第331話 運命の糸
「今すぐ俺に”魔術”を教えろ!」
「お、教えることは。全然構いませぬが……」
今まで大きく感情を動かす素振りも見せなかった弥太郎のいきなりの剣幕に、静は恐怖と困惑を隠せなかった。
急な態度の豹変に戸惑いを覚えつつも。静の方は、魔術を教えること自体、一向に構わない。
だが……
「が? 何か問題でもあるのかっ?! 理由を言えっ!!」
「えっ、ええと……弥太郎さま。先ずは、今現在。我々の置かれた状況を思い返して下さいませ。この場でマナを少しでも動かしていまえば、て……っ……魔導士に依って、忽ちに居場所を感知されてしまいましょう」
静は一瞬。
無意識ではあったのだが、魔導士の前に、『敵の』と言いそうになったことに愕然とした。
(……母さまのお弟子さんたちを……敵? 待って。今、私は……なんてことを言いそうに……)
しかも。
あまりにもそれが、スルっと自然に口の端から出てきていたのだ。
”見習い”待遇で魔導局の宿舎に入ってからの一ヶ月程度の間、彼らとは濃密な交流を続けてきて。
皆、親切で優しく。それでいて、大人としてしっかりと厳しくも……
”上司の娘”だから、とか。そんな下らぬ理由による特別扱いは全く無く。皆、人としても尊敬できる立派な"魔導士”だったと云うのに。
「……っ! ……そうだな、ならば仕方が無い」
静の指摘は、確かに正しい。だからこそ、弥太郎は引き下がってみせたが。
それでも、一瞬だけ覗かせた獣染みたその貌に。
(一瞬、殺されるのかと思った……)
男に対し、少しでも芽生えてしまった"恐怖心”は。
娘の心の中で大きく根を張り、最早拭い去る事はできない様だった。
(あの男は、私の”運命”。その筈、なのに……)
その直感を信じたからこそ、こうして一緒に行動をしている筈なのに。
今の置かれた状況は。
(私ったら。まるで、人質の様だわ……)
少し前まで、霞みが掛かっていた気までする思考は。
完全に晴れていた。
◇ ◆ ◇
「请原谅、主さま。美美、全然言いつけ守れなかったーヨ」
「構わない。美龍、貴女は今まで私の命に忠実に従ってくれたのだと解釈してる。それに……」
「はい。先ず、皆様に対し謝罪せねばならないのは、ウチの方でしょう。此度の一件は、全てウチの予測の範疇でありましたが……」
翠がそれと気付いた時には、既に自身の力だけで留めておける限界を遙かに超えて。事態が進行し過ぎてしまっていて。
「人の手で修正が効くその時まで、何もできませなんだ……”命運”を握られては。所詮、半神の、その擬きでは」
この世界に於いて”人”と云う括りは。
確固たる”わたし”という自意識を持った知的生命体、その全てを差す。
それこそ、純粋なる人間種だけでなく、獣人であろうが、それこそ”聖獣”や”亜竜”を含む竜種の全ても、勿論その範疇だ。
だが……
「”天使”。彼奴らにとっての”人”とは、神の子のみ。それ以外は、全て”獣”……サル以下の存在でございまする。その様な”原理”に凝り固まった邪悪なる存在が、地上に生くる者たちの"運命”を、悪戯に手繰ったことによって、今回の一件が引き起こされました」
千寿 翠は。
<五聖獣>の中で。北を守護し、水/冥を司る<玄武>の手に依って、この世界に生み出された神造人間だ。
この世界の管理官の目を盗み、赦される範囲を大幅に逸脱して造られた彼女は。
「……その様なズルを用いても、結局”本物”にゃあ敵わねぇのさ。まぁ、一応お前らの半分は、奴らと同じ”神”の括りだ。気を付けていれば、何とか防げたんだろうが……」
「はい、ウチの注意が遅れました。申し訳ありませぬ」
「したり顔で云うけれど。何で今まで教えてくれなかったのさ、とっしー?」
守護霊その1の態度が気に入らず、イラッときてしまったせいか。何時になく祈は強い口調で食って掛かった。
「そりゃあ、言っても絶対聞く訳ねぇからな。"運命”の糸を握られるってこたぁ、そういうことなんだよ」
それでも、もしかしたらと。
「我ら、警告は常にしておりました」
「貴女には、全然聞こえていなかったみたい、だったけれどね」
「えっ。そんな、嘘……?」
武蔵とマグナリアの言葉が信じられず、祈の口から、何度も否定の言葉が漏れる。
「都合の良い様に認識がズラされちまうんだよ。だから厄介極まりないのさ、影に隠れて運命操作をしてくる存在ってなぁよ」
「そんな卑怯なヤツを相手に、私達はどうやって対抗すれば良いと云うんですかぁ?」
「ネー? 殴れる距離なラ、美美即殴りに行くけれド。きっとそんな単純な話じゃないヨー?」
単純な武力だけならば。
美龍は、本気になれば<青龍>に傷を付けることもできるし、琥珀だって瞬間ならば<白虎>の権能を発揮できる。
充分に”天使”をも殴り倒せるはずだろう。
だからこそ、一切目の前に現れず、それと知らぬ状況のまま、周囲の状況を良い様に荒らされては。
「……大丈夫よ。一度そうと認識し注意する様になった貴女達なら、もう奴も簡単には運命を操れない筈だから」
「今のお前らなら、逆に運命の糸を手繰る手を掴んで、この場に引き摺り出せるだろうさ」
────そうなりゃ、後は奴を力の限り思いっきりぶん殴ってやりゃあ良い。
俊明が何時もの様にペチペチと額を叩きながら、そう締めるが。
「だが、同じ引っ張るならば。手繰るべき糸は……」
守護する娘を救うために、守護霊の本分すらも捨てさったジグラッドが、その言葉を引き継ぎ。
「然り。其奴を確実に一本釣りにしようと云うのであれば。騒動の中心。その糸こそが一番よろしいかと存ずる」
武蔵がそこに注文を付けてみせた。
「考えてみたらさ。私、此処まで虚仮にされたのは、生まれて初めての経験だよ。天使だか、神様だか、そんなの全然知らないけれど。このケジメだけは、絶対に付けてやらなきゃね」
「「「はい(是)っ!」」」
この場に蒼が不在なのを少しだけ残念に思いながらも。
祈は、”家族”と復讐を固く誓った。
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