメするヨ、琥珀。この場合は勿論、悪いトコロは頭ネ☆彡」
「むっきーっ! その喧嘩、今すぐ言い値で買ったろじゃねぇですか、このへびおんなっ!!」
「やるネ? 美美印の徒手格斗は。途轍もなく高級品ヨー♡」
目の前で、真智がスヤスヤとお昼寝中だと云うのに。
此奴らは、何も考えず目の前で喧嘩をおっ始めようとするのか。
「<結封呪>。この場に寝ている子がいるのだから。お前たち静かになさい!」
此の場を収めるだけならば、下位の<捕縛呪>だけで充分事足りる。その筈なのだが。
「ぐっ、ごごごごごごご。ごめんなさい、いいいいい、いのりしゃまーっ!」
「うっ、ぐおぉぉぉぉぉ疼っ! 主さまぁ、对不起ダヨー」
何故か、対象を殊更痛めつけるだけの方の呪を思わず用いてしまった違和感に。
祈はひとり首を捻る。
「そそそそ、そんなこ、こここと。いいい、今はぁ。気気、きーーーーっ! にしなくて良ろしいですかかかかかか……」
「身体がキュッと締まるネっ! ああああっ乳が破裂しちゃうヨーっ! 琥珀のおぉぉぉっ!!」
普通の子供であれば。
この騒ぎだ。すぐに驚いて跳ね起き、不快を表明するかの様に大声で泣いてみせたのだろうが。
「……うん。さすが祟さまの息子だ。この子は将来、絶対に大物になるよっ!!」
「……これ、美美知ってるヨー。”馬鹿親”って云うのヨ」
────親馬鹿だったカナ?
どちらも馬鹿って意味なのは、変わらないケレド。
叉焼よろしく、念の縄で強烈に締め上げられた痛みから解放された美龍は。妙なテンションのまま、この後何が起こるのか。その前後を考えずにポロっと溢した。
「しっ! さきほどみたく食肉品に加工されたくなければ、今はお黙りなさいっ!!」
自分の主の気性を、骨身に染みて識っている琥珀は。
(この馬鹿の巻き添えだけは。絶対御免被りますっ!)
「……ホント、貴女たちってば。知らない内に、そんなに言葉が汚くなってしまって……”教育”しなくちゃ。かしら?」
「い、いいい祈しゃま? 何か、先程のお言葉ですが。琥珀の耳には、違う意味で聞こえてしまったのですけれど……」
虎の獣人に相応しきふわふわの毛に覆われた、彼女の耳は。
先程入ってきた音波の意味を。しっかりと吟味しなおすかの様に。忙しなく左右にピコピコと動いたが。
「いいえ。何も問題無いわ、琥珀。だって、私。祟さまにも何度かして差し上げているのですもの。お陰さまで、毎晩充実した夫婦生活よ?」
────そろそろ第二子も欲しいし。次は、女の子が良いなぁ。
なんて、頬を染めながら。女主人はひとりモジモジと身をくねらせた。
「……そんな生々しすぐる話、琥珀は全然聞きとぅなかったですぅ……」
(これ、美美知ってる。”死なば諸共”って奴よネ?)
どうやら美龍は。
未だ、列島の言葉をちゃんと理解できている訳ではない様だった。
◇ ◆ ◇
「……貴方は?」
「うん? 俺か??」
ドンクサの静にとっては、長い忍耐の時間を強いられる白兵訓練を漸く終えて。
着替え片手に女性用の浴場への道を歩いていたら。
(……何故だろう? この男に眼が向いてしまった……凄く懐かしい様な。少しだけ切ない様な……??)
目の前で、何気無く佇んでいるだけの男性に。
勝手に視線がそちらへと吸い込まれてしまったかの様な。
一度向いた眼は、何故か外す事ができない。そんな錯覚を覚えるほどの、強烈な既視感が、静の心を支配した。
「俺の名は、弥太郎。仲間と共に国を捨てて。この間、ここの国の兵隊さんに”保護”されたんだ」
聞けば、弥太郎はと云うと。
”七星”の国の軍の”斥候”として生きてきたのだと云う。
その時の仲間達は、脱走する前に計画が露見してしまい。味方の兵たちによって”粛正”されてしまった。
「”壁”を乗り越えたまでは良いが。俺もかなりの深手を負ってしまってね。ようやく傷も癒えたところで、こうして一人で出歩くことを赦されたのさ」
「……へぇ、それは大変でしたね」
弥太郎の話は、正直右から左の耳穴を滑り往くだけだった。
ただ静は。
目の前で包み隠さず身の上話を聞かせてくれる男の”貌”を。熱を帯びた視線で、じっと見つめ続けていた。
(……此で良かった、のだろうか?)
(? ジグラッド。何故貴方はそんな憂い顔で?)
その様子を静の頭上から眺めていた、彼女の守護霊たちはと云うと。
(運命を操作していた奴の、存在そのものが消えた影響は。ここまで大きいのかと恐怖を覚えてしまって、な……上位存在だとは云え、ただの一柱で、これだぞ?)
(ただの戯れ如きで。複数の”運命の糸”を自在に操りし傲慢を赦していたからこその、この影響なのでしょう。此度の一件、”神”も赦したもう筈です)
────そうだと良いのだがな。
その思いがジグラッドの脳裏を過ぎったのは一瞬。
この先の”未来”に関しては。
(もう我らにも決して”観測”は付かぬ。逆に改変前よりも酷くなることだって充分あり得る)
(その時は、その時でしょう。我らは我らの”勤め”を果たすまで、ですわ)
静と弥太郎の邂逅、その様子を眺めながら、セイラは。
(ご覧なさいな、ジグラッド。あの男に憑いた守護霊たちを。今度の彼ならば、静を任せるに足る人物であるだろうことは、一目瞭然ではありませぬか)
(────まぁ。少なくとも、善良な存在ではあるだろうが)
弥太郎の背後に在るのは。
銀色に輝く体毛を持つ大型の狼と。
漆黒の体毛に覆われた巨大な熊だ。
(聖獣による直接の守護とは。何とも珍しき御仁よ)
(……だからこそ、”あの天使”に狙われてしまったのでしょう……嫌がらせも兼ねて)
俊明の手によってこの世界の”阿頼耶識”からは。彼の天使の存在そのものが無かった事にされてしまい。
静の守護霊たちも、その名まで覚えてはいられなかったが。
(天使とは。本当になぁ……)
(我らの手で、完全に滅せられなかったことが。本当に口惜しい……)
セイラたちの”生前”では。
”天使”と、その”御使い”どもの戦いに敗れての”現在”がある。
「そういえば、君の名を訊いていなかった。教えてくれるだろうか?」
「えっ? あっ! そ、そうですね。私の名前は……」
この出逢いが。
(幸せへと繋がれば良いのだけれど……)
(戦いに明け暮れ、そのまま死した我らの様には。絶対になって欲しくはない、な)
改めて、ふたりの守護霊たちは。
娘の今後の人生が、幸多きもので在ることを。天の神に願わずにはいられなかった。
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