第313話 縁談狂想曲ー再演ー4
その報を、初めて耳にしたとき。
ふたりの口から漏れ出でた言葉は。
「「……そう来たかぁ」」
まさにこれだった。
確かに、
『沈黙は金』
とは、良く言ったモノで。
黙って様子を覗っていれば。
泥沼に嵌まることも無く。
「……またか。馬場の某とらやらは、本当にしつこい奴よのぉ」
「ええ、本当に。そういえばこの家、私の時にもしつこく面談に来ておりました……」
空気を読まず、しつこく参上する様な残念な人間であっても。
帝都と倉敷の間に横たわる”距離”という障壁の前には。
「贈り物の序での釣書か……もうそちらは見るまでも無い。捨ててしまえ」
「……よろしいので?」
「ええ、構わないわ。何なら、此方も貴女達で分けてしまっても良いでしょう」
宝飾品の類いであるならば。確かにこれを有り難く頂戴してしまっても良いのだろうが。
送りつけてきた奴の顔を、祈の記憶の中に鮮明に在る以上は。
その品を見る度に、あのネチっこく厭らしい顔が浮かんでくるのでは。身に付けるなんて、絶対に無理な話だ。
「……そやつらに何の罪咎も無いが、こればかりは”気分”の問題よ。仕方が無かろうて」
「側付きの皆への”報償”。この辺りが一番差し障り無いかと存じまする……ただし、それを見た私の気分は、一切考慮しない方向でのお話になりますが」
なので、一方的に送りつけられてくる金品に関しては。
家人への臨時賞与として、有り難く活用すれば良い。
そうと割り切り、放っていたら。
「まさか。埒が明かぬと乗り込んできよったか……」
「まぁ、定期的に船便が出ている以上は。何れこうなっていたのでしょうし」
報告の為に、定期的に海魔の艦が、帝都と倉敷の間を行き交いしていたのは確かだが。
「決して安くはない……のだが」
「ですが。2回も釣書を出せば、そのくらいの費用は出ましょうや」
帝国で、代々役職を持つ、格のある家であれば。
倉敷までの海路。決して安くはないとはいえ、従者含め10名程度の渡航費用くらいはすぐ捻出できて当然だ。
「……一方的に釣書を送りつけてくる輩で、その様な格調高き家は。はて、あったかの?」
「いいえ。そも、その様な”大家”は。大概当主嫡男を含め、皆すでに鬼籍に入っておいででございますので」
つまりは。
祟の”権能”と。
祈の”夜摩”による夫婦コンボで。
すでに死滅しているのだ。
「……手元に現金は無くとも、借金は膨大にある。そういう話かの」
「”貴族である”。ただその一点のみの理由で、望むまま金子を貸し与える。おかしな話ではありませんか?」
”身分”、それだけで信用たり得た時代の話だ。
その代わり、期日までに払えねば”身分それ自体”を金貸しに乗っ取られてしまうのだが。
「静が持つ”退魔の行”に、それだけの価値がある。欲に塗れた奴らの眼には、そう見えるのだろうて」
「……此も、私たち夫婦が全ての元凶。なのでしょうね……」
「その前に、我らこそが被害者なのだがな……」
苦虫を何百と一気に噛み潰した様な表情を、祟は浮かべる。
先触れの一切無い、突然の訪問なんぞは。
貴族社会では、これぞ正に無礼の極みである。
更に、”魔の尾噛”の格は。軍の階級では、上から3番目であり、また、一般貴族社会では、殊更重要視される”宮廷序列”だけで云っても、今や尾噛家は上の下。つまりは、上から数えた方が早いのだ。
「今や尾噛に足りぬは”歴史”のみ……とは。ほんに良ぉ云うたモンじゃの」
「此ばかりは。私のせいではありませんし」
家格が下の者が、呼ばれも為ぬのに家に押し掛けて来るとは……
先触れが無い。
その一点だけでも「無礼の極みである」と、貴族社会では眉を顰められてしまう非礼な行いであると云うのに。
「いっその事”倉敷”から追い出し、二度と此の地に踏み入れぬ様にしてしまうか……」
如何に倉敷の地を治める”地頭”と云えど。祟は一介の地方の小役人の、その”頭”であるに過ぎぬ。
だが、此処が帝国法の何とも面倒臭い処で。
この倉敷の土地のみに於いては。祟は”帝の名代”であり、その制度上、祈よりも立場が上となる。
「この地に在る限りは。己は大概の貴族家当主どもに対し、一方的に命令ができるが?」
「ですが、それは最後の手段といたしましょう。これ以上、他の貴族どもに怨まれても。何も面白くありませぬ」
またぞろ怨まれ、影で呪われて。結局最後は元の木阿弥……では。
確かに、何も面白くない。
「はあぁぁぁぁぁ、貴族って。ほんと面倒臭い……」
「全くだ。帝都を離れたせいか、余計そう感じるものよのぉ」
元々人付き合い、その類い一切があまり得意ではなかったふたりには。
我を押し通してくる”だけ”の貴族どもが相手では。余計にしんどい思いをする羽目となる。
「此方へ態々乗り込んできたということは。少なくとも、何らかの”答え”を寄越せ……そういう意味ぞ?」
「まぁ、私たち夫婦の返答は。最初から”否”しか無いのですけれど……しかし、それで納得はいたしますまい」
そういえば。鳳翔も、静が修めた”退魔行”の権能を求めるひとりだが。
如何に大貴族の当主であっても。
帝国の決定に対し、正面から堂々と異を唱える訳にもいかぬだろう。
「……鳳に静を預けるのも、一度深く検討すべきかの?」
「できればそれは、最後から一つ手前……の手段にしておきたい気がします」
「……それ以前に。と云うか、本当に今更なのだが。静本人に何も訊かなくて良いのか?」
「……貴方様も。そんな正論を仰るのですね……」
────当然だろうが。
舌の上にまで乗りかけたその言葉を、祟は何とか寸前で呑み込んだ。
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