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第315話 で。無関係の人たちはと云うと



 巨大な壁を乗り越えた”八神の国”の兵たちは。

 噂の理想郷を求め、更に西へと歩を進め続けた。


 「……なんて美しい田んぼなんだ」

 「これは凄い。水の管理は、人の手でここまでできるものだと云うのか。どんな頭をしていたら、この様な緻密な設計が……」


 そこで見た光景が。

 偵察部隊のその中の、元々百姓の家で育った者にとっては。


 「……素晴らしい。もう判る、此処の米は絶対に美味い。豊作間違い無しだ」


 何故か心の中では既に色褪せ霞んでしまっている筈の”故郷”を思い起こさせ、郷愁の念を擽ってくるのだ。


 「ウチの田舎じゃ、こんな立派な田んぼなんか何処にもなかったってぇのに……何故なんだろうな?」

 「ああ解る、解るよ。本当に、何故なのだろう?」


 天を衝く様に高く伸び、青々と生命力に満ちあふれた姿を見せる稲と。

 その足下では、様々な生物の営みが行われているだろう、澄んだ水面に。

 大型の鳥類が……あれはサギだろうか? 得物を探る様に水面を凝視しながらゆっくりと歩を進めている。


 「肥えた土と、綺麗な水。それらを成す為に、此処の土地に生くる者は。一体、どれほどの知恵と力を費やしたのやら。学の浅き身なれば、欠片も想像が付かぬわ」


 整然と並べられし田んぼの脇に在る小川の流れを見るだけで。

 全てが人の手に依って設計、管理されているのが良く解る。


 何処の田にも、水が過不足無く満たされ。更には、田の大きさと形に一定規格を設けているのか。大きく逸脱するものが其処には無いのだ。


 「これは。作業する者にとっても、税を取る者にとっても。きっと楽であろうな」

 「……ああ。この光景を眼にしたら、欲深な徴税官辺りは絶対涎を垂らして喜びそうだぜ」

 「ウチのとこの殿様なら。何が何でも壁を乗り越え攻め入ろうとするだろうな……」

 「俺たちが戻って此を報告したら。まず間違い無く、な」


 海内統一。

 国を持ち、率いる者ならば。必ず一度は夢を見るだろうその言葉には。


 列島を平定し。平和な世を築く。

 確かに聞こえは良いし。その高き志は、恐らく評価に値するのであろうが。


 「……結局は。その先に待つは(いくさ)しかないのだ」


 斥候たちを率いた長の言葉に、誰もが深く頷いた。


 例え、戦に於いて重要な位置(ポジション)に在る斥候役であっても。

 その身分は、所詮下級の兵そのものであり、云ってしまえば一軍の将にとっては”捨て駒”の一つに過ぎぬ。

 重要な哨戒、偵察の役を担っているそのときに、一度(ひとたび)敵兵と遭遇してしまえば。


 忽ちに己が生命を賭し、激しき抵抗をせねばならぬ。その運命に対し。


 「俺は。もう疲れたのだ」


 自身が率いた偵察部隊を囮役に使われるなぞ、それこそ戦場(いくさば)では日常茶飯事だった。

 今在る隊員の中で。ずっと長に付き従う”生き残り”は、もう一人しかいない。


 「此の地こそ、あの集落で噂となっていた”理想郷”なのだろう」

 「ああ、俺もそう思う。きっと此処が”理想郷”なのだ」


 一応は、田んぼらしき風景が眼に入ってすぐには、皆鎧を脱ぎ一カ所に集め隠してきたが。


 「……さて。皆はどうする? 俺は故郷(ふるさと)を捨て、祖国(くに)も捨てるつもりだ」

 「俺も着いていくさ。あの噂が真実ならば、此の地では田んぼが貰えるそうじゃないか。俺なんてぇ百姓の三男坊なんてのは、所詮兵役に就かねば、飢えて死ぬしかなかった塵屑よ」


 そうと思えば、例え小作人で一生を終えるとしても。一兵卒として日々戦場の中で、何時死ぬのかと怯え生きるより遙かにマシだ。

 その言葉に、皆が力強く頷いた。


 ”八神”の国は、きっと今後も大きく強く成長していくことだろう。


 だが、その国の兵……雑兵でいる自分たちは。

 恐らく……いや。欠片も未来の展望は無い、筈だ。


 「戦場で死ぬるか。”上”の不興を買い、その場で首を刎ねられるか……ま。末は、大方そのどちらかだろうさ」

 「その二つならば。戦場であっさり死ねる方が、きっと気楽だろうな」


 仲間のひとりの口から漏れた冗談にも聞こえぬその言葉に。皆が力無く笑う。

 ”八神”の国では。”役”を持つ者こそが絶対的な正義であり。少数の彼らが”八幡”の地に次々に入ってくる富と財を独占してきた。

 

 その流れに入れなかった者は。

 生命尽きるその最期まで。少数の彼らに支配され、延々と搾取され続けるしか道は無い。

 所詮、此の世は理不尽なのだ。


 偵察部隊に身を置く兵達は。そのことを良く弁えているからこそ、部隊に身を置く皆がこの結論へと達したのだろう。


 「……俺は帰る。例え此の地で生きる道を選び、その末に”田んぼ”とやらを貰えたとしても、俺には無理だ。今まで俺は兵として、ずっと生きてきたのだから」


 ただ、ひとりを除いて。


 「────そうか。お前は、稲を育てた経験が無いのだな」

 「ああ。俺にできるのは、刀と弓と馬だけだ。人を殺すことはできても、人を食わせるのは恐らく無理だろう」


 偵察部隊の中で、人を殺すのに一番慣れているのは。確実にこの男だ。

 疲れた顔を隠す様に手で覆い、斥候の長はゆっくりと頷いた。


 「壁の向こうへと戻るのは、お前の自由だ。一向に構わぬ。刀を握る手を今更鎌や鍬に変えられぬのも、致し方在るまいて。だが……」

 「此の地、その一切を口にすること決して罷り成らぬ。それを赦せば、確実に戦となる故に」

 「俺たちは、もう戦いたくないのだ。そのことだけでも、解ってくれ……」


 例え生まれと育ちが違えども。

 同じ釜の飯を食い、戦場では背を預け共に駈けてきた仲だ。


 きっと解ってくれる筈。

 そう、皆が思っていた。


 「すまぬが、其れは無理だ、無理なのだ。お前等”裏切り者”の脱走者は。俺の手で鏖殺(みなごろし)にせねば……」


 その男、ただひとりを除いて。



 次の日の早朝。


 眼にも眩しき緑の園の真ん中にて。

 幾名もの男たちの死体が、農民によって発見された。



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