第314話 で。当の本人の気持ちはと云うと
「……え? 母さまと父さまの熱々っぷりを日々見せつけられてきてるんだもん。そりゃあ女の子ならさ、皆憧れるに決まってるんじゃないの?」
「……ああ。ダヨネー☆」
自身の縁談話なのだと云うのに。
実際、今の現在まで。ほぼ蚊帳の外で放置されていた当の本人に、心の内を訊いてみれば。
『でね。できれば、なんだけれど。それとなく静に、気持ちを訊いてみてくれないかな?』
(態々、美美に”腹芸”をしてこいっテ。とうとう主さまにもヤキが回ったみたいネ)
娘可愛さで、完全に前が見えなくなっている祈の無茶振りに対し。
その命令を受けた楊 美龍はと云うと。
『でも、そんなの。美美には”無理ゲー”って奴ネ。琥珀ほど主さまに忠実でモ、翠ほど頭が回り口が達者でもないヨー。だから、主さま。そこは諦めて欲しいネ☆』
そんな”親馬鹿”の言い分とか、思惑を。美龍は殊更無視してみせ。
此処までの経緯を含め、全てを馬鹿正直に。当事者へとぶっちゃけてみた結果が。
「……ああ、でも。そんな”貴族”となんか、私は正直お断りだなぁ」
「哎呀、残念。実はお相手っテ”そんな”ばっかりヨー」
毎度毎度。
しつこく釣書を送りつけてきたお相手はと云うと。
祈が常々嫌ってきた”そんな”お貴族さま方ばかりで。
その為、当事者たる静の方にまでこの話は降りてくることは一切なく、全て祈と祟の処で遮断されていたのだ。
「残念。だったら、私の方では。この話は最初から”無い”かなぁ」
「そかそか。ンじゃ、主さまには美美の方からそう云っておくネ」
当の本人の。偽りざる”生の声”を聞けて。
どことなくホッとした様な。それでいて、何ともモヤモヤした様な。
自身の持つ語彙力の限界なのか。何とも言語化し難い、奇妙な感覚を。美龍は胸に抱えることとなってしまった。
(でも、”従者”の出番は、正直云って此処までヨー。此以上は、美美には荷が勝ち過ぎるネ……)
だが、従者に徹しようとする美龍の思考は其処まで。
後の事は、一切考えなかった。
◇ ◆ ◇
「ほらぁ。祟さま、やはり”無い”ではありませんか」
「……だからと云うて。今まで当の本人に黙っていたのは、到底赦されることではない筈であろ」
美龍の報告を受けて。
祈は、喜色を持ってそれを歓迎し。
祟はと云うと。
(……祈の気持ちも解る故、余計に面倒な事態なっておらぬかや、此は?)
確かに親戚縁者となる者たちがアレでは。
色々と難事が増えるだけで、祈の”尾噛家”にも、また此の”倉敷”にも。何の益が無いのは解りきっているだけに。
更には静自身が。決して幸せになれないだろう、此度の縁談話そのものを無き物として扱う方が確かに良いのかも知れない。
だが。
「そうは云うがな、祈よ。もう片方の当事者どもが、決して黙っておらぬだろうが。奴ら、此の倉敷の地まで乗り込んでおるのだぞ?」
実際、勝手に釣書を送りつけてきた貴族家の大半の”当事者”とも云うべき嫡男どもが。
大挙として、倉敷の地へ赴いてきているのだ。
「その様な、帝国貴族たり得ぬ非礼極まりなき者なぞ。即刻首を刎ねてしまえばよろしいのですっ!」
「……やめてくれっ! この倉敷の地を、その様な下賤な血で穢さないでくれっ!!」
確かに祈の云う通り。一切の先触れも出さず、”推参”してきた無礼者共に対しては。
帝の名代たる”地頭”の祟ならば。この倉敷の地に於いてのみ、その様な無体が赦される。
「安心してくださいませ。少しだけ。ほんっっっっの少しだけ、口に出してみたかっただけですので」
「……無理だ。先程の其方の眼光、どう考えても己には、何処までも本気に見えてしまったからの」
可憐で華奢な見た目に騙されがちだが。
隣で可愛らしく微笑む妻は。
(────やはり。何処までも”尾噛”よのぉ)
久しぶりに味わう、此の背中を走る稲妻の様な戦慄に。
自身の中心部がキューッと縮こまる様な、奇妙な寒気を覚えた。
◇ ◆ ◇
「これはこれは。馬場様、貴方様も”尾噛”に?」
「なんも、なんも。貴方様は御嫡子に家を継がせ、ご隠居なされたと聞き及びましたが。何故、”尾噛”に?」
”新都”とも云うべき倉敷の地には。
此まで”貴族”が居を構えた例は、さほど多くはない。
此の地を治めし”地頭”祟の尾噛家の前は。
皇族のお一方が、屋敷を構えていた時期も確かにあったのだが。
それでも、その希少な例を除けば。
”四天王”の一人でもある牙狼 鋼と、その弟鉄の牙狼兄弟に。
倉敷復興の旗頭ともなった”地頭代”尾噛 祈に。
帝国海軍”提督”の八尋 栄子と、旗下の”親方”衆くらいだ。
それ以外の、特に”本国”のお貴族さまなぞは。
それこそ、街の住人に云わせれば。
「……なして此奴等は。わざわざここにきたんじゃ?」
半ば珍獣扱いの様な、奇異な者へと向ける視線と共に。この疑問しか出て来なかった。
貴族たるもの。何処であっても礼を尽くし。身分相応の、粋で優雅な立ち振る舞いを求められる……筈なのだが。
「先触れの無きご訪問は。大変心苦しゅうございまするが、我が家ではお受けすること罷り成りませぬ。今一度、出直されるが宜しかろうかと存じまする」
────無礼者なんかに割く時間は、此方は欠片も持ち合わせちゃいねぇよ。恥かく前に一端出直してこいや。
恣意的な訳になってしまうが、無礼者に対する尾噛の家宰の返答はこうだ。
流石に無礼者どもにも多少の自覚はあったのか、すごすごと引き下がったのだが。
そこで偶然顔を合わせたのが、同じ考えを持ち、同じ行動に出た”同類”なのだから。
同胞を見付け、我が意を得たと喝采したと同時に。
また、競争者と対面してしまったという気不味さを伴う焦燥を味わう羽目となり。
現地人からは、特段の奇異の目を向けられているのを自覚しつつ。
それでも、こうやって無為で徒労だけが積み重なる、無意味な牽制口撃の応酬へと発展しているのだ。
(はぁ。こげんのばっかりが押し寄せてくるっちゃけん。そりゃ祈だって嫌気さすにきまっとーよなぁ……)
事態がエスカレートして、刃傷沙汰になってしまわない様にと。
こうして"草”を率い影から彼らを監視させられている鳳蒼の方が、よっぽど気の毒なのかも知れないが。
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