第329話 そして守護霊たちの方は
「……セイラ」
「なんです?」
弥太郎と静のやり取りを上から眺める二人は。
「俺は、守護霊の本分を今から忘れようかと思う」
「……そうですか。お好きにどうぞ」
守護霊、指導霊の本分とは。
『あくまでも、全ての決定は人間の側に在る』
と云う、至極真っ当な規定のことだ。
対象を、霊的に護ることが守護霊の使命であり。本懐である。
そして、守護霊とは。基本、指導霊の役目も同時に兼ねていることが多い。
指導霊とは。
対象の、その後の運命をも左右しかねない重要な場面に於いて。例えば”虫の知らせ”だったり、他人のアドバイスと云った形で、より幸福に近付ける選択肢へと導く存在であり、そんな『心の声』に素直になれる人間ほど、より善き徳の高い指導霊が降りて来るとされている。
階位だけで云えば。
ジグラッドとセイラは、祈に憑く三人の元勇者にも、限り無く近い存在であり、もしかしなくとも此の世界に於いては。”神への扉”に最も近い魂と云える。
そんなジグラッドが。
「……静止しないのだな?」
「どうせ貴方は。止めても聞かないでしょうに……」
守護霊の本分を辞める。
その意味は。
「此の様な事態に、”規定”を理由に指を咥えている様な”神候補”なぞ。信頼に値する訳もないでしょう」
「……そうだ。その通りだ」
通常、成長限界にまで達した魂は。
”神への扉”を潜る事になる。
だが、それは魂の階位に於いて。最上位へと到達した者だけが通ることの赦された狭き門。
神の定めた”規定”に背いた魂は。その罰則に依って、階位が落とされてしまうだろう。
もしかしたら、守護霊の資格すら失うかも知れない。
「悪意に依って、強引に歪められし”運命”に介入できぬのであれば。もう物理的に捻るしかあるまい?」
「だから、その選択。なのでしょう? 私は支持します」
今の人並みに”霊感”が在る静には。
指導霊としての声が、ちゃんと届いている筈。
……なのに。
「我らの声が届かぬのは。いや、届いているだろうにその声を殊更無視するのは」
「……あの男に憑いている奴らの仕業でしょうね」
セイラが憎々しげに見つめる先には、弥太郎に憑く指導霊の姿が在った。
「……一見、低級霊の様に見えるが。アレは、絶対に”御使い”よな。この世界には存在しない筈の」
生前、ジグラッドとセイラが闘い続けたのは。
天使と、その下僕たる御使いどもだった。
此の世界の管理官に請われ降りたとされる、異界の上位的存在たちの中でも。
”八大天使”と呼ばれし、限り無く光に近しい神聖な存在は。
「”魔王”の駆逐という使命を忘れ、”支配遊戯”を楽しむだけの堕落した存在が……」
「まさか、この列島にまで現れるとは。どこまでも巫山戯た連中ですこと」
なまじ、静が人並みの霊感を身に付けてしまったが為に。
「御使いの魅了の唄に、こうも簡単に引っ掛かるか。此ばかりはどう為様もない」
「元々あの男は、あの子の定められた”もうひとつの運命”ですもの。あの子の守護霊であり、指導霊である私達では、抗う事叶いませぬ」
人生には。どうしても避けられない"運命”と云うものが在る。
それを、物語的に表現すれば。『赤い糸で結ばれし運命の人』という奴だ。
「この”出逢い”に依る一番の不幸は。御使いによって歪められた”血塗られた運命”の一環と云うところ、だろう」
「本来出逢うべく時に、彼女達は出逢うことができなくなってしまった。もうこの歪んだ”縁”には。何の幸福も在りはしないでしょう」
弥太郎と静は。
もしかしたら、周囲に祝福され結ばれた”未来”も。確かに存在していたのかも知れない。
その場合は。
「少なくとも。此度の一件では、死者は出なかっただろうに」
「……だから、貴方は本分を”忘れる”のでしょう?」
────なら、四の五の言わずさっさと行動を起こせ。
言外に匂わす同僚の冷た過ぎるその態度に。ジグラッドは苦笑いしかできなかった。
◇ ◆ ◇
「……そろそろ、かな」
「俊明どの、そろそろ、とは?」
今も淡々と一軍の将としての仕事を熟す祈の頭上で。
三人の守護霊たちはと云うと。
「気にすることはないわ、ムサシ。また、そんな思わせぶりな台詞を吐いて、結局は大きく的外れ。それが何時ものトシアキでしょうに」
「……ああ」
「そこで勝手に納得しないで武蔵さん。ってか、あっちのふたりっ! ええ加減焦れて、此方に接触してくる様な気がするのさ」
此処で要らぬレッテルを貼られては堪らぬと、皮脂でテカる額を勢いよく掌で叩き。俊明は大きく叫んだ。
「……何故に? そも"規定”に逆らう行為でござろうに」
「ねぇ? そんなことをして、あの二人に何の得が?」
武蔵とマグナリアの疑問は、至極尤もな話だ。
如何に守護霊が、対象に真摯に向かい滅私奉公したにしても。
「まぁ、そうだよな……それで面白い様に階位が下がるってオマケ付きなんだから。”神”を目指す魂なら、そもそもそんな損やらねぇってな……って。ここまで云えば、二人とも解るだろ?」
もう抜け毛の心配も無くなった筈の毛髪をまるで労る様に優しく掻き上げながら。俊明は自身の考えを端的に語る。
あの二人も。自分ら三人と、全く同じなのだと。
これ以上はもう神への扉を潜るしか先は無い。
そもそも、端から神なんぞに成りたいなどと。そんなつまらぬ想いが欠片でも在った時点で。
「祈の守護霊なんぞ、やってらんねって」
「然り」
「……まぁ、ねぇ?」
「……なんか、人の頭上で勝手言いたい放題過ぎ、じゃないカナ? 三人とも……」
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