第299話 最期の晩餐。希望の献立は?
「哎呀。静ったラ、盛大にやらかしたネ」
「うぅっ。だって、だって。だからってさ、『やっぱ帝都行くのやーめたっ!』とか言ったら、格好悪過ぎるじゃない?」
有無を言わせぬ母の眼力に圧される様に。
静は、つい頷いてしまったのだ。
地獄行きの片道切符を、その手にすることを。
「もう美美は止められないシ、知らないヨー。貴女の母さまは、一度口にしたからには必ず殺る人ネ……ああ、静。最期の晩餐は、何が良いネ?」
この時代、この世界の。中央大陸で花開いた食文化は。
凡そ、辺境の列島に於いて。まるで想像も付かない様な華やかさ、煌びやかさを誇っていた。
そもそも。その製造には10年以上の歳月を掛ける等、調味料の概念からして全く異なるのだ。
「此処じゃ手に入らないモノも多いかラ、完全再現は無理だケド。美美、頑張って静の為に美味しいのを作るヨー☆」
────これが貴女にとって、最期の食事になるのだからネ♡
母の従者に、こうもきっぱりと言い切られてしまっては。
「……メー。その気持ちは、本当に嬉しいんだけれどさ。わたしが死ぬのは、メーの中でもう確定してるって訳?」
何だか。本当に自分が死地に赴くのだ。という実感がじわじわと湧いてきて。
「当然ネ。主さまは「殺る」と言ったラ、絶対確実に殺る人ヨー。それに……」
「……それに?」
静が恐怖に怯え、ゴクリと喉を鳴らし。美龍は、そこでハッとなり急に口を噤んだ。
「……对不起。やっぱ何でもないヨー」
「ちょっ、何で急に続きを言わなくなっちゃうのさっ? 気になるでしょっ!」
美龍は心の中で、静に対し何度も頭を下げた。
(だって。貴女は欠片も”霊感”を持ってないのだかラ。修行どころカ、確実に犬死にヨ……)
だなんて。
正直に言える訳が無い。
問題は。
あの祈が、本当に静を殺せるのか? そして、殺してしまった後。果たして正気を保てるのか?
そもそも、祈の”従者”でしかない、美龍には。
主の決定には。何も口出しができぬのだ。
(それが、琥珀と美美との決定的な”差”って奴ネ。厭くまでも美美は。主さまの従者でなければならない。怨恨ヨ、爸爸)
恐怖に引き攣り顔面蒼白になりながらも。それでも言葉の続きを強請る静を前に。
美龍は、ただ静かに瞑目をしたのであった。
◇ ◆ ◇
「……で。それで本当に良いのかや、祈よ?」
「ええ、祟さま。殺るしか、他に手はありませぬ故」
夫婦の、ふたりだけの時間だと云えば、確かにその通りであるのだが。
いやらしくもエッチな内容な訳でもなく。 妙に剣呑で、また殺伐とした話題であるのだから。
まぁ、傍目からはそうと見えるだけで。
実際には……
「俺たちはそれでも全然構わないんだが、お前さんらはどうなんだい?」
「……そう申されましても。我らは、彼女の”守護霊”である以上。否、としか」
祈に憑く三人の守護霊たちと。
静に憑く二人の守護霊が。
此の場にいるのだが。
元より、祈の瞳は。霊界と繋がっているし、その夫の祟も。一度死して後からは、自然と”霊の眼”が備わっていたのだ。
そうして、此の場に呼び出された守護霊たちもまた。
殺伐。そっち方面へと引っ張られる様に、話題を引き継いだ。
「しかし、俊明どの。それで彼の娘御は”退魔の行”を、全て修められましょうか?」
「これがね、武蔵さん。はっきり言って無理なんだなぁ。静にゃ残念なお知らせになっちまうが、アイツは絶望的に才能が無いんだ」
テカった額の皮脂を拭う様に。俊明はピシャピシャと掌で叩く。
「てーか、あの娘の魂は。複製人形型式”祈ちゃん”の疑似魂魄から生まれた”自我”がその大半を占めてはいるが、俺は疑似魂魄にある種の上限を設定していたんだ。まぁ、それが今回の一件の根本原因にあたるんだが……」
複製人形型式は。
本来であれば、疑似魂魄の中に”自我”が自然発生する前にリセットをする前提で運用せねば成らぬ道具だ。
だが、当時の祈はと云うと。
疑似魂魄、祈’との記憶共有を幾度と続ける内に、”リセット”が出来なくなってしまった。
同情してしまったのだ。
「祈の複製人形として現界する以上。祈と同等の能力を持って、彼女は出て来る。それでは彼女がもし暴走してしまったら? 反乱を起こしたら? 安全を担保して当然だろう。全ての技能を剥奪し、記憶だけを持った祈。それが複製人形型式、祈ちゃんの正体なのさ」
だが。その安全処置も。
彼女との記憶共有作業の中で。祈がその間も行使し続けた魔術の経験を祈’が読み込んで。
剥奪した筈なのに。何時の間にか、彼女は”魔術の素養”を身に付けてしまったのだ。
「だから。あの娘が祈の魔術の素質をも越える大器に化けちまったのは、そんな理由だ」
その間、祈は呪術、剣術をまるで使用していなかったのだから、祈’はそれを学習する機会がついぞ無かった=静は呪術の素養を欠片も持ち合わせていない。
その明確な証明となる。
「……まるで駄目なお話ではなくて? なのに、イノリ。意味も無く貴女は、娘を地獄に堕とすと云うの?」
「それでは困ります。あの子の”天命”は。これからも末永く続いてゆく”予定”なのですから」
天命が訪れるその日まで。
守護霊は、絶えず対象を護っていかねばならない。それこそが、使命なのだから。
今はまだ、その時ではない。
「……でもね。才能の無い人間に、退魔の行を修めさせるには。一度、本当の意味で”地獄”を体験しないと駄目なんだ」
────それで最低限。
祈は悲しげに目を伏せながらも云う。
祈は元々、”魂の兄妹たる”三人の勇者の経験値に加え、尾噛の持つ”血の異能”『霊界の門』を備えていたが為に。
現代地球の裏世界に於いて。”最凶の呪術師”との呼び声も高き俊明よりも、遙かに優れた資質を持って世に生まれ出たのだ。
だから、本来であれば。
その魂魄からの派生である静は。
「……すまん。全部俺のせいだ」
「良いんだよ。とっしーのお陰で、あの子がこうして”生”を謳歌できているのは間違いないのだから」
本来の静の魂は。
あの八幡の街で。
”魔王”に中途半端に喰われてしまって。
虚と化していたのだ。
本来であれば、静はずっと生ける屍として。ただ排泄物を垂れ流すだけの、肉の塊でしかなかった。
「そう思えば。感謝はしても、怨みに思える訳なんか、ないに決まってるでしょ?」
「……だの。あの娘の笑顔が、この家をどれだけ明るくしてくれたことか。心根が良いのだろうな、真智もよぉ懐いておるわ」
────だから。本当にやらねばならぬのか?
祟は無言の問いを、最愛の妻にする。
「でも。あの子は、それでもやる。私に向かってそう申したのですから。母の立場として、前言を翻し此を否やと言う訳にも参りませぬ」
「……そうか。ならば、己はこれ以上何も言わぬ」
微かに震える妻の手に、祟は自身の熱を移すかの様に両手をそっと重ねた。
「……あー。堅い決意を持っている所すまんが。こればかりは”お前の師匠”として、お前の手だけに委ねる訳にゃあいかねぇな、祈」
「そうね。貴女だとやり過ぎるでしょうし、ねぇ?」
「それを、どの口で申しておられるのやら。マグナリアどのは」
「あによー? 喧嘩なら、あたしは”言い値で買って万倍返し”よ?」
「おおう。くわばらくわばらでござる……」
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