第333話 三匹の御使いたち
「殺すっ! 殺すっ!! 殺すっ!!! お前らはっ! 絶対にっ、俺の手でっ!!」
「あー、コイツ本当に。口だけの吵闹的人ネ。翠?」
「はい、美龍さま」
如何に魔術に慣れ、耐性が付いてきたとはいえ。
それで漸く人並み程度の弥太郎では所詮。
「くっ。まだ、おれ、は……」
「……ほう? 主上。この御仁、ほんの一瞬ですけれどウチの<睡眠術>に抵抗した挙げ句、拮抗してみせましたよ」
「へぇ、本当に凄いんだね……”運命操作”って権能は」
翠の操る”魔術”は、あまりにも特殊過ぎた。同じ手順、同じ術式を用いていると云うのに。
まず必死に抵抗を試みたとて、
『徒労』
という。その言葉の意味を、身を以て思い知らされ終わるだけなのだ。
「そも。魔術の欠片も知らぬ筈の、この者では。我が術に対し一瞬でも拮抗してみせた時点で。”奇蹟”にも等しき行いでございましょう」
「わおっ。翠ってば、自信家さん過ぎヨー」
「いいえ、美龍。実はそうでもないんだなぁ……」
如何に不意討ち気味だったとはいえ。
過去に祈は、翠の繰り出した<深層睡眠術>を最大効果でモロに喰らった苦い経験がある。
”魔術”で身を立ててからというもの。
祈は、一度もその様な屈辱を味わった経験が無かっただけに。かなり堪えたのだ。
「念の為、縄を打ちましたが……さて。本職の”斥候”に、どれだけ効果があるのやら」
「静っ! 今すぐこの男に<捕縛呪>を為さい。脱走兵として、処分されたくなければ」
「……っ!」
母としての気持ちの上では。まるで死体に鞭打つかの様な、惨い仕打ちをしたくもなかったが。
味方の兵から、幾名もの犠牲者が既に出てしまっている以上、その様な薄甘き判断をしていては。下に何も示しが付かない。
「……魔導士”見習い”尾噛 静。返事はっ?!」
もし、娘の口から。
『出来ません』
との言葉が漏れ出た、その時は。
(貴女との……親娘の縁が、切れる時)
どうあっても。尾噛 祈は。私人である前に、公人で在らねば為らないのだ。
そうしなければ。
(────私の下には。万を超える人間がいるのだから……)
「……静」
「静さま?」
美龍は、心配げに。
琥珀は、急かす様に。
「……っ……でき……ませぬ……母さま。私には、どうしても、できませんっ!」
「……そう。翠っ!」
「はっ」
ほんの一瞬だけ、場のマナが揺れたと同時に。
「ごめんなさい……母さま。やた、ろ……う……」
娘が崩れ、涙の一滴が大地を濡らした。
◇ ◆ ◇
「……ふたりとも、ごめん。多分、貴方達が守護した娘は……」
娘の守護霊たちに。
母は、深々と頭を下げた。
「致し方無し。最悪の状況だけは、回避できたのだ」
「……私は、大いに不満です。こうなったのは、全て邪悪なる”天使”どもの仕業。何故そのせいで、あの娘が此処まで苦しまねばならぬと云うのです?」
それに、お前らだって。今まで散々良い様に踊り狂っていたではないか。
その癖、正義面して他人の罪は確り追及するとでも云うのか?
セイラの視線に雄弁に込められた、その圧には。
あまりに正論過ぎて、誰も何も言い返すことができなかった。
「……それに、まだ終わってなんかいません。むしろ、これからでしょうにっ!」
セイラは叫んだと同時に抜剣し。男の背後に憑く三体の低級霊たちへ向け、一気に振り下ろしたが。
金属同士がぶつかり合うかの様な、硬く澄んだ音が辺りに響いた。
「「「くけけけけけけけけけけけけけっ」」」
「くっ、やはり。貴様らはっ!」
弥太郎に憑いた三体の"御使い”たちは。
魔を祓い清める剣の一撃を、その身一つだけで完璧に弾いてみせたのだ。
「無駄さ。あんな醜い見た目でも、一応奴らは”神の使い”なンだぜ。アンタの聖剣じゃ、傷ひとつ付かないのは、充分解っていた筈だろ?」
「……くっ。ああああぁぁぁぁっ!」
”仇敵”を目の前にしていると云うのに。
生前の時と同様。何も出来ぬ無力感に、セイラは血の涙を流し慟哭した。
「……祈」
「うん。<結封呪>」
完全に此方を舐めてかかる”御使い”に向け、祈は複雑な紋様と特殊な呪を虚空に描き、強力な念を込め印を結んだ。
「「「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ、ぎゃ。ぎゃっ? ぎゃっ?! ぎゃ!!!」」」
「阿呆が。呪術にゃ、端っから”聖”も”魔”も無ぇんだよ」
”神の御使い”、それ自体は。聖なる存在なのは確かだ。
当然、同属性や下位属性の攻撃には。自身の持つ高い耐性と抵抗力を抜かれぬ限りは、傷一つ付きはしない。
だが、呪術には。
術者自らが、態々それと定義し実行しない限りは。属性の概念、それすら無いのだ。
「中身がチョロっとはみ出ちゃっても知らない。一気にキツく締め上げてやるっ。今まで私達が味わった苦しみの億分の一、万分の一くらいは。此処で返してあげなきゃね」
「「「ぎゅわわわわわぁっ!!」」」
強固な念の網が、御使いの身体の其処彼処を縦横無尽に走り、原形が解らなくなってしまいそうな程、急激に縮んだ。
決して切れぬ網の目から、漏れた肉がはみ出て。そこから押し出された皮膚が割け血が噴き出した。
「お前さん方のヒキコモリ上司の”領域”にゃ、こんな素晴らしい術系統なんか存在しねぇんだから、判りはしないかぁ」
先程まで。嘲笑に歪んでいた”御使い”たちの貌は。
今では、未知なる恐怖に依って原形をも留めぬ程に。醜く歪み果てていた。
「とっしー!」
「応さ。手順はさっき教えた通りだ。一気にブチ込んでやれっ!」
祈は、御使いの頭を脳天から割り入れる様に、腕を一気に突っ込んだ。
肉……と云うよりは、脂肪を掻き分ける独特の脂のぬめりの気色悪さを覚え、我慢する様に顔を顰めながら。祈は、ただひたすらにそれを探し続けた。
「ぎゅわっ! ぎょへぇっ!? ……かゆ、うま……?」
「「ぎょう、ちゅうっ! けっ……!!」」
「喧しい。少し黙ってろ」
この場に居るもう一人の呪術師であり、”最凶の陰陽師”俊明は。
痛みに藻掻き、叫き散らすだけの残りの御使いどもに呪いをかけ、強制的に黙らせていた。
(ネ、琥珀?)
(何ですか、美龍)
(やっぱリ。主さまの守護霊に全部丸投げした方ガ、良いンじゃないカ?)
(あー……)
「残念☆ あたしたちはね。本来こういう時も、直接手を出しちゃダメなのよん♡」
「え、でも……?」
「ああ。俊明どのだけは、例外中の例外にござる。アレを基準に我らを視るのはやめて戴きたく候」
主人に憑くの守護霊たちは”特別なのだ”と常々聞いていたが。
どうやらその中でも。
あのハゲは、特別中の特別なのだそうで。
何処まで信じれば良いのか、全然解らないまま。
「っかー! なんだか、楽しく、なって、きたぞーっ!!」
"御使い”相手に拷問を仕掛け。一人勝手にキモチよくなっている混沌なる状況を、傍から鑑みて。
(美美、何だか今すぐ帰りたクなってきたヨー)
(それは奇遇ですね。実はわたしも……)
主人を置いたままになるが。
二人とも、すぐさま帰宅して。全てを忘れ明太子を一囓りしつつ、銀シャリを口いっぱいに頬張りたい衝動に駆られていた。
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