第308話 壁の向こう側1
「……この集落も、もぬけの殻か」
「この辺りでは、度々飢饉があったと聞く。然もありなん」
列島のほぼ中央部に座し、東西南北の主要街道が通う交易の中枢”八幡”が。
経済の何たるかを全く理解できない、しようともしない蛮族に支配されてからというもの……
周辺の国々は。
自らを”獣”だと称する蛮族どもとの、要らぬ戦のせいで。かなり疲弊しきっていた。
それでも。
同じ言語を口にしているはずなのに話が通じないどころか、全く意思の疎通すらできない”蛮族”との交渉は不可能である以上。
残る手段は”戦”のみであったのも、また事実だ。
いや、蛮族の中にもまともな将も確かにいたのだが。
次に戦場に現れたそいつは。全くの別人へと変貌を遂げていた。
戦ではしゃぎ。
殺しを愉しむ。
以前の交渉の場では。
理路整然と物事を話し、またこちら側の事情を汲んで約定を示してくれたあの人物と同じ者だとは到底思えないその変わり様に。
『所詮、蛮族か。血に酔うとは、正に獣……』
そう戦慄し、また落胆したものだ。
そんな恐ろしき獣共も。
以前あった不可思議な”現象”の後。影も形も無くなってしまった。
いや、蛮族の兵は。
略奪の為に、度々辺境の村に姿を見せはしていたが。
所詮、野盗と何ら変わらぬ雑魚。対した脅威にもならぬ。
ただの雑魚を強兵たらしめる”将”の不在ぬ軍なぞ、文字通り烏合の衆でしかない。
”八幡”の在った方角で、まるで真昼の様な閃光があった”あの日”を境に。組織だって動くそぶりを欠片も見せぬ蛮族は。
『奴ら。もしや、神仏の怒りにでも触れたか……?』
その様な”妄言”までもが。僧だけでなく、上層部の間からも挙がる様になり。
多くの斥候を含む”決死隊”が組まれ、蛮族の支配する領域へと赴くこととなった。
そこで決死隊が見たものは。
廃墟も同然、もぬけの殻となった八幡の街と。
半ば”生ける屍”と表現するが正しき、決まった時間に、同じ順路をただ彷徨い歩くだけとなった住人の。
死の街の有り様だった。
蛮族の対応に悩まされ続けたであろう、周辺の他国も同様に”決死隊”を組んでいた様で。
八幡の街のその中で、情報交換が行われた。
ただし。
どの国も、持っている情報は何も変わらず。
『何も解らないことだけは解った』
その結論に達するのに、半刻とて掛かりはしなかった。
もぬけの殻となり、まともに会話のできる住人もほぼいないとはいえ。
此処、”八幡”は。
東西南北の主要街道が交差する、交易の要所であることに何ら変わりはない。
争奪戦が始まった。
早速、八幡に最も距離の近しい国が占拠を試みるも、決死隊の中に多くの戦力を持たせていた国がそれを妨害し。
瞬く間に、街中で戦火が拡がる。
そこで"生き残った住人”の。
ほぼ大半が巻き添えによって、此の世を去った。
────気が付けば。"八幡”を巡る争いは。三つ巴、四つ巴となり────
多くの兵や将達が。
その”街”と湖畔の近くに無残な骸を晒した。
こうして、”八幡”の地を押さえたのは。
其の地から、一番遠方に本拠を持つ国だった。
────手に入れたのは。
八幡の”街”ではなく、”地”だ。
建物は戦火に依って悉く灼かれ、その地に住まう者は、多くの兵と共に悉くが死に絶え。
欲に駆られ、争いに身を投じて。
闘争によって、復讐心を煽られ。
全てが終わり、ふと正気に還って辺りを見渡してみれば。
其処を手に入ることができれば”天下を治める”とまで云われた……
交易の要であり、文化の発祥地である”八幡”の街は。
今や、ただの焼け野原と化してしまっていたのだ。
◇ ◆ ◇
あれから十年近くの刻が経った。
焼け野原となっても。
東西南北の主要街道が其処を通っている以上は。
その上にもう一度"街”を建てさえすれば。
交易が始まるのは道理だ。
ただし、その周辺の国はと云うと。
未だ戦の傷が癒えることはないのだが。
八幡の街に本拠を移したとある国は。
再開した交易によって、復興に必要とした資金を瞬く間に回収し、多大な富を得た。
交易による富を背景に。強大な力を得、自信と自力を深めたその国の王は。自らを”神の子”と称する様になり。
国の呼称を、王の字”八ツ”から取り、そこから”八神”へと改めた。
その年、八神の国は。疲弊し、弱体化した周囲の国に。『我に下れ』と通告を出す。
其れに素直に従った国は。
歓待と共に、厚遇を受け。
其れに逆らい矛を向けた国は。
苛烈な弾圧の下、一気に滅ぼされた。
国が大きくなれば。
当然、その”報償”のために、土地も多く必要とした。
蛮族が消え去った今。
空白となった”西”の地に、その眼が行くのは当然の帰結だろう。
弾圧に耐えかね、西へ西へと逃げた敗残者を追う様に。
また八神も、西の方に足を向ける。
其処で、八神の兵達は。奇妙な噂を聞く様になった。
「西の向こうには、ずっと続くでっかい壁がある。壁を越えた先には、”理想郷”があるそうな……」
西の住人達は。
苛烈を極めた蛮族の圧政と。その時に丁度重なった悪天候が原因の飢饉によって。
その大半が生命を失った、らしい。
生き残りたちも。
藁にも縋る想いで、その理想郷の噂を信じるしかなかったのだろう。
噂を信じた若者たちは。
西へ行ったまま、誰も帰ってこない。
「……理想郷か。そんなものが本当に在るのなら、俺も行ってみたいね」
「同感だ。だが、こんな報告は。到底上に挙げられないぞ」
支配したその土地に。
一人も民が居ないでは。そんなもの、当然”報償”に成り得ない。
飢饉によって数が減ったのは、この際仕方の無い話だろう。所詮人の身では、天災を前にどう為様も無いのだから。
だが────
「耕すべき土地を捨て、民が逃げ出しているのならば、話が変わってくる」
「あの村の爺が行った様に。西の先に、本当に”壁”とやらはあるのかね?」
如何に耕す土地が、確り残っていても。
次期に育てるべき種籾まで、支配者に取られては。
民が逃げ出してしまうのも道理だ。
其処は以前此の地を支配していた蛮族が、本当の意味で蛮族だった証なのだろう。
「”理想郷”の有無なぞ、この際どうでも良い。俺らは……」
「ま、確かに。先ず有無がどうこう云うのは、”壁”の方だろうな」
”八神”の兵たちは。
西の。その奥地へと、疲弊する足を向けた。
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