第30話 本物竜で、尻尾持ちの尾噛です。
更新あきました。ごめんなさい。
太陽宮は、中央大陸からの文化を色濃く示す建物である。この土地の他の建物に比べると、異質な趣があった。
追われる様に、この島国に流れついてきた訳であるが、元々は中央大陸に1700年近くも覇をとなえていた国の、その宮殿なのだから当然と言えよう。
太陽宮の外苑に沿って高い漆喰の壁が立ち、東西南北の各所に魔塔が配置され、強固な結界を天の都全域に張られていた。
天の都の中央通りを真っ直ぐ進むと、中央の大守礼門があり、そこを潜ると二つの関が現れる。
その先にある建物達が、国の中心部であり、行政機関でもある。
帝の住まう御所を囲う様に、政を司る東の宮と、軍を司る西の宮とがあり、その関連施設となる建物が建ち並ぶ。
宮の建物の特徴として、日の光を効率良く活用するために、大きな硝子窓が各所にふんだんに使われていた。
ここは、自らを「太陽の化身」と称す、帝のおわす太陽の宮である。
大変高価な物であり、透明度の高い硝子を精製、量産する技術力は、国の力を誇示するにも、太陽の力は自身の力と、喧伝するにも都合の良いものであったのだ。
それだけではない。色とりどりのステンドグラスを使った、帝国の栄光の歴史賛歌を表す壁画が、来客を出迎える様に配置がなされていた。
尾噛兄妹は、今まで見た事の無い、その偉容に圧倒されるばかりであった。
「ほへぇ、すごいね。びっくりだ」
天井を見上げているはずなのに、お空が見える…祈はぽかんと、開いた口が塞がらない様子である。
「正面のコレも、趣味悪ぃけど無駄に高価なのが判るな。ただ、来客を威圧する意味合いが透けて見えすぎて、なんだかなぁ……」
案内の者達に聞こえない様に、俊明は小声で壁画への感想を呟く。日の向きによっては、本当の意味で威圧目的に化けるんだろうなぁと、午前の早い時間帯に来て正解だったなとすら思う。
「しかし、何を考えてこんな建物にしたのかしら? これ夏場だと、暑くていられないでしょうに……」
まだ冬場で良かったわねーと、マグナリアはのんびりした口調で、案内の者全員に聞こえる様な大きな声で言った。案内役の女房のひとりがじろりと睨んできたのだが、当の本人は素知らぬ顔である。
「うん。夏場はここ、本当に暑いんだよネー。ボク暑がりだから困っちゃうよ。いらっしゃい、尾噛兄妹。歓迎するヨ」
マグナリアの嫌味を、真正面から受け止めた天翼人が相づちを打つ。
「これは鳳様。尾噛が頭、望。招聘に応じ罷りこしましてございます」
突然の翔の登場にも動じることなく、望が天翼人の男に向け頭を下げる。慌てて祈も、兄のそれに倣う。
「尾噛殿。こちらの招聘に応じていただき、帝国を代表して感謝いたす」
天翼人の男は、先ほどまでの人懐こい表情を改め、公人としての顔を造り、尾噛の当主の礼に応じてみせる。
だが、それは一瞬の事で、翔はすぐに相好を崩した。
「ここからのボクは、帝国の人間だからネ。この先の席では、君達にちょっとキツい事も言うかも知れない。出来ればで良いけど、恨まないでくれると嬉しいナ」
守護霊達曰く「胡散臭い」笑顔のまま、翔は尾噛兄妹に向け片目を瞑ってみせるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
兄妹と、現界した守護霊達含む護衛の数名が通された部屋は、大きな円卓が中央に鎮座していた。
天翼人が言うには、ここは四天王の面々が集まる会議室なのだという。
「ここで、いつも父上が……」
望は、いつも垰が座っていたという椅子の背もたれに手を置き、一瞬だけ、父への思い出に浸る。
牛頭の到着が遅れている。と兵からの言を翔は兄妹に伝え、予定に無い少しだけ空いてしまった時間に、双方は言葉無く押し黙る。
(うへぇ、なんだか気まずいんだけどー! 私としては、こんなの早く終わらせて、都中を見て回りたいんだけどなー)
祈と守護霊達は、魂で深く繋がっている為に、どこでもこうして念話が通じる。この妙な圧に、祈はどうしても愚痴が漏れてしまう。
初対面で、まだ子供といっても差し支えの無い尾噛兄妹に向けて、平気で遙かに身分の高い人物を相手に、殺し合いの喧嘩をしろと依頼してくる様なとんでもない人間が同じ空間に居るのだ。
その例え様の無い特異すぎる事案に、祈の我慢の限界値は、どうしても低くならざるを得なかった。
(事、戦場に於いて、冷静さを欠いた者から順当に脱落し申す。此処はすでに戦場にござる。祈殿、そういう気概が今は必要にござるぞ)
(まぁ、ここは当主である望が対応するし、基本的に俺達はオマケだ。だが祈、油断はするなよ? 上手く隠れてるつもりだろうが、そこらに兵が忍んでやがる。微かに殺気が漏れてるから、そこの胡散臭翼男の手勢……とは、考え難いぞ)
(その時は私達以外、全部綺麗に燃やしちゃえば良いのよ。難しく考える必要なんかないわ。事は全て単純に考えなさいな)
(((だからぁ)))
祈の「一人我慢大会」とも言えた、妙な気不味い時間は、それから半刻程続く事になった。
漸く牛頭が多数の護衛を兵を引き連れて、四天王の間に現れた。
「ようやくのお出ましかい、豪クン。遅過ぎるよ」
元同僚であった天翼人を完全に無視して、牛頭は尾噛兄妹に視線を向けると、唇を片方つり上げ侮蔑と嘲りを込めて声を出した。
「ふん。貴様等が、あの偽物竜の小倅と小娘か。高貴な我と同じ場、同じ時間に居られし幸運に咽び泣くがよい」
その第一声だけで尾噛兄妹は、目の前に立つ牛頭豪という人物像を、何となく察していた。
(兄様、私こいつ嫌い)
(うん。同感だ)
小さく目配せをし、兄妹だけに通じる小声で、意思を伝えあう。本来、牛頭と尾噛の家格から言えば、天地程の差がある。だが、牛頭の第一声は、充分過ぎるほどに兄妹の忍耐の限度一杯まで刺激したのだ。
「尾噛が頭、望にございます。牛頭様にお目通り叶い、光悦にござります」
席を立ち、牛頭に一礼をする。祈もそれに倣い、同様に、牛頭に向け頭を下げて見せた。
(なんでこんな奴にも、礼節をもって望まねばならないのか、全く腹立だしい……)
事実、牛頭の年齢から言えば、望は「小倅」と呼ばれても仕方の無い歳の差がある。だが、すでに望の中では、牛頭豪という無礼すぎる人間は”奴”呼ばわりとなっていた。
「ふん。最低限の礼を知ってはおる様だな。だが、貴様如き卑しき偽物竜なぞ、その場に這いつくばって地面に額を擦れ。それが本来の我に対するべき礼よ」
「何勝手な事言ってるんだい。君はそこまで偉くはないよ、今の豪クンは”元四天王”の、隠居爺でしかないんだからね」
翔がたまらず間に割って入る。豪の態度はどう見ても喧嘩を売っている様にしか見えない。しかも激高させて、相手から手を出させるつもりの様だ。
双方が喧嘩沙汰になってくれれば、ある意味翔の望み通りの展開ではある。だが、尾噛側から手を出させる訳にはいかない。豪はすでにもう”詰んだ”人間だが、尾噛は未来のある家なのだから。
「それと、その後ろにいる物々しい人達はなんだい? 今から戦でもしようってのかい、よくまぁこの宮までそんなの連れて来れたね……」
護衛と呼ぶには、牛頭の連れてきた兵達の武装は、あまりにも本格的過ぎた。ひょっとしたら、東の宮を半刻程度なら占拠できる戦力かも知れない。
いくら歴史ある牛頭の家の者だからと、そんな物騒な集団を何も無く宮内に通すなんて事は、本来あってはならない事だ。牛頭の連なる家の隠然たる力のせいなのだろうか? そう考えが至った事で頭痛のタネが増えたのを、翔は嫌というほど理解してしまった。
「ここからは、人払いをさせていただこうか。双方の護衛の者、部屋を出ろ。殿中で刃傷沙汰なぞごめんだ」
豪から不満の声が出たが、翔は宮に控えさせていた兵を用い、豪、尾噛兄妹以外の全ての人間を部屋から追い出した。
(何かあったらすぐ呼べよー?)
(拙者、何も心配してはおらぬが、すぐに馳せ参じるでざるぞ)
(今すぐ燃やしてもいい?)
「さて、ちょっとゴタゴタしたけど、漸く場に揃ったね。まずは尾噛の望。帝国を代表して、ボクは君に頭を下げなくてはならない」
その先は、昨晩天翼人の口から聞いたとおりの話が続いた。
「そこにいる牛頭豪が、玉璽と書簡を偽造し、君の家に送りつけたんだ。もちろんこれらは重罪だ。だが、そこを踏まえ、あえて帝国として謝罪したい」
「鳳様、お顔をお上げください。元々私は、家督相続の件でこちらへ赴かねばならなかったのです。そういう意味では、今回の一件は良い機会だったのだと思います」
これは望の本音である。時期が早まりはしたが、元々予定にあった出仕なのである。そこに何ら不都合なぞ無い。唯一あると言えば、祈がこうして同行を求めた件だけだ。
「ふん。我は絶対に頭を下げぬぞ。兵を無駄に死なせた貴様の無能な父親もそうであったが、卑しい偽物の尻尾無しの小倅如きに下げる頭なぞ、我には元から無いわ」
「貴方は黙ってて下さい。今私は鳳様とお話をしておるのです。我が父を無能と称した貴方は、その程度も解出来ぬので?」
垰を出しての侮辱に、望はついに我慢を辞めた。向こうは元から嫌っていたのだ。無理にこちらだけが礼節を守る必要は無いのだと、痛烈に意思表示をしたのだ。
「我を愚弄するかっ!? 卑しい偽物の癖に!」
小倅と嘲っていた人間からの突然の侮蔑の言葉に、瞬間的に豪の怒りに火が付いた。
牛頭豪は、相手を一方的に蔑み、嘲る事が常の人間である。その割には口撃する語彙があまり多くないところが、この男の底の浅さを示していた。そして当然、逆の立場になる事なぞ未経験なのであった。
豪が椅子を蹴倒し、刀に手をかけ立ち上がると同時に、望の後ろから槍を持つ兵が、突然飛び出してきた。
「なっ?!」
知らない兵の突然の乱入に驚き、翔は一瞬動きを止める。こんなのは予定に無い。誰の差し金だ?
「ぐあぁぁっ」
望は何一つ動じる事無く、自身の尾で槍の穂先を斬り飛ばし、返す刀とばかりに、乱入兵の肘から先を、両腕とも断っていた。
そして刀を抜き、寸前に迫っていた豪の目の前に、自身の尾の刃先を向け、牽制する。
そこに合わせ、祈も兄同様に尾の剣先をピタリと豪の喉元に当てていた。
「大変残念でございまするが私達兄妹は、貴方の言葉を借りれば、本物の竜で、尻尾持ちの尾噛なんですよ。さて、卑しき人間に刃を向けられた高貴な貴方様は、これからどうなさるおつもりで? 何でしたら、この場に這いつくばって額を地面に擦りつけてみますか?」
嫌味たっぷりに、望は豪に迫った。元来の望の性格上、絶対に出ては来ない言葉の筈だ。それだけ腹に据えかねていたのだろう。
「ぐぬぬぬぬぅ……」
今動けば確実に死ぬ。それを嫌という程に理解させられた豪は、ただ唸るしかできなかった。
誤字脱字あったらごめんなさい。




