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第31話 転、転、転




 「ぐっ。卑しい偽物如きが……」


 牛頭(ごず) (ごう)は動けなかった。


 自身を”本物の竜”などと嘯く孺子(こぞう)と、その妹らから伸びる尾の先端は、信じ難い事だが目の前に転がる兵の両腕を、いとも容易く両断せしめる程の鋭い切れ味をみせたのだ。


 気勢を制する目的であるのだろうが、目の前に突きつけられたこの奇妙な刃は、突きつけた本人達である尾噛兄妹の気分次第で、いつでも豪の身体を貫く事ができる。動ける筈も無い。


 「その言葉はすで聞き飽きました。そもそも、私達を偽物などとは……その言葉は適当でありませぬな、牛頭様。私達”真の尾噛”を罵ってみせたいのであれば、別の語彙でお願いできませぬか? それとも、すぐには出てきませぬか……」


 多少言葉を飾ってはいるが、お前は語彙が少な過ぎる。人を貶す知能も無いただの愚か者だ。悔しかったなら、せめて別の言葉で罵ってみせよ……

 望は、親子どころか祖父孫以上に歳の離れた豪に向け、痛烈にそう言い放ってやったのだ。祈はそんな兄の言葉の意味を理解した途端、堪える事ができず盛大に吹いてしまっていた。


 それが更に、家の格式でしか相手の上に立つ事ができぬ、自尊心だけが肥大した男の心を徹底的に打ちのめす結果となった。


 みるみる内に、豪の顔が羞恥と憤怒により真っ赤に染まっていく。


 「豪クン、君の負けだよ。その刃を収め……」


 翔が豪に言葉をかけかけたその時、短槍を手にした兵が部屋の影のあちこちから現れ、翔と尾噛兄妹を取り囲む。全く想定外の事態に、天翼人の男の思考が一瞬止まってしまっていた。


 「ふふん。鳳よ、あの時の仕返しが成ったぞ。おい”本物の竜”とやら、形勢逆転である」


 豪が勝ち誇る様に、胸を反らす。この不遜な孺子達は、この場で徹底的に切り刻んでやろうか。

 完全に凍り付いた様に停止しているそこの天翼人にも、我が味わった屈辱を倍返しにしてやらねば気が済まぬ……豪はそんな甘い夢想に一瞬だけ落ちていた。


 「そこな小娘、名は何という? 我に命乞いをしてみせよ。その美しさに似合わぬ、無様で醜き本性を我に見せるのであれば、命だけはでなく、貴様を我の側女に加えてやってもよいぞ」


 「え? 嫌だ。なんでそんな脂ぎった不細工親父なんかの側にいかなきゃなんないの? 気色悪い……」


 勝ち誇る牛頭の嘲りに対し、祈の示した反応に、強がりなど微塵も無かった。本気で、完全な素で心の底から嫌がってみせた。


 その理由が、ただ「気色悪い」である。豪の男のプライドは、数えで12の小娘の一言によって、一瞬に全否定のズタボロにされたのだ。


 今度は望が、盛大に吹き出してしまう。豪は瞬間湯沸かし器の如く顔を真っ赤にし、全身を口の様にして叫ぶしかできかった。


 「殺せ! この場に居る全ての者を殺してしまえぇっ!」


 豪は、殺戮者になる選択をするしか心の平安を保つ術を持たなかった。こうなっては、狭間の間に落ちた、あの夢想の世界をこの手で実現する他無い……と。


 だが、豪にとってその甘美な夢想は、ついぞ実現する事は無かった。



 「で、偽物貴族さま? 形成逆転でござりまするな」


 尾噛兄妹は、自身を取り囲む兵達の数なぞ物ともせず、豪が夢想に耽るその僅かな隙に、瞬く間に全てを一蹴していた。


 望は腰に帯びた太刀を抜くことも無く、祈も同様に尾の先端の刃のみで、武装した集団を制圧、無力化せしめていた。


 兄妹の尾によって、両腕を無残にも斬り飛ばされ、その痛みに起き上がれずのたうち回る事しかできない哀れな兵が、最初の者を含め7名。僅かに残るは、翔の周囲で槍を構えたまま狼狽える2名のみであった。


 「ぐぅっ、役立たずどもがぁ」


 幾年も対人の修練を積んできた兵達であったが、尻尾を巧みに武器として操る生物なぞ、今まで相手に戦った経験など無いのだ。間合いを計る以前に、これはと思った時にはすでに激痛と共に両腕を失っているのである。これを一方的に責められては、兵の方こそたまったものではないだろう。



 「祈っ! 大丈夫か?」


 祈の前に、守護霊達3人が瞬間転移(テレポート)して、豪の間に陣取る。


 それとほぼ同時に、部屋の騒ぎを聞きつけた双方の護衛達が、自身の職務を全うしようと、四天王の間に続々と雪崩れ込んでくる。大きな円卓が部屋の大部分を占めているのにも関わらず、大勢の武装兵が入り込む。事態は混沌の様相を呈していた。


 「ぬうぅ。殺せ! この我を、この牛頭を、愚弄する、そこな奴らを、尾噛を、下賤な偽物竜と、その下僕どもを殺せぇぇぇ!!」


 混乱という炎に、全てを憎み、事態に焦る豪が、怒号という油を勢いよく注いだ。


 牛頭家の兵士は、突然の主人の命令に一瞬何を言い出すのかと戸惑いを見せたが、もう一度同じ命を受けては実行する他に手はない。尾噛の護衛数名に向け、剣を抜いてみせた。


 兵数だけで言えば、それこそダース単位で連れてきている牛頭が絶対有利である。対する尾噛側は、祈の守護霊3名と望の護衛3名。絶望的な差があった。


 だが、望の護衛3名以外、尾噛側は涼しい顔でこの場に臨んでいた。


目に見える範囲全てを、一瞬で焦土にできるマグナリアは言うまでも無く、武蔵は百人程度なら、一息で百以上の肉片に分割した上で、格パーツ毎に綺麗に並べてしまえる。俊明に至っては、誰も傷つける事なくこの場で敵対する全ての生物に、平等に死を与える事ができるのだ。


 祈が、守護霊を一人でも出した時点で、敵対した相手には絶望しか許されない。「彼我の戦力差」なんて、そんな生優しい言葉では表せないのだ。



 『────ひかえよ』



 守護霊達をのぞく、四天王の間にいる全ての人間が、自身の耳ではなく、頭に直接響く威圧的なその声に動きを止めた。


 『神聖なる朕の宮にて、これ以上の狼藉は赦さぬ』


 円卓の中央に、光と共に降り立ったその人影は、自身を帝であると…太陽の化身を自称する天帝、”光輝(こうき)”であると名乗った。



 「ふむ。こうして民草の前に、朕のこの美しい姿をさらすのも、幾年ぶりの事であろうかの。のぅ、鳳よ?」


 「はは。公式には牙狼の時の、12年前ほどが最後になりましょう」


 金色に輝く長い髪をたなびかせ、焔の如く燃える様な紅の翼と、虹色の尾羽を背にした人物こそが、帝であった。


 守護霊達をのぞいた全ての人間が、その場で膝を折り頭を垂れる。帝の許しを得ずに、そのご尊顔を拝謁する……国に生きる者にとって、それは恐れ多く、不敬なのである。そう教えられてきたのだ。



 (みんな、お願いだから他の人達に倣ってっ!)



 慌てて祈が守護霊達にお願いする。今の行いは不敬罪にあたるのだから、祈は必死である。


 ほんの僅かな時間ではあるが、その目にしてしまった帝の姿に望は、鳳と同じ種類の天翼人では無さそうであるな、とつい興味を持って考察してしまっていた。


 あれこそが自身が生涯を持って仕える、太陽の化身なのだ。と、今後国に仕える者の心構えとして、望は父より言いつけられ、頭にしていたつもりではあったのだが、不敬と誹りを受けようと、やはり未知の存在に興味がそそられてしまう。


 「で、あるか。12年とな。ま、そんなものであろ……して、牛頭よ? 此度のこの始末、どういう了見かの? 朕にも判る様に申してみよ」


 御所の奥に引き篭もり、まず姿など現す事の無い筈の帝の突然の登場に、豪は言葉を絞り出すことすらできなかった。ただただ、脂汗を流し、自身の額を絨毯に沈めるのみである。


 我は高貴な存在だ。帝ですら無視する事のできない、名家なのだと他人に誇ってはみせても、この世に生を受け、物心が付く頃からずっと、太陽の化身、神と同義である帝こそが全てであると、徹底した教育を受けてきた豪は、帝その人の姿を前にしては、肥大した自尊心など完全に霧散消滅していた。


 「何も言えぬのか……つまらん。このまま処分してしまっても良いが、また雅ではなく、興が削がれるというもの。それに朕は其方の父、拳の貢献を忘れておらぬ。首の皮一枚繋がったぞ、豪よ」


 帝の冷徹な言葉にも、豪は何も言葉にはできない。お前は無価値だが、父親のお陰で、この場では生きる事を赦されたに過ぎないんだ。そう言われてしまったのだ。


 さらに絨毯にめり込む様に、豪は自身の額を強く押しつけた。


 「して、新たな”尾噛”よ。朕にある駆流の姿と、其方はよく似ておるな……これからは朕と国を護る事を赦す。精々励むがよい」


 望と祈は、無言のまま深々と頭を垂れた。この場において、返事など赦されない。それが理解できたからだ。


 「……だが、神聖なる朕の宮を血で穢した罪は、赦す訳にはおけぬ、の」


 円卓の上から、光輝は周囲を見渡す。両腕を失い、その場で呻く事しかできぬ兵達と、濃厚な血の臭いで、今にも噎せ返りそうな四天王の間の惨状に、端正な顔を顰めた。


 「双方の禍根を断ち、この始末の決着をつける為、其方らで決闘をせよ。そして其方らの命を使った賭けにより、そこな兵共の治療費と見舞金、四天王の間の清掃費用…全てを賄ってくれよう。うむ。良い案だと思わぬか、鳳よ?」


 「素晴らしい案だと、臣は思いまする。傷ついた兵への気遣いまでいただけるとは、誠に臣は感服いたしました」


 翔は大げさなまでに、光輝の思いつきに賞賛してみせる。



 この国では、帝の声は全てにおいて優先される。



 事態が収拾したかと安堵した矢先に、何故かそこから決闘沙汰に発展するとは思ってもみなかった兄妹は、面を伏せていたお陰で誰にも気取られる事無く、あまりの唐突な急変に、思い切り顔を歪めた。


 「詳細は、鳳に任すとしよう。其方らで自由に決めるがよい。楽しみであるな。はははは…」


 光に包まれ、帝はこの場から姿を消した。


 「……と、言う訳だ。君達には、前向きで、活発な意見の交換を求めたい」


 両手をパンパンと叩き、翔が全員に起立を促す。


 「今から、自らを殺し合う為の規則を決めよ」…

 ……そう、国の意思が決まったのだ。


(何でだよ……全然訳わかんねぇ……)


 (これ、徹頭徹尾、我らに全く何の責も無い話ではござらんか? ……どうしてこうなった?)


 (ほら。やっぱり全部燃やしてしまえば丸く収まったのに……)


 (うん。ちょっとだけ、マグにゃんの意見に賛成したい。ちょっとだけ、ね?)



 絶対に逆らう事ができない。そんな事態に巻き込まれたのを自覚しつつ、今は全てを消し去ってやりたい…ちょっと物騒な守護霊に毒された少女が、そこにいた。



誤字脱字あったらごめんなさい。

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