第334話 ”天使”サリエル
「……っ! みっけたっ。みっけたよ、とっしー!!」
「おし、祈。力の限り、引っ張り上げろっ!!」
”御使い”の脳みそを素手で穿る、だなんて。
薄気味悪く、そして気色の悪い作業を、成果が出るまで延々とさせられたうら若き乙女といえば。
「ほらっ。隠れてないで出て来なよっ、この卑怯者っ!」
「んぬおぉぉぉぉぉっ、馬鹿なあぁぁぁぁぁっ?!」
若干逆恨みと怒りという雑念が入ってはいるが、強力な念を込めて”上位存在”を一本釣りに仕立て上げてみせた。
「何故、低俗な”獣”の魂如きが、我が美しき”聖体”に触れられるのだっ?!」
「阿呆。魂の上等、下等を決めるにゃ"獣”の要素なんざ、欠片も関係ねぇっての」
「ああ、でも。影に隠れてコソコソやってる様な臆病者が、表に引っ張り出された処で今更上等ぶってもさぁ……ね。正直、どうなの?」
「女の細腕で一本釣りされちゃって、まぁ……”天使”なんて、あたし初めて見たのだけれど。見てくれからして貧弱坊やよね? 嫌よ、こんな貧相なのを灼いても。一瞬で燃え尽きちゃいそうで、なんだかつまらないわ」
「てゆか、自分カラ”美しい”とか言っちゃう奴って。ホント痛過ぎネ。主さま、こんな奴、視界内にいるだけで気持ち悪いシ、さっさとブッ殺そうヨー」
「なら美龍。貴女が殺ってしまいなさいな。ああ、なんか怖い病気でも持ってそうですし、琥珀は近付くのすらパスしときます」
「んなっ?!」
表に出ることもなく、人の生死に関わる一切の糸を操り続けてきた”黒幕”は。
まさか、神の一文字を名に与えられし”大天使”たる御身自身が。
虫けら同然に下に見ていた"獣”どもの言葉の刃に依る攻撃で。こうも顔の隅々にまで”恥”を塗りたくられては。
「ああ、拙者この状況の事、良く識っておりますれば。確か、”フルボッコ”と申しましたかな?」
「武蔵さん、大正解。景品はそこのチキンまるまる一羽分、でどうだい?」
「拙者。煮ても焼いても、とても喰えそうにないモノを態々調理する趣味なぞござらぬが」
「……ああ、確かに。天使の単位は”羽”で数える方が正しいんだ。流石とっしー」
「よせやい、照れるだろうが」
「んがああああああああああああっ! 貴様らっ、黙って聞いておればっ!!」
大天使”神の命令”激高。
滅すべき獣如きに小馬鹿にされる屈辱は。堕天した天使を裁く”義務”と"権利”を、神から戴いた大天使にとって。
正に、死にも等しき苦痛を伴った。
「はっ! テメェ自らがとうに堕天しちまってる癖に。なぁにを偉そうに」
「なにをっ? 此の”聖体”が堕天する訳も無かろうっ! 言い掛かりはやめよっ!!」
人並みの霊感しか持たぬ静の眼でも。
サリエルの身を意識して霊視せずとも。眩き聖なる”霊気”が、神体をすっぽり覆っている様が良く解る程だ。
「……本当に気付いていねぇのか、情けねぇ。ほれ、翼の先端を検めてみろ。テメェの心が汚れちまってる明確な証拠が、そこにあるだろうが」
俊明の指し示した先には。
黒ずんだ羽根の一部が。まるで一滴のインクが垂れた様な、漆黒の染みが其処に滲み出ていた。
「”神の命令”だ。命を絶て、サリエル」
「……くっ」
”神の教え”では。
自らの命を絶つことは。
神の意思に背くことの次に、罪深き”業”となる。
そして、この場合では。
「できる訳ゃ無ぇよなぁ? どちらを選んでも”神のご意志”とやらに背く重大な罪にあたるンだからなぁ……」
「……ぬぬぬぬ……獣っ、があぁっ……」
サリエルは、最早完全に動くことも出来なくなっていた。
俊明の言霊、その全てには。
”神”の御名の下に。その”強制力”が働いているのだ。如何に”八大天使”として天界に於いて上位に君臨する偉大なる存在であろうとも。
「如何に”大天使”だなんだと踏ん反り返っていやがっても。所詮テメーは”天の使いっぱしり”、その一羽に過ぎねぇ。神の御名を出されちゃあ、な? ……くくくっ」
「……これ、どちらがより悪役なのか。傍目から見ていて、もう全然解りませんね?」
「少なくとモ。ハゲの方が人相も悪いし、絶対的に悪役に見えちゃうヨー。言ってることも小物感丸出しネ☆彡」
「お二人とも。できれば、其処までにして下さいませぬか? あんなのでも、一応は我が<玄武>の主でございますので……」
「なんか、酷い言われようだよ。日頃の行いってさ、本当に大事だよね。とっしー?」
「あっれぇー?!」
思わずぺちんと叩いた額が、妙に音高く響いた。
◇ ◆ ◇
『……くっ、まさか我が美しき”最高傑作”が、こうも簡単に滅せられてしまうとはっ!』
今回の遊びには。
念の為に、保険をかけておいて正解だった様だ。
”本体”とまるで変わらぬ完璧な”分け御霊”を造るのには。
百年単位の時間が要ると云うのに。
『つまりは、あの”呪いの子”たちは……』
────少なくとも。たった一度の接触だけで。
存在が消滅してしまう可能性も、普通に有り得るということだ────今回の、分け御霊の場合と同様に。
力天使とは違い、サリエル自身には、大した戦力は無い。
それでも、たかが”猿”如きが幾ら束になった処で。遅れを取る訳もない、筈なのに。
天使たちは。
この世界の管理官に請われ降り立った他の”上位存在”の様に。多次元同時存在として、地上に降臨してはいない────”主”に禁じられてしまったせいで。
『全く。未来が視えている訳ではない。と云う処が、本当にもどかしい……』
神に名と共に与えられた”権能”の一端に依って。
虫けらどもの”未来”を操る事で、不確かながらも、間接的に少しだけ先の未来を覗くことができてはいるが。
今回の様に。
少しでも、当初予定していた事柄からズレてしまえば……そこから一気に崩壊してしまう。
捉え方に依っては。良い教訓になった、とも云えるのだが。
『────だが、それも怪我の功名と云う奴か。”獣”の分際で、神を語る彼奴らと、”呪いの子”その関係者たち全てを特定できた。これで愈々面白くなってきたぞ』
”主”を、讃えよ。
”神”の名を、賛美せよ。
そして、”獣”に聖火を与えん。
サリエルは、謳う。
粛正を、復讐を。神に誓って。
『光よ、在れ。”獣”を駆逐する光は。主の御許よりっ!』
そして。此の、暗黒の世界にも。
主は来ませり。神の子と、共に。
「────みつけた」
『ひっ?!』
光は、来た。
皮脂でテカる額の光が。
「よぉ、サリエルぅ。さっきぶりぃぃぃぃ」
『ひっ、ひぃぃっ! あの時の、低級霊っ!?』
神の名を用い。
分身を縛ってきたハゲが。大天使の目の前に。
「良~い感じでビビってくれてありがとよ。だが、まだ俺はお前さんを全然許しちゃいねぇんだよなぁ、これが」
『なっ、貴様。守護霊の分際で、不遜にも神に手を懸けようとでも云うのかっ?! 決して赦されることではないのだぞっ!?』
本来”天使”として。
識り得る筈のなかった”恐怖”を。確り霊体に刻み込まれてしまったサリエルは。
「はっ! ”天の使い”如きが一端に”神”を語りやがるってか? まぁ”八神”なんて、手下に名乗らせてンだから、それくらいの不敬。普通にカマすかぁ」
自身の存在の発生から、その終焉までを視た経験があるとは云え、サリエルは。
初めて、蛇に睨まれた蛙の心境を識ることとなった時────。
「────ま。そんなのは、もうどうでも良いか。どうせ、この世界のこれからは、七大天使に為るのだし────」
”最凶の陰陽師”にして、元勇者たる天地 俊明の名の下に。
”神の命令”の名は。
この世界の、全ての記録から。
彼を知る者たちの記憶からも。
存在ごと、完全に消え失せた。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。
ついでに各種リアクションも一緒に戴けると、今後へより一層の励みとなります。




