第310話 縁談狂想曲ー再演ー2
「して、祈よ。其方は、如何とするつもりでおるのじゃ?」
「騒いでいらっしゃるのが鳳さまの内は、あえて此方から動く意味は無い。そう考えておりまする」
正式に皇太子の地位に就いた古賀 一光の名に於いて。
新都造成の号が発せられた、この神宮の地にて。
特に即位戴冠の日時が内外的に定められた訳でなし。特に急ぐ必要もないのだが。
それでも、街の体裁が愈々形作られてくると。設計に携わった技師だけでなく、大工たちの力の入り様も一入となってしまうのも、こればかりは仕方の無い話であろう。
そんな最中、古賀に協力を約定した”尾噛”としても。
新都の現在を、然とこの眼で確かめるべく視察名目の”挨拶”に訪れるのは、また道理だ。
「……愛茉さまに於かれましては。些か時が開いてしまい、誠に申し訳ありませぬ」
「よい。如何に何でも熟すお主であろうと、赤子相手では流石に勝手が違ったことじゃろて。ま、次は其方自慢の息子も此方の処へ連れて来ぃ。此方自らが<祝福>してやるわいな」
<五聖獣>の祝福を受けた5人の娘の身は。
”半神”と化したのだが。
その半神から<祝福>を授かった場合────さて、息子はどうなってしまうのか?
祈はぶるりと身を震わせた。
「”斎王”猊下御自らの折角のご厚意。誠に申し訳ございませぬが、慎んでご遠慮させて戴きとぉござりまする……」
今後”尾噛”は、普通の貴族として平穏無事に生きていきたいのだ。だからマジやめてくれ。
真智の無病息災が、それによって叶うのなら。確かに、まだ再考の余地はあるが。
帝国最高権威からの<祝福>なぞ、そんな噂が少しでも外部に漏れ出でた時点で。
息子の今後の人生が、波瀾に充ち満ちたものになることが確定してしまうのでは。母として、絶対に頷ける筈が無い。
「────冗談じゃ。其方の言外の気持ち、よぅ解ったわ」
「愛茉さま。流石にそれ、意地悪が過ぎます……」
(腹を痛めて産んだ子の可愛さと云うものは。やはり別格なのじゃろうのぉ……此が”母親”か)
一瞬、息子の将来を思いやっただけで、目の前の女性が一気に老け込んだ様に愛茉には見えた。
凡そ生物という奴は。
親は子のために。自身の文字通り”生命”を分け与えてしまうものだ。
それが”本能”に根差した”生体反応”だと断じてしまえば、実に素っ気ないものに過ぎないのだが。
(────此方にも。我が子を抱く機会は、訪れるのかのぅ?)
斎王位は。
特に此といった制約は、帝国法に何も記されてはいない。
400年もの永きに渡り、”お役目”を全うした先代光流は。確かに生涯独身を貫き通しはしたが。
特に巫女────神職についての規定が、其処に在る訳でも無い。
強いて云えば、出家し僧など神仏に帰依した存在達は、自ら生涯を捧げる誓約をするくらいか。
「ま、其れは良いとして。先ずは其方の息子より、娘の方じゃの」
「はい……本当に、面倒なことで」
祈は、如何にも嫌そうに顔を顰める。
此が帝による”勅”であれば、帝国貴族として抵抗それ以前に、もう頷くしか術はないのだが。
「鳳では、のぉ……」
「はい。何と申しますか。微妙に憚られる処が、本当に。もう……」
今や帝家に次ぐ家格を持つとはいえ、相手が鳳家の、その”先代”では。
「帝都の意向に逆らうことは可能。その癖、その”意向”とは。私と、更には旦那さまの。直属の上司でして……」
「なんと申すべきか……何とも愉しき職場で。其方も、わりかし苦労しとるのぉ」
それでも。
今は帝都から離れ、倉敷の地で悠々自適のリモートである。
知らぬ間に、心理重圧による慢性的な胃痛を抱えて。
仕事を終え、自宅に戻る頃には心身共に軽く20は老け込んでいたのは、もう遙か昔の出来事の様に感じてしまう今日この頃だ。
「ふむ。もう”新婚”という訳でもあるまいに。帝都への帰還命令に顔を背け続けておるのも、其処に理由がある様じゃの?」
「ちょっ、待って下さい! 私、旦那さまと絶対別居なんてしませんからっ!!」
実際、牙狼兄弟と、その配下の狼牙隊は。
定められた任務を全て終え、すでに帝都への帰還をはたしている。
当然、魔導局の頭たる祈にも、幾度となく帰還命令は出ているのだが。
「新婚たる夫婦仲を権力尽くで裂き、我が家をブチ壊したい。貴方様方は、そう申されるのでしょうか?」
倉敷の地頭が務まる様な人材が他におらぬ以上、祈のこの言葉に対し何も返すことができない上層部は、ただ黙って見ているだけしかできぬのだ。
魔導士として出来上がった人間の内、本人の希望があれば。隊の人員の中から定期的に帝都に送り、一定以上の成果は出している。絶対に文句は言わせるつもりはない。
それでなくとも”魔の尾噛”は、帝国一番の英雄なのだ。
祖国の身勝手な方針によって夫婦仲が引き裂かれる……その様な醜聞が広まっては、決して世論が黙っていないだろう。
「祟さまとは、ホントにラブラブなんですよ。私はっ! 昨晩だって。もうっ、こうして……」
「あー、あー。その様な生々しき話なぞ、本人の口から聞きとぉないわ。てゆか、その妙な手付きをやめんかっ!」
おとこができたら、女は変わってしまう。
昔々、此がその時できた精一杯の背伸びと云う奴だったのだろう、”耳年増”の腹違いの姉から聞いた話は。正に真実だったことを知り、愛茉は少しだけ冗談交じりに話題を振ったのを後悔した。
「……鳳には。此方の方から文を出すとしよう。して、祈よ。其方の娘には、ちゃんと話を聞いたか?」
「いえ、まだ。何と申しますか……」
もごもごと何やら言葉にならぬ声が、祈の口から漏れ。
「────いざ本人を眼の前にして。口に出してしまうと、此が急に”現実”となってしまう様な気がしまして……」
意を決した様に、言葉を紡ぎ出したかと思えば。
まさかその様な、不意討ち気味の寝たボケた言葉が、そこから零れ落ちてくるとは。
「踏ん切りがつかぬ、か……」
────こくん。
実年齢から考えたら、余りに子供過ぎるその反応を見て。
呆れ返りつつも、一つ大きな溜息を漏らし、斎王は。
「ほんに、其方と云う奴は。見た目通りに、何も成長せぬよなぁっ!」
「愛茉さま、酷いっ!」
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