第297話 遷都と帝都。取り巻く状況は?
「……そうか。帝はそのおつもりであったのか……だが」
久しぶりに届いた”父”の、手ずからの書は。
親子としての親愛の情も感じなければ、またただの”勅書”として受け取るには。色々と重いものが、其処には宿っている様に一光には感じられたのだ。
「6名いたはずの光輝帝の”直系”は。我と、光雄兄だけとなった訳だが。そうして、此は……」
『新たな”帝都”を置くための候補地の選定と、その造成。その一切の完了を持ち、次代の"帝”への決とする』
上質な紙に記された、確かに達筆ではあるが装飾の欠片も無い事務的なその内容に。
此がまだ、世間一般的な貴族の手による書であれば。
最低限、此処に時節の挨拶から始まり、実際の本題に入るまでに巻物の半ばまで達するものだが。
「……相も変わらず。帝はこの手の物を不得意とされておられるご様子……まぁ、鳳様に一任為さらなかっただけ、此度の件が」
────相当、堪えたとみえる。
この言葉まで口に出し、それを他人に知られてしまえば。
『不敬だ』と誹られるだけでなく、色々と世間に憚られよう。
近く成人を迎える、皇族の一員としては。
その程度の些細なことで、足を引っ張られてもつまらぬだけだ。
「……しかし、怨みまするぞ。光秀兄、尾噛どの」
どうしてこうなったのか?
その子細を、腹違いの妹愛茉から聞き及んた一光は。
ひとしきり、腹を抱え笑った後に。
「やり過ぎだっ!」
痛めた腹筋を更に酷使するかの様に、声を大きく挙げたのだ。
事の経緯は、甚だ馬鹿らしく。それこそ、此度の一件を一言で表現するならば。
『”恥”以外の何物でもないわっ!』
中央大陸から爪弾きにされる様に逃げてきて以降、他国との交流。その一切を避ける様に、ただ自力の回復だけに努めてきてたお陰で。
要らぬ恥を掻かずに済んだものの。
「遷都、その一切に関する事情を帝国史に記すとなれば。それが全て我の名の下になってしまうのかぁ……」
────まさか。其れを避ける為に我に丸投げしたというのか、現帝は?
一応は、”帝国中興の祖”として。それなりに尊敬も親愛もしていたと云うのに。
此処に来て、一気にそんな気持ちが消え失せた様に、一光には思えた。
これが大人になることなのだろうか?
そんなつまらない感慨は、本当に一瞬。
「……さて。このことは、じっくり愛茉と相談せねばなるまいて。あれも、都への憬れが未だ抜けておらぬ様だし。此処は我の手で、巨大な”都”を拵えてやるとしようか」
帝国でも。
過去、幾度か”遷都”が行われてきたのだと聞く。
立地的な利便性はもとより。
選定事由は、水脈、地脈、霊脈だけでなく。
果ては風水、時の人心も大きく関わっていた……らしい。
で、あるならば。
帝国に於ける、巫女の最高位たる”斎王”の出番であるのは間違い無い。
今後、問題が出るとすれば。
「……何処までも、何処までも。付き纏うのは時間と資金の問題よなぁ……」
それは、魔の森を駆逐し、切り拓いている現在と何も変わらない。
結局一光のやることは、現在の延長上に過ぎぬのだ。
そう思えば、気持ちが軽くなるのか。それとも、逆に重く感じてしまうのか。
「────はて。我はどちらであろうな?」
現状、特に疑問を持たずにやってきた事業に対し。
決して満足はしておらぬが、それでも大きな不満を覚えた自覚も無い以上。
「そもこも。愛茉と決めれば良かろう」
此までも、此からも。
腹違いの妹であり、最愛の女性の側に居られれば。
一光は幸せなのかも知れない。
◇ ◆ ◇
「本当に。それで良いの、静?」
「今ならまだ間に合う。今暫し、考えてみぬか?」
「……いいえ。わたし、もう決めましたので」
深刻そうな表情を浮かべる父母の様子とは裏腹に。
静は一人、晴れやかな顔をしていた。
祖国に於ける、”尾噛家”の立ち位置は。
今現在、非常に微妙な情勢にあった。
抑もの話。
尾噛家は、何処までも被害者でしかない。向こうが尾噛を嫉み、逆恨みした挙げ句、帝国法を無視して此方を一方的に呪ってきたのに対し、反撃しただけに過ぎぬのだから。
ただ、少しばかりやり過ぎただけだ。
次代の尾噛家当主、真智を狙った呪詛は。
祟の権能に依り、大幅に強化された上で呪殺を目論んだ人間に向け、その全てが跳ね返されている。
その残滓が。
帝都の地を穢し、汚染しているのだと云う。
その”張本人”として。
時の帝に、尾噛家が認識されてしまっては。
「だが、それは厭くまでも貴族の暴走を宥めることができなかった帝国の問題に過ぎぬ。我らに何の咎も為されないのが何よりの証であろうよ」
「父さまの仰る通り。ですから、貴女が責を負う筋は。何処にも在りはしませぬ」
────もし。此方に咎を突き付けてきた暁には。絶対その場で黙らせてやるんだがな。
内心その思いを確り抱えてはいるけれど。母はそれをおくびにも出しはしない。
「それでも、でしょう? だって、”穢れ”を祓える人、帝都の何処にもいないって。母さま仰ってたじゃない」
穢れは瘴気を纏い、やがて大きな塊を成し。
そこから”魔”が生まれるのだと。
魔は周囲の低級霊を縛り、支配し。
領域を拡大していく。
「────待って。貴女にだって当然祓えないのだけど?」
静の持つ血の異能は。
祟が苦心して会得した”言霊”に、その性質が極めて近しいものだった。
静本人が生まれながら持っていた魔術の素養に加え。
祈'の疑似魂魄に何時の間にか宿っていた魔術の素養までもがプラスされ。
更には、血の異能が加わり、魔術言語がより強固に、この世界に満ちるマナに作用する。
こうして、義母の祈をも上回る可能性を秘めし魔術士の卵が、此処に誕生したのだ。
だが、あくまでも静は”大魔導士(の卵)”なのであって。決して退魔士でも、ましてや陰陽師などでもないのだ。
「え。駄目なの?」
「少なくとも。その技術を貴女に伝えたことは、母の記憶にありませぬ」
「無論、己も無いな。”言霊の理”なぞ、危険過ぎて余人に教え広める訳には決してゆかぬのでな」
現代地球の裏世界に於いて、”最凶の呪術師”とまで呼ばれた陰陽師の俊明を守護霊のひとりに持ち、またその彼からの修行を長年受けてきた祈であれば。
確かに、帝都に蔓延している怨念を孕んだ瘴気全てを祓い清めることもできるだろう。
だが、その素養も無ければ、修行を一度も受けたことのない静には。
「────無理ね。怨霊に身体を乗っ取られてしまった貴女自らの手で、帝都全土を灼いてしまうのがオチ……じゃないかなぁ。静ってば、結構意思が弱いみたいだし?」
「その前に、衛士どもに寄って集って斬り刻まれて果てて終わるだけでないか? 静は良く言えば”のんびり屋さん”。悪く云えば”ドンクサ”だからのぉ。せめて一般剣士とのタイマン訓練程度は、軽く熟してもらわねば。凡そ魔導士などと呼ぶ訳にもゆかぬわ」
「ふたりとも酷過ぎるぅ……」
その前に静に憑く、ジグラットとセイラのふたりの最上位に近き魂を持つ守護霊が、その様なことは決して赦さない訳だが。其処はあえて二人とも言及をしなかった。
下手にそのふたりの”戦力”頼りで静に動かれては不味いからだ。そもそも静の側から彼らに対し、ちゃんとした意思疎通ができぬ以上、それ以前の話に過ぎぬのだが。
「ま。何にせよ、我らの方から動く”道理”も無ければ、”義理”も無い。静には薄情に映るやも知れぬが、此が”尾噛”の方針だ」
「……ぶぅ」
「可愛く拗ねてみせても駄目なものは、駄ぁ目♡ 貴女も少しは、自身の持つ”戦力”の異常性を自覚なさい。先程母が申したのは、決して笑い話で済まされないのだから」
魔術を防ぐ手段は、そう多くない。
一番は場に満ちるマナを渡さないことだが、”強い魔術士”とは。扱える魔術の上級、下級に拘わらず。放つ魔術の効率、威力など枝葉の話ではなく。つまりは『場のマナ支配力がより強き者』のことを指すのだ。
その様な者を止める、諫める手段はあるのか?
……と、問われれば、
『より強き魔術士がその場におらねば、恐らく無理だろう』
と一蹴されて終わるのだ。
「それでも帝都に行きたいのだと、貴女が云うのであれば────母は。貴女を一度、地獄の底に叩き堕とさねば成りませぬ」
「うえぇ……」
────それでも。貴女はどうしても呪われし帝都に行きたいとか言っちゃうのカナ?
そう愛して止まぬ母から、真面目な顔で訊かれたら。
ちゃんと答えられる自信の無い静だった。
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