第300話 退魔の行ー修行編ー
遂に300話到達です。
「このハゲ一体何なの? なんか胡散臭。母さまの関係者って、本当なの?」
(……なんて言われたりしたら。俺、軽く死にたくなるだろうなぁ……)
念の為にと、イメージトレーニングを何度も行い。覚悟だけはしっかりと完了してから臨んでみた対面が。
「よろしくお願い致しまする……」
元々、静は。性根が真っ直ぐな娘だっただけに。
散々、若い娘から”キモい”だの、”臭い”だの言われ慣れてきた俊明にとっては。
其処には、新鮮な驚きと歓喜が待ち構えていた様だ。
「よ……よーっし。良いか、静。これから俺の言う事をしっかり聞くんだぞ? お前の母親に、”呪術”を教え育てたのは、この俺なんだからなっ!」
俊明の言葉は、確かに事実だ。
だが、本人の口から出た……
『アイツはワシが育てた』
発言ほど。傍で聞いていて、無様で滑稽なモノはないのだが。
(何と申しましょうか。此は聞いてて、妙に頬が熱くなってきますなぁ)
(ああ。あんなのがあたしらの”魂の長兄”だなんて。本当に何かの間違いではないかしら。なんて……)
”霊の眼”を持たぬ静には。祈の持つ”異能”によって受肉、現界した俊明しか映っていない。
だからこそ。
こうして静の側に立ち、要らぬ茶々を入れようが。誰も、何も困りはしない。
強いて云えば……
(外野のお前ら、ちょっと黙ってろ。呪術は俺の専売特許なんだからな。悔しかったら除霊の一つでもやってみやがれってのっ!)
二人の茶々が、しっかりと耳に入ってくる俊明の精神衛生上の問題くらいか。
(まーた、このハゲは。すぐチョーシコキやがるんだからっ、全くもうっ!)
(ま、ま、ま。マグナリアどの。冷静に、此処は冷静になりましょう。俊明どのは、まだやらかしてはおりませぬ故に……)
(そうだぞー? 少しは暖かい眼で、俺らを見守ってろっての)
百々の所。武蔵は、つまり。
『あのハゲが少しでもやらかしたら、即Goっ!』
(……てゆか。そう唆しているだけで、決してマグにゃんを抑えている訳では無いんだけれどなぁ。私はどうなっても知らないよ、とっしー)
どうしても、娘の安否が気掛かりな母としては。
こうして娘に内緒で影に潜み。様子を覗ってしまうのだ。
◇◆◇
娘が望んだ、退魔行の修練は。
結局、母の手に依って行われる事はなかった。
「お前さんじゃ終始冷静でいられる訳がねぇ。ってのが、先ずひとつだな」
しっかりと自覚があるだけに。他人から其処を突かれてしまうと、忽ちに祈はぐうの音も出せなくなる。
「”地獄巡り”の行ってなぁ、正式な手順を踏んで行わないと色々と不味いことになるのは、当然お前さんも承知してるよな? 今の不安定なお前にゃ、絶対に任せられねぇよ」
”地獄巡り”とは。
観光の如く、気楽に行える様なモノでは、決して無いのだ。
「決められた道から少しでも逸れりゃ、その時点で即お陀仏。正確な経路案内と、鬼への根回しはちゃんとやっておかにゃな」
地獄に蠢く鬼どもであっても。その元は、人間の魂だ。
当然、個々の性格も。考え方も様々であるのは間違いないだろう。
その中でも。特に質の悪い奴に当たり、静が絡まれたりした場合……
「腹を立てたお前が、一瞬で鬼を殺す様が目に浮かぶ様だぜ。お前はこれっぽっちも、こらえ性が無いからなぁ……」
────そんなことないっ!
そうはっきりと言い返したいのに、”前科”が多すぎて、どうしても言い返せないのだ。その悔しさに、祈の瞳にじわり涙が滲む。
「そして、お前は絶対に静を甘やかす。これがふたつめだ」
地獄巡りの行とは。
地獄界から始まり、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天界の。六道の全てを輪廻る修行だ。
生きて地獄を巡るのだから。
当然、其処に在る鬼たちからも。その先に棲む”邪”そのものとも。
敵対せしモノ悉くを、対処せねばならぬ過酷な修行となる。
「道中。お前は絶対静を甘やかすだろうし、静も絶対お前に甘える。ってーか。身内だけでやっちゃ駄目な修行の最たるモンだからな、これって」
地獄巡りの行は。失敗、此即ち行者の死を意味する。
だからこそ、祈は。
”殺る”と。
そう表現したのだ。
「……まぁ、それ以前に。今のお前じゃ、静を仮死状態にして、魂を肉体から離脱させにゃならんのに。そのまま本当に殺しちまいそうで怖いんだよ。これが最大の理由だな」
幽体離脱を行う際に。
肉体と魂との繋がり……つまりは霊糸線を。
細く、そして脆いこの線は。謂わば現世との”命綱”であり、命運、天運そのものなのだ。
それを、つい斬ってしまいそうだからって……
「何処までとっしーからの信用が無いんだよ、私?」
「あー……拙者ノーコメントで」
「これだから、男親ってのは……子供が大雑把に育ってやーね」
「……ってーか、マグナリア。こン中じゃ、お前さんが一番ざっぱだろうが」
◇◆◇
「んじゃ、静。修行の前に、お前さんには。此から一度”死”を体験して貰わにゃならん」
万物の源たるマナ。その存在だけを知覚すれば良かった魔術とは異なり。
森羅万象、その全てに宿る魂と、周囲に満ちる”氣”。そして自身の肉体から溢れる”気”を知覚し、掌握せねばならぬ。それこそが、呪術の触りなのだ。
「それを手っ取り早く身体に覚え込ませる為にゃ。仮の死────つまりは、”臨死体験”って奴だな。此をする訳だ」
一歩間違うと、本当に死んじまうから。絶対に、気を抜くんじゃねーぞ?
そうきっぱりと云われては。
只でさえ、静にとってはまるで”未知の世界”だというのに。
「…………」
生唾を飲み込んだ音が、妙に耳の奥に響くことに驚く。
どうやら、自分はかなりビビっている様だ。
────ああ。格好付けなきゃ良かったなぁ。ホント。何やってんだよ、わたし。
此処で、仮の死を体感できるのか。
それとも、そのまま本当に死んでしまうのか。
後悔の念で、今にも押し潰されそうになっている静であった。
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