第322話 姉代わりの身としては
「ね、メー。ダメ?」
「不行。どうしてもと云うのなラ、貴女のお母さまに直接訊くことネ。美美怒られたクないヨー」
静の側付きと云う名の”監視役”を任されてからというもの。
楊 美龍はと云うと。座右の銘たる『お気楽極楽』な人生とは、対極の位置に在った。
”八幡の街”で拾ってきた当初から、美龍はそれとなく静の側にいて、世話を焼いてきたけれど。
特にそれを本人は面倒とも思っていなかった。
(でも、最近はネー……)
だが、弟の真智が生まれてからは。
今まで完全ベッタリだった”母さま”にそれとなく距離を置く様になり、漸く”親離れ”の時期を自覚してくれたのかと胸をなで下ろしていたのだが。
でも、だからと云って。
(微妙に、人が変わったと云うカ、妙に生意気になったと云うカ……相手するのが疲れるって云うカ……)
美龍にとって、娘が苦手とする”人種”へと徐々に変わってきている所が、少しだけ辛いのだ。
正直に云ってしまえば。
主たる祈からの
『暫くの間、静に付いててくれない?』
というお願いさえなければ。
(ああ。こんな指令なんか放り投げて、海釣りに行ってしまいたいヨー。美味しいお魚さんたちが、美美を呼んでるネ)
早々に海へ逃げ出して、釣り三昧と洒落込んでいたことだろう。
「そもそもダケド。釣り道具買うお金をケチって祟様のトコへ行かなけレバ。こんなメに遭わなかったーヨ。皆貧乏が悪いネ」
一応、美龍の身分はというと。
尾噛家付きの従兵長であり、当然その身分に相応しき充分な俸禄を、主たる祈から頂戴している。その点、決して祈はケチではない。
「でも、この倉敷の街は。美味しいモノが沢山溢れているからイケナいのヨー」
つまりは。自身のお小遣いの範疇で飲み食いを収めることができぬ、美龍の計画性の無さこそが問題なのだ。
「……メー。私もそんなに持って無いから、お金をそのまま貸せないけどさ。何か欲しいモノがあったら、遠慮無く言ってみて? 少しくらいならきっと出せると思うし……」
「や-めーてー。”妹”からの憐れみの眼が、心底痛すぐるネっ!」
そんな状況に陥ってしまうらいなら、祈に給料の前借りをお願いし、長時間の説教を貰う方がまだマシだ。
「……だからさ、メー?」
「不行ヨ。それだけは、絶対聞けない相談ネ」
「ぶぅ」
絶対接触不可の指示が、主から出ている以上は。
それこそ、妹同然の付き合いをしてきた静たっての”お願い”であっても。
あの”死にたがり”と、静を逢わせる訳には、絶対にいかないのだ。
「てゆか、静。なんでそこまでして、”あの男”と逢いたいネ?」
「えー? だって。私、まだ彼と一度も会話してないんだよ? まず、顔を合わせて。ちゃんと挨拶したいじゃん?」
静は”一目惚れした”と、確かにそう云っていたが。
妙に紅く高揚した頬と、少しだけニヤけた口元の。所謂”女の顔”を見せる娘の視覚的衝撃の程は。
(うへぇ、真的嗎。思い込んだら……って、心底麻烦奴ヨー、助けテ琥珀っ!)
美龍にとって頼れる”同僚”は、琥珀ひとりだけだ。
特にこの手の話では蒼は、クソの役にも立たぬだろうし。
翠に至っては、人の”心の機微”を少しも理解しようとしない朴念仁であり、そもそもが論外だ。
だが、いくら心の中で叫んでみたとて。
(念話の経路が繋がっていないンだかラ、全然徒劳ヨー……)
例え繋がっていたとして、琥珀がこの美龍の魂の叫びを聞いても。
『頑張って。琥珀は、遠いお空にて。貴女のことを、ずっと応援してますっ!』
で終わるだけの話、なのだが。
(……そういえば、琥珀って。見た目と違って、わりと冷たい奴だったーヨ)
実際は、ぶつぶつと文句を言いながらも、影ながら手伝ってはくれるのだろうけれど。
それでも。”メイン”を張るのは、祈からお願いされた美龍である。琥珀はそういう人間だ。
「……メー?」
「何ネ、静?」
「あのさ。私の”お守り”するのって、そんなに嫌?」
「嫌ってほどじゃないヨ-。ただ少しだけ、面倒臭いナーとは、今も思ってるケド」
今更”妹”に嘘を吐いても仕方が無い。
美龍は、正直に今の気持ちを口にした。
”死にたがり”が気になるのは。まぁ、脳が理解を拒むのだが、何とか理解しても良い。
だが。
「本当は、この事を”見習い”の静に教えちゃイケないけれド。あの男はネ、”敵国の兵”ヨ。だから、絶対に静に逢わせちゃイケないヨっテ、貴女のお母さまから云われたネ。静は”ドンクサ”だから、確実に人質にされちゃうヨ」
────だから。貴女の"監視役”を、お願いされたのヨ。
「そっかー、だと思った。殆ど一緒だったのに、急に”側付き”とか云うからさ。ずっと妖しいと思ってたんだよねぇ……」
そうなった”決め手”が、この前静が起こした侵入事件だ。
幾重にも張り巡らせた結界を破り、寝かせた”死にたがり”の部屋に強引に侵入する暴挙に出た以上は。
「”見習い”の立場、そろそろちゃんと理解するべきネ。本来なら軍法会議モノヨー」
「ううっ……」
魔導局の誰よりも。
それこそ、”義母”よりも。
魔術の技量がある以上は。
確かに静は、次代の筆頭として期待されているのだが。
「それとこれとは話が別ネ。”天狗の鼻”っテ云うのは。最初からへし折られる為に、長く伸びていルのヨー」
確かに、静の技量があれば。
数々の監視の眼を掻い潜り、更には祈の布いた”結界”をもすり抜けて。あの男の元へと辿り着くことも、やろうと思えばできるだろう。
だが、それは。
「断言しても良いヨ。その権能の過信と、過剰な好奇心が。貴女の”死因”になるネ。あの男がソレになるかは美美も分からないヨー。でも、近いウチに。貴女のお母さまと、お父さまを。貴女はきっと悲しませるヨ」
「そんなことっ!」
絶対にあり得ないっ!
娘は。そう言い切ってしまうつもりだった。
はっきりと、言い切ってしまいたかったのに……
”地獄巡り”の時に散々と味わった、どう為様の無い無力感を思い出して。
「……っ」
「どうやら、少しは”自覚”があるみたいネ。自身の持つ”力”に驕るのは、強者の特権ヨ。精々、誇ルが良いヨ。でも……」
自身の行いを顧みて。
其れによって引き起こされるであろう、様々な物事を全部飲み込めぬのであれば。
「少しは、周囲を見る眼を養うことヨー」
少し前まで、しっかり出来ていた事なのにネ。
”姉”から、そうまでも云われては。
「……」
”妹”の方は。
欠片も、言い返す言葉を持ち得はしなかった。
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