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第290話 三人の眷属は



 主たる(いのり)のお腹が、いよいよ大きくなり。


 「────年明け辺りに、臨月があたると思われまする」


 経験豊富な産婆から、その様な見立てを受け。

 新たな”家族”を迎え入れるための用意を、家中総出となって。


 「……ふむぅ。(そう)さま、そこまで思い詰めておいででしたかぁ」

 「あー、こればかりハ美美(メイメイ)たちのせいじゃないヨー。蒼の理想が高過ぎただけネ」

 「いえ、美龍(メイロン)さま。実はそうとも言い切れぬのです……」


 そんな慌ただしさの合間に、偶然が上手い具合に重なることで唐突に訪れた休憩時間(ブレイクタイム)

 祈の従者たちから真っ先に挙がった話題は。

 ここ最近、ずっと単独(ソロ)で行動している(おおとり)(そう)について、だ。


 「あ。(すい)、ちょっと待つネっ! その豆大福、美美が早起きして並んで入手してきた『おひとりさま3ヶまで』の、超貴重な限定品ヨ。ふたつも取るなんて、とんでもないアルっ!!」

 「ああ、仄かな塩味があんこの上品な甘味を極限まで引き立てる……この美味過ぎる豆大福が全て悪いのです。うちは欲望に正直に生きる女。何人たりとも、この欲の炎。消し去ることなぞ出来ませぬ故、悪しからず」


 食欲に支配されし元蜥蜴(とかげ)の女王たる翠は。

 自身の源流(ルーツ)、その本能を思い出したのか。同僚の悲痛なる叫び声にも一切耳を傾けようとせず、口いっぱいに豆大福を頬張った。

 

 「むっきーっ! 美美、わざわざ早起きまでして買ってきたってのにぃー!! もう二度と翠にお土産なんか買ってこないヨっ!!!」

 「うま。うま」

 「……あー、あー。もう。わたしの割り当て分を差し上げますから。泣かないでくださいな、美龍」


 眼にいっぱいの涙を溜め込み唸る美龍を不憫に想ってか。

 内心、後ろ髪を引かれる思いをどうにか断ち切り、何とか死守してみせた残りのひとつを美龍に差し出す。


 「駄目ヨ。皆と食べたくて買ってきたんだかラ、それは琥珀(こはく)が食べて欲しいネ」

 「ああ、もうっ。そんなさり気ない優しさを急に見せたりするんですから、貴女って人はっ!」


 思わず抱きしめたくなる表情と、その気遣いに。

 琥珀の涙腺、大崩壊。


 「むぐむぐ。お二人とも。要らないのでしたら、うちにください」

 「「誰がっ!!」」


 末の従者は。

 誰よりも場の空気が読める癖に、いざ食い物が関係した途端、一気にポンコツ化する。


 (それが解っただけでも、今回は由としましょう……美龍に可愛い一面があったのは意外でしたが)


 結局、残った豆大福は。

 美龍と琥珀の二人で、仲良く半分に切り分け食べました。



 ◇ ◆ ◇



 「……で。”そうとも言い切れない”って云うのは、一体どういう意味なのです、翠?」


 下手に美味すぎたお菓子を口にしてしまったせいで。

 溢れる食欲を抑えきれず、三人は。


 開店間も無い定食屋を()()()して。

 ”倉敷”の街中炊きあがった米を食い尽くし帰宅した午後。


 塩昆布を茶請けに、もう今日は一日サボることにしたらしい。

 くちた腹をさすりさすり。すでに美龍は、半ば船を漕いでいた。


 「……”神”とは、本当に不条理で。不公平でございますよね」


 琥珀の問いに、まるで答えになっていない答えを口にしながら。

 翠は、自身の上着を美龍の肩にかけ、決して起こさぬ様、そっと頭を支え膝枕の姿勢を取った。


 「────ああ。そういうこと、ですか」

 「はい。うちらは<五聖獣>の、謂わば”直系”。蒼様は……」


 琥珀は<白虎>の孫で。

 美龍は<青龍>の娘。

 翠は<玄武>の手で生み出された神造人間。


 「……蒼様は、確かに<朱雀>の眷属でありましょう。ですが、()()()でしかなく、彼の御身に流るる血は、とても薄ぅございまする」


 大元の基礎(ベース)に、絶望的な(開き)がある以上、同じ<祝福>を受けたとて。

 明確に開いた溝は、決して埋まりはしないのだ。


 「確かに。蒼さまの身体能力に関しては。翠の指摘する通りなのでしょう」


 塩昆布では口の寂しさを紛らせることは、どうやら出来なかったらしい。

 琥珀は戸棚より干し芋を取りだし、串に刺して囲炉裏で炙り始めた。


 辺りには。

 芋の焼ける香ばしき匂いと、灰の香りが仄かに立ち上る。


 「……ご存じでありましょうが。凡そ、霊能力(スピリチアパワー)生命力(プラーナ)に準ずる能力(ちから)は。より”神秘”に近しい者こそ優れるが世の真理にございまする。琥珀様、無情と仰るなかれ。事その分野に於いて、蒼様の出る幕は、一部の隙もございませぬ」


 沸々と芋から染み出る糖分と、立ち上る甘い香りに。

 翠の視覚と嗅覚は。正に釘付けとなっていた。


 「ええ。祈さまの周囲に、わたしたちが在る以上。翠の云う通りでありましょう。ですが……」


 良い具合に柔らかくなった芋の串を翠に手渡す。


 「翠。ご本人の苦悩、努力に対して、水を差す様な言動は、特に慎んでください。それでは、誰も幸せになんか、なれませんので……」

 「? 無駄な時間に労力を割くのは、それ自体が、すでに不幸ではありませぬか、琥珀様?」


 熱々の芋に齧り付きながら、翠は琥珀の言葉の意味が全然解らぬと器用に首を捻ってみせた。


 (……ああ、やはり翠という”存在”は。()()()()()()()()()()のだ……)


 <玄武>の手により”此の世の理”、その全てを植え付けられて世に出て来た翠という存在は。

 その”加護(チート)”による恩恵のせいで、人としての機微が理解できなくなっている。


 そのことを指摘したとて。

 翠はそれを理解したとしても。


 改善しようとは、絶対にしないだろう。


 「んごっ。お芋さん、とっても甘くて美味しいヨー……」


 そんな中、美龍の発した何処か惚けた寝言に。琥珀は少しだけ心が救われた様な気がした。




誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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