第306話 その後始末的な話20
「ま。ぶっちゃけ、行き当たりばったりだったが。上手くいって良かったよ、本当に」
「然して、俊明どの。彼の娘御の望み通りだとは云え、此は……」
「ああ、武蔵さんの言いたい事は、俺も解ってるつもりだよ。色々と不味いだろう、確かに」
帝国貴族として。
後の栄華を約束された”魔の尾噛”を羨み、嫉む者は。帝都に数多く存在した。
其れらは、結託し尾噛を蹴落とそうとする……までの思い切りも無ければ。
また、その音頭を取れるほどの統率力を持つ者も、現れることは終ぞ無かった。
ただ、彼らは。
「ああ。あいつら本当にムカつくから、近く不幸に……いや、それこそ死んだりしてくんねぇかな」
などと。思わず天に願ったりする、その程度の。
何処までも、何処までも。そんな怠惰な連中だったのだ。
ただ、連中は。貴族として世に憚り生きてきただけに。借金の充てと、時間だけは腐るほど持っていた。
そんなこともあり。呪術師たちに、
『金は出す。尾噛の息子を呪い殺せ!』
腹立たし紛れに、そう命じてみれば。
祟の異能によって、呪詛その全てが反転し飛んできた。其の因果による応報が、此度の帝都の惨状なのである。
「現在の都を捨て、新都の計画までが持ち挙がる。そんな逼迫した状況にまで陥っていたってのに」
「其れが。ひとりの小娘の手に依って、ひっくり返ったともなれば……」
帝都に蔓延る瘴気を、全て祓い清めてみせた尾噛家の養女”静”の名は。
帝国全土に遍く響いたことだろう。
「……で。困ったことに、アイツはもう少しで数え16を迎える、嫁入り前の小娘だ。下手しなくとも、帝によるゴリ押しの縁談話が急に持ち上がってきたとしても、全然不思議じゃねぇ」
「魔導士の頂点たる祈どの以上に、貴重な”退魔士”ともなれば。手元に置きたくなる心情、拙者も解らなくは無いが……」
もしその様な状況となった場合を想像し。
守護霊ふたりは、ぶるりと身体を震わせた。
「まぁ、この国の頭は、そこまで馬鹿じゃねぇンだと。個人的には思いたいが……」
「いや。頭はそうであったとしても。周囲が何処までも愚かなのは、既に周知の事実にござろうて」
「ほんと、そこな?」
テカる額を掌でピシャピシャとリズム良く叩き、俊明は嘆息する。
「そうなった場合。祈はキレるんじゃね?」
「そうであろうか? 拙者、祈どのは逆に喜ぶのではないかと……」
静本来の”人格”が負っていた心の疵の為に。
記憶、その一切を消去したこともあり、静の精神と実際の年齢が釣り合うこともなく、気が付けば”適齢期”の、その半ばにまで達してしまっていたのだ。
「ああ。確かに、そう云われれば……だが、祈はそれを気にするかね?」
「少なくとも、母親である以上は。と云ったところでござろうか」
”いかず後家”を心配するのは。母として当然の心情であろうて。
そう武蔵は指摘する。
「そうかぁ……? アイツ、静がずっと家にいるのを、逆に喜びそうな気がするんだが……」
俊明と武蔵は。生きてきた時代そのものが違う以上。
こうした世相を背景にした物の考え方の、根本から異なるのは道理だろう。
そも、世界観。其処自体から違うのだが。
「……てか、マグナリア? お前さん、ずっと大人しいが」
「えっ、あたし?」
大女の反応に、ふたりとも無言で頷く。
「いや、此度の一件。拙者もマグナリアどのも、最後まで門外漢であったが故。何も想う処が無いのやも知れぬが……」
魔術にも、陰陽行の”除霊術”に近しい働きをする術系統は、確かに存在するが。
聖属性の魔術は。基本的には神聖魔法と云う、此の世界には存在しない神の力を借りるその前提の術であるが故に。
「”この世界だから無理”。それだけのお話だもの、仕方が無いわ。それよりも……」
────結局、云ってしまえば。尾噛家による”マッチポンプ”って奴よね、今回の騒動って。
鬼女の呟いた何気無いひとことによって。
場は完全に凍り付いた。
「うあ、マグナリアどの。それを言ってしもうたら……」
「お終ぇよ。って奴だぞ、マジで」
端から見たら。
確かにそう映ってしまうのも、仕方が無いのかも知れないが。
「……祈も祟も。完全に放置するつもりだったみたいだしなぁ」
「シズが一言も声を挙げたりしなかったら、多分そうなっていたのでしょうね」
「そも。あの娘御は”尾噛の教え”には、幾らも染まっておらなんだ。その証でござろうて」
だからこそ、彼女は。自身の手で、瘴気を祓い退けてやろう。そう思い至ったのだろう。
「まぁ、そっからが長かったがなぁ……」
「然り。我ら、もう。歯痒くて、歯痒くて」
「いっその事、全部燃やしちゃえば簡単なのになぁって……」
「ホント、何処までもブレねぇよな。お前さんは」
「……ござる」
「あによー?」
◇ ◆ ◇
「……さて。困ったね、翔ちゃん」
「そう? ボクは良かったと思ってるのだけれど、光クン」
長く蔓延っていた瘴気の晴れた、帝都のその奥の院で。
引退間近の、翼を背負いしふたりのおっさんが。
今日も今日とて、悪巧みを装った世間話に華を咲かせておりました。
「いや、不味いでしょ。色々とさ」
「そうかな? ボクとしては全部タダで問題解決して貰えて、すごく有り難かったのだけれど」
つい先程まで。
両手に持った算盤を。まるでマラカスの様に上下に振り、シャカシャカと音を鳴らし年甲斐も無くはしゃいでいた翔は。
「未だ色々と厳しい財政状況下。これで”遷都”なんて無謀な冒険をしなくて済むのかと思うと。ボクは……」
確かに帝国の財布を預かる身としては。
”験が悪い”その理由のみで行われようとしていた遷都には。言いたいことが、さぞ多かったことだろう。
「いや。でも都の造成、その一切を、一光と古賀家に振ったのだから。何も困ることなんか……」
「何言ってるのさ、光クン。引っ越し費用。此は全部自己負担に決まってるじゃないか」
其処まで全部出せ。等と言い様ものなら。
「古賀のボンまで、帝国を捨てちゃうって」
「ああ。そうなったら、帝家は僕の代で終わっちゃうね……」
光雄は、絶対に帝位を継がない。それが解りきっている以上は。
「……いっそのこと。愛茉様に、冠を委譲するのも。ボクはアリだと思っているけれどね」
「それはそれで。確かに面白いかも知れない」
中央大陸の、遙か西の辺境には。
”神の御使い”を自称する者の手に依って、統治される国が在るのだとも聞く。
それで政が、円滑に回っているのであれば。その様な体制を否定するつもりなぞ光輝には無い。
「ま。実際にそれしか選択肢が残ってない時に、もう一度考えるとしよう。其れよりも……」
「祈クンのところの、静ちゃん……かな?」
────もう駄目だ。
そう諦め掛けたその時に。
数名の供を引き連れ、颯爽と現れた新たな”尾噛”に。
都に生きる民たちが救われたのは、事実だ。
「早速、彼女と縁を結びたいって馬鹿どもが……」
「まぁ。呪詛を防ぐ手立てなんか、此の世の何処にも無いのだから。ねぇ?」
『他人を呪う』
その行為一切は、帝国法で此を固く禁じている。
────逆を云えば。
法律で取り締まらねばならぬ程に。皆気軽に、他者を呪っている。その証でもある訳だ。
「自身の安全を図り、尚且つ他を確実に呪えるともなれば。そりゃ誰だって、彼女を欲しがる訳だ」
「……奴らは、何処までも愚かだとしか。彼女の家は何処だ? 彼女の母親は誰だ? って話になるのに。本当に、もうね……」
今回の騒動。その原因を忘れし。
度し難き彼らの処遇に、日々頭を悩ませる。
「……一光に譲渡する前にさ。1回、奴らを綺麗に整理しなきゃ。だよねぇ」
「それが出来れば、ボクも苦労はしないけれど。でも、此からの帝国300年を思うと、確かに」
事の深刻さを思うと。
二人は酒盛りも。また、茶飲み話で済ますこともできず。
素面のまま。
また、茶菓子を口にする気分にもなれず。
ただ溜息だけが零れ落ちた。
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