第324話 運命は定まった
「しかし、警備が異常だな」
行動を起こす為に。弥太郎は夜まで待った。
……なのに。
「どうやら、交代はしたみたいだが。夜に居る奴らの方が余程できる」
”斥候”として長く生きてきた経験からなのか、はたまた此こそが彼の能力の一端なのか。
弥太郎は、周囲の音と気配だけで。ある程度の状況推察ができるまでになっていた。
その能力が警告を発してくるのだ。
『今動けば、確実に失敗するぞ』
と。
「だが。このまま難しいと手を拱いていたら……」
今度は、魔導士によって強制的に眠らされてしまう。
魔術に対して”慣れて”きたのか、潜在的抵抗値が上がってきている様で。今ではその効果時間も確実に半減しているのだが。
実際は。それでも通常の効果時間になっただけに過ぎない。
そんなことも全然知らぬ弥太郎はというと。
「これが敵方の魔導士どもにバレでもしたら……」
”無知”の恐怖とは。
本人が何も知らぬからこそ、より怖さが増していく。
当然、対策なぞ欠片も思い浮かぶ訳もなく。
『次の眠りが、もしや永劫の長きに渡るのでは?』
その様な在りもしない恐怖が、弥太郎の中でまるで蛇の形をとって蜷局を巻き、そして頭を擡げてくるのだ。
”八神”の国では、庶民の間に具体的に名が知られた魔導士は存在しない。
実際はどうなのか、弥太郎すらも全然判らぬが。
だが。確かにそんな人気的な位置に在る祖国の”将”を、彼は知らなかった。
”理想郷”の捕虜となり、実際に喰らってみて初めて、”魔術”と云うその存在がお伽噺の世界の話だけでなかったのだと漸く知ったばかりなのだから、そもそも対策以前の問題だと云えようが。
自らの死を待ち望んでいる癖に、実際は恐怖心に駈られて行動を起こそうとしているのだから。
端から見て、彼は酷く滑稽な人物なのだろう。
「だからこそ。多少危険でも、今の内に動いておかねばならぬか」
────当人にしてみたら。きっと至極真面目に動いているつもり、なのだろうけれど。
◇ ◆ ◇
「……祈どの。どうやら、例の”死にたがり”の御仁。動き出した由」
「そっか。そろそろかなってマグにゃんの予想、当たっちゃったか」
「そりゃあ、ねぇ? 抵抗なんて、少しでも耐性が付いちゃえば。できない方がそもそもおかしい話な訳だもの」
守護霊その2、武蔵の持つ”超感覚”は。
その気になれば、周囲半里(約2km)の意思在る生物は。全て彼の探知範囲内という異常な高性能を誇る”霊界レーダー”だ。
当然、魔術の入り具合に関しては。
守護霊その3、マグナリアは実務経験豊富な大魔導士なのだ。此度の事は、全て予測の範囲だった。
「そう悲観することもないわ。貴女の”弟子”は、魔導士として一流よ」
「……でも。こうなることを予見していたの、実際マグにゃんだけだったし……」
”死にたがり”に対し施してきた<深層睡眠術>の”半減時期”を予見していたのは。マグナリアただひとりだけだったのだ。
「……わたしも、判らなかった……」
「そうね。確かに、貴女の云う通りね」
特に祈は。
魔術に関して、自信を強く持っていただけに。
ここ最近の状況を、妙に気に病んでいるきらいがあった。
「あの娘御のこと、でござろうか?」
「……否定はしない。最近、ちょっと自信を喪失しているかも知んない」
八幡の街で拾い、育て来た養女の静は。
欠損した彼女本来の魂に、魂の複製たる”祈’”を移植したが為に。
本来持っていた”資質”に加え、更に祈と同等の”才能”をも得た彼女は。
「”親”として、少し情けなく思っているのは確か、かな。あの子、最近言う事をちゃんと聞いてくれなくなった気がするし……」
だから。静本人には直接の注意をせず、美龍に彼女の”側付き”のお願いをしたのだ。
「そもそも”親離れ”とは。そういった類いのモノにござる。だが、もし親を見下し欠片も忠告を聞けぬ。であらば。彼の娘御の生命、そう長くもありますまいて……」
若い内は。
兎角、親や親類の言葉に対し、異常に反発したがるものだ。
此方の考え方、行動に対し。一々小言を云われては。確かに理不尽に思え、煩わしくもあるし、また腹立たしくもある。
だが、それら全てを”鬱陶しい”と一蹴する様では。
「イノリ。今回は、貴女も”覚悟”をすることね。貴女自身が逃げた結果が、もうすぐ出るのだから……」
「……うん」
祈自身が。今から手を出し、事態を収拾するのも当然”アリ”だ。
────だが。
「それは、俺が固く禁じる。静はすでに一度やらかしているンだからな……」
「でもっ……!」
守護霊その1、俊明の言葉に。咄嗟に異を唱えたくなる。
「祈。何の為に、アイツ等が憑いてると思っていやがンだ。守護霊の声を無視しし続けたら……お前さんだって、判っているよな?」
「っ……そう、なんだけれど……」
欠片も霊感が無かった筈の娘は。
”地獄巡り”の際に、人並みの能力を得たが。
「アイツは。無意識だろうが、今ではふたりの声を聞けているんだ。あの一件だって。ふたりの守護霊の警告を無視し、お前さんの布いた結界に無断で侵入。そして”死にたがり”の奴と、強引に縁を結んじまった。それによって引き起こされる”因果”は。彼女自身が、此を受け止めねばならない」
それに依って、彼女自身が命を失うことになっても、な。
その残酷な宣告に。
「……とっし-。それも、”守護霊の声”なの?」
「いいや。これは、俺たちの個人的な忠告さ。だから無視したくば、すれば良い。それはお前さんの自由だ。だが────」
俊明は一端言葉をきり、何時もの仕草を、何時もの様にしながら。
「既に運命は定まった。如何に”半神”となったお前さんでも、この”強制力”にゃあ到底抗えないだろう……」
祈に対し、残酷な言葉を投げかけた。
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