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第328話 上手な圧力の掛け方




 ”死にたがり”の彼に拐かされた(しず)の追跡、捜索が始まってから。

 既に、四日もの時が経っていた。

 

 捜索開始の当初は。

 土地勘も無い、異邦人たる敵国の雑兵如きに。箱入り娘の静を連れた、この無謀なる逃亡劇を。

 

 『無事、演じきれる訳も無かろうて……』


 誰もが、そう高を括ったものだったが。


 日が暮れ、また登り始めた頃から。軽口を叩いていた口が、徐々に重くなっていき。

 二日、三日と日が経つに連れ。目に見えて焦燥感が漂う様になっていた。


 「不味いな。”壁”を超えられでもしたら、もう我らでは……」


 帝国の兵達から、”死にたがり”などと呼ばれてきた男と、その仲間たちは。

 何の装備も無しに。それどころか、素手で国境の壁を越えてきたのだと云う話、らしい。


 もし、その話が真実(ほんとう)であれば。

 少なくとも、"死にたがり”は壁を越え、ひとり逃げ果せられるだろう。


 「だけれど、()()()()()()()()。逃走速度は大した事無い筈。見落としが無いか、もう一度周囲を浚いなさい」


 騎乗の経験が全く無い人間を連れての、馬での逃亡なぞ。

 どう考えても、上手くいく訳が無い。


 考えられる方法としては、後ろから支える二人乗りだ。

 だが、如何に静が小柄な体格の女性であるとはいえ、それに加え具足を纏いし屈強の大男までが同乗するともなれば。

 馬にかかる負担は、当然馬鹿にならない。


 ”死にたがり”は、軍の施設からの脱出の際に。

 三頭の馬と、同じ数の馬具を確保していった。恐らくは、その内の一頭を”予備”に充てている筈だ。

 ……それでも。


 「疲労は、確実に蓄積されていることでしょう。時が経つに連れ、有利になるのは我らの方です」


 追跡・捜索の部隊を指揮する(いのり)には、特に気負いも無ければ、焦燥も無い。

 ただ、淡々と。

 刻々と積み重ねらていく情報と、そこから導き出せる推察に基づいて。兵を動かしていた。


 静ほどの()()()魔導士ならば。

 馬の疲労を軽減し、隠密の術を駆使して。目的の場所……"壁”までの最短の道筋(ルート)を真っ直ぐに目指すだろう。

 だが、静は。魔術を上手く操ることはできても。


 「あの()は。どうやら、魔術が万能なモノだと勘違いしている様ね。其処が、付け入る隙と見ます」


 魔術による”反動”を知らない。


 蓄積された疲労を軽減する魔術は在る。

 身を隠し、音を消す魔術も、確かに在るが。


 疲労を軽減する魔術は。あくまで、()()()()()()をするだけに過ぎず。それに頼り過ぎると、その後確実に襲い来る虚脱感に泣く羽目となる。

 身を隠す<透明化術(インビジ)>や、音を消す<無音化術(スニーク)>は。自身すら知覚できなくなるだけでなく、当然、同行者に掛けようものなら、双方共に全く認識できなくなってしまうだろう。


 「……もしかしたら。今頃途方に暮れているかも、ね」


 今回、捜索部隊は。

 細かく5人の組に分け運用しているが。


 必ずその中には、魔導士を一人入れる様、命令している。


 周囲の捜索の際、魔導士には。

 必ず周囲のマナ支配を強く意識する様、徹底して指示を出し続けた。


 「マナの支配。魔導士の戦いは、其処から始まる。あの娘は、それを全く理解していない……」


 天才は。己が才のみで、全てが解決してしまうが故に。

 物事の真理を、真に理解する機会を得られぬまま。


 「……此処で、一度挫折を覚えるのも。良い経験となるでしょう」


 そして。そのまま、無残に骸を晒してしまっても。

 ────それはそれで、仕方が無い。


 祈は、母で在る前に。

 兵達の上官であり、帝国の人間で在ることを心に誓ったのだ。


 (あの”死にたがり”の手によって死した者たちにも。家族がいた筈なのだから……)


 自分の娘なのだから。当然、愛おしいに決まっている。

 そして、今回の犠牲者たちの家族も。きっと祈と同様の想いを抱いていただろうことは。


 だから、祈は。


 「……申し訳ないけれど、静。貴女のことは……」


 脱走兵として。

 そして、裏切り者として。


 「処分します」


 母として。

 魔導の師として。

 そして、帝国軍のNo.3として。


 徹底的に非情になるその決心を、改めて胸に誓ったのだ。



 ◇ ◆ ◇




 「……不味いな」


 弥太郎(やたろう)肌感覚(野生の勘)では。危険信号が、常に鳴り響いていた。

 追っ手の気配を感じ、やり過ごした回数は。もう両の指でも足りぬほどだ。


 その度に、同行を願い出た魔導士”見習い”の使う魔術に助けられたのだが。


 (そもそも俺ひとりであれば、追い付かれることもなかったのだがな……)


 ────何故。あの時、俺は。

 この娘を、祖国(くに)へ誘ってしまったのか?


 自身に向けて、詮無き問答を繰り返す様になっていた。

 娘の名を聞き、覚えたというのに。

 弥太郎はというと。


 「おい」

 「ドンクサ」


 の、どちらかで呼んでいる。


 本人は自重をしているつもり、なのだが。


 『足手纏いめ……』


 その苦々しき思いは。既に隠しようもなく、滲み出始めている。


 何となくそれを感じているからか、静もなるだけ弥太郎の負担にならぬ様に、健気に魔術を使い続けているのだが。


 強引に縁を結ぼうと暗躍する貴族共への牽制として、”見習い”として軍属になるまでは。

 静は、苦労を全く知らぬ。文字通りの箱入り娘だったのだ。


 野宿の経験は、幼き日に幾度かあるが。

 それは母と、その家族達の手に依る”快適”な細やかなるお世話があったこそ、何の問題も無かったに過ぎぬ。


 その甲斐甲斐しきお世話の手が、欠片も無くなってしまえば。


 (知らなかった。干し飯って、こんなに美味しくないんだ……)


 ”調理”と云う言葉と、その意味は知っていても。

 それを自身の手で行った経験が無い以上は。所詮、概念以下の存在でしかなかった。

 湯を沸かし、その鍋の中に放り込むだけでも、今と全く違った感想が出て来たのだろうが。


 食に対し、特に興味も熱意も無い弥太郎には。


 「腹に入れば何でも変わらぬ。膨れさえすれば、それで良いだろう」


 心の底からそう思っているが故に。同行者へ向ける共感は、欠片も無い。


 そうこうしている内に、予備を含めた三頭の馬は。

 遂に足を停めてしまった。


 「まだ”壁”までは。幾分か距離があると云うのに……」

 「弥太郎さま、申し訳ありませぬ。私の力及ばず……」


 自覚の無き、その言葉に。

 一瞬、弥太郎は激高しかけるが、何とか一瞬沸騰した血を、無理矢理に冷まさせた。


 (……本当に。何故俺は、こんな女を……)


 今日に入って、何度繰り返したかも覚えておらぬその問答を、もう一度弥太郎は自身に向けて投げかけた。



誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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