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第291話 わたしは養子だから



 (いのり)の出産予定日が間近に迫ってきた忙しなき年の瀬に。


 「……ねぇ、メー?」

 「(しず)。暗い顔して、一体どうしたヨ?」


 多忙を極める周囲の空気から、ひとり取り残される様に。

 ただ其処にぽつんと立っていただけの、静は。


 「メー。ちょっとだけ、ちょっとだけで良いから。わたしとお話し、してくれるカナ?」

 「勿論ヨー。というか、静の頼みなら、美美(メイメイ)は例え火の中、水の中ネ♡」


 母と認めた祈以外の人間。

 その全てが”敵”と認識していたあの日の静の面影は、今は無い。


 静が懐いていたのは、精神性の在り方から最も近しい存在であった美龍であったのは、やはり必然だったのかも知れない。


 生まれてから祈に拾われるまでの間の一切の記憶を邪竜の手によって消された静は。

 そのせいか、数え年に比べて、あまりにも精神が幼過ぎたのだが。

 今まで生きてきた本能の”経験値”と、嘗ては祈の贋作(コピー)として生きてきた疑似魂魄の”知性”によって。その間の補完が為された様だ。

 そんな現在。

 静は、歳に比べて成熟した理性を持つ立派な淑女へと成長していた。


 (……なんて、皆は云うけれド。実際、静はまだまだ子供で甘えん坊さんヨ。だって……)


 「ありがとね、メー。やっぱりメーは、わたしの”特別”さんなんだね」


 静の”お話し”の内容は。

 きっと、静に近しい美龍でなくとも。深刻そうな彼女の表情から簡単に察することができただろう。


 (……だって。大好きなお母さんが取られるんじゃないかって、こんなに不安になってるんだモン)


 こればかりは、決して”理屈”ではない。

 ”感情”の問題────なのだから。



 ◇ ◆ ◇



 あの時。”母”の結婚に一番喜んだのは、当然静だ。

 大好きな人が幸せになるのを、喜ばない人間なぞ何処にもいない。


 だが、それは。


 『自分が”大好きな人の一番”ではなくなる』


 その懸念であり、実際にその結果は。

 最終的にイコールで結びつく。当然の理屈だ。


 そのお相手の人物こそが。

 仕事で家を留守に為勝ちだった母をひとり過ごして待つ静の側に常に寄り添い、時には『暇潰し』だとよく相手をしてくれた光秀(みつひで)だと知った時は大いにはしゃぎ、


 『かあさまをよろしく』


 なんて頭を下げて見せたのだから。幼いながらも、()()()()()()()本人の中ではしっかり折り合いを付けることができたのだろう。


 その”お相手”は。

 名と姿は完全に変わり果て、一切の面影はもう残ってはいなかったけれど。

 中身は同じ人物だと感覚で解ってしまえば、その程度。

 むしろ、自身により近しい姿となった”(たたる)”に親近感も湧き。”父親”として受け入れてしまうのに、さほど時間もかからなかった程だ。


 「……うん。母さまも、父さまも。()()()()()()()()()────頭では解っているつもりだった。だけど、駄目だった。だって、わたしは。母さまとは血の繋がりも何も無い”嘘の親子”でしかないんだもん……」


 祈も、祟も。

 

 『血が一滴も繋がっておらぬから』


 その様な些事如きで蔑ろにするだなんて、其処まで愚かで薄情な人間では決してない。


 (────だけド、それが生まれてくる赤ちゃん相手には無理だった訳ネ。仕方無いヨ、此は”感情”の問題なんだカラ)


 そう。

 頭ではそれをしっかりと理解していても。それでも、胸に沸き立つ昏き感情を抑え込むことなぞ、出来る訳が無い。

 これは”理屈”ではない。”感情”の問題なのだから。


 「静。今のこと、美美の他に話した人いるカ?」

 「……メー以外に、できる訳がない。ホントはメーにだって、言いたくなんかなかった。だって、わたしは、こんなに嫌な子なんだって。誰にも知られたくなかったんだから……」


 ────二人の子が生まれてしまったら、わたしは? 

 ”嘘の子”の、養子のわたしは?


 家の歴史を。

 何より血の正当性を。

 より尊ぶ帝国の貴族社会を知ってしまったが為、余計に静は胸の内に燻るこの昏き感情が制御できなくなってしまったのだろう。


 (此は、少し美美には荷が勝ち過ぎる話ネ。かと云っテ琥珀(こはく)にも、ましてや(すい)なんか絶対関わらせちゃイケない話アルヨ-)


 琥珀は祈に関する話なぞ、頭から否定して強制終了。

 翠に至っては、徹底的に理責めでぐうの音も出せない様にして封殺する図しか、美龍には想像できなかった。凡そこの手の相談事には向かぬ二人だと断言できるくらいには、彼女達に信用は無い。


 (……こうなったラ。もう静の後ろで立ってる二人にお願いするしか無いヨー)


 偉そうに同僚を論評してはいるが、当の本人も凡そ人生相談なんぞできる訳もない。美龍はその位の分別は持っているつもりだ。


 ……で、あるならば。


 丸投げできる人間が居るなら、積極的に振る方が良いに決まっている。少なくとも、それであの子が傷付くことはないのだから。


 「……どったの、メー? 何も無いところをじっと見つめたりして。え、わたしの後ろに何かあったりするの??」



 ◇ ◆ ◇



 「慌てたふたりに喚ばれてみれば。なんじゃ、青龍の眷属よ。我に何ぞ用かえ?」


 祈と瓜二つの顔の造形に。

 然して黒目、黒髪に。暗褐色の肌を持ちし、色違いの祈。

 とある最上級霊からは『2P祈』と呼ばれる存在が。唐突に、静と美龍の目の前に現れた。


 (まさか、主さまの中に潜む”邪竜”の召喚が成功しちゃうトカ。此からハ、思い付きでも何でも試してみるのも良いかもヨー)


 静の二人の守護霊は。

 祈の守護霊に迫るほどの高い霊格を持つ様だ。

 祈の守護霊たちは、祈の中に棲む邪竜と大の仲良しなのだと、主より聞いている。


 ならば、その邪竜とも何らかの接点を持っていてもおかしくはない。


 そう睨んでの無茶振りだったのだが、どうやら賭けは成功だったらしい。


 「えっ、えっ? 母さま? えっ、ガングロ??」

 「違うぞ、我が孫よ。言うなれば我は、祈の母じゃな。此から我のことを”お婆ちゃま♡”と呼ぶことを特別に赦そう。ほれ、静や。愛らしき声を出して言うてみよ。お・ば・あ・ちゃ・ま・♡。りぴーと・あふたー・みー?」


 久しぶりの肉の器を持った他人との交流に、邪竜の心は躍りに踊ったのか、大はしゃぎ。

 見慣れた顔の、見慣れぬテンションに。静も、美龍も何もどう反応して良いのか迷った。


 「ったく。祈の身体から抜け出すから何事かと思えば……此は何だ?」


 終始ハイテンションの邪竜を窘める様に、ハリセンの一閃をカマしたのは。

 後退著しき寂しい額に皮脂をテカらせた、如何にも冴えない中年のおっさんだった。


 「ぬう、低級霊の分際で。我の頭を気軽にポンポンポンポンその様な玩具で叩きよってからにぃ。腹立たしや。こうなれば貴様の関係者を、絶対に末代まで祟ってやるぞーっ。我、邪竜ぞ? 誰よりも畏れられし、最凶の竜ぞっ!?」

 「あン? 俺の関係者を祟るって。お前、それ祈の子を祟るって云ってる様なモンだが、それで良いのか? 一応は、お前の血族だろうが」

 「え? 母さまの母さまだから、わたしのお婆ちゃまで、そのお婆ちゃまが、わたしを”孫”って……えっ? えぇっ??」


 (あ。これもう美美から何も言う必要無いネ。勝手に解決しちゃったヨー)


 目の前で繰り広げられる人外漫才の裏で。

 自身の悩みがちっぽけ過ぎたのだと静がちゃんと理解するのに、そう時間は掛からないだろう。


 だが。


 (これ、絶対に主さまに後から問い詰められちゃう案件ヨー。内緒のお話守れそうにないネ。許してチョーよ、静)


 まさか三人いると聞く主の守護霊の、その内の一人までもが邪竜に付いてくるとは思ってもみなかっただけに。もう絶対に”内緒ネ♡”で通せる訳も無く。


 「美美だけ、今夜の(おかず)が一品減っちゃうヨ。悲しいお話ネ……」



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