第289話 教え、導く
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「……ダメだ。やっぱりアタシだけなんも無か気がするったい……」
鳳蒼は。
元々は双子の姉の空共々、尾噛家への押し掛け家人であったのだが。
帝より新たな”尾噛”の名乗りを赦された祈の興した家に、一人だけ何故かそのまま付いてきた。
「そりゃ、空姉ん恋路ん邪魔なんかアタシしとうなかったし」
……と云うことらしい。
鳳家の持つ本来の”家格”から云えば。
望の尾噛家も。
祈の尾噛家であっても。
そのどちらも、比ぶるべくもない。
帝国2000年余の歴史に於いて。
鳳家は最古の家臣なのだから、そもそも150年やそこいら程度の浅い歴史しか持たぬ”新興”の尾噛では、端から釣り合う訳も無い。
だが、そんな身分の差も。
あの姉は、軽く跳び越えてみせたのだ。
胸に秘めし恋心。
望さま、ラブ。
その一念だけで、彼女の半身は。やり遂げてみせたのだから、
『やっぱ空姉にゃ敵わんなぁ』
そう思い、蒼は大人しく身を退いたのだ。
その様な仄かな恋心を、胸の奥へと仕舞い込み。
このまま、親友の家人として生きていこう。そう決心をしたは良いのだが……
ふと、気が付けば。
「琥珀は、祈ん身ん回り全般。美龍は、静んお世話から色々と。翠に至っちゃ、家ん一切から魔導局ん仕事まで全部とか……アタシだけ、なぁんも無か……」
”草”としての修行は未だ続けてはいるが。
正直、平穏なる”倉敷”の新都に於いては。
そもそも”草”なんぞ、最初から不要なのではないか? 今はそう思えてならない。
実際に。
朝起きて、ちょっと修行して、喰って、寝る。ずっとこの単調な繰り返しの日々なのだから。
『尾噛家の押し掛け居候の蒼ちゃん。実は要らない子問題』
が、今此処に勃発してしまったのだ。
だが、それ以外の生き方をとんと知らぬ蒼にとって。
この嫌過ぎる”結論”は。
「……アタシに死ねば言うんといっちょん変わらん話や。頷くる訳なんか無かよ」
冷静になって考えてみたら。
体術は琥珀に全く及ばず。
剣も、弓も、槍すらも。美龍相手に何をやっても一本も取れず。
密かに得意になっていた式やら呪術の一切は。半年と経たず翠にあっさり追い抜かれ。
半分見下していた光秀……基、現祟は、此の世の理を解き明かし、唯一無二の”言霊”を身に付けて。
挙げ句、最初から逃げ回っていた魔術に至っては。静が、母親の祈並みの能力を開花させていた現実に。
蒼の心は、呆気なくポッキリと折れた。
「周りんみんなに勝てんのは、こん際もう仕方無かたい。だばってん、何かしら自分の”売り”が無かりゃあ、これからアタシん立場が完全に無うなってまうばい……」
その様なつまらない事だけで、祈が友達を見捨てることは絶対に無い。
頭ではちゃんと解っているつもりだが、肝心の”気持ち”は。その様な事実だけでは、何の慰めにもならぬ。
「どげんかせんといかん……」
蒼が一生懸命頭を使い、結果導き出した答えは……
◇ ◆ ◇
「……だから、俺たち。なのか?」
「祈ん師は、あんたたちやて聞いた。直接師事ば仰ぎゃあ、アタシも何か変わるぅんやなかかって。やけん、お願い」
(<五聖獣>の祝福を得るまでは、欠片も霊感なんぞ無かった癖に。この娘は────)
人類の到達為得る”最高峰”とも云える程に霊格の高い俊明ら三人の守護霊を視る為には。相当な”格”が必要となるのだが。
「まぁ、考えてみたらそれくらい強烈な反則なんだよなぁ。<五聖獣>の祝福ってなぁよ……」
「一般人に少し毛が生えた程度で在っても、こうでございますれば。然して、何とも此の世とは不公平ではござらぬか」
「”視る”だけでなく、こうしてあたしたちとも会話が出来ているのだから。本当にねぇ……」
マグナリアの云う通り。三人とも、祈の”異能”の権能を借りておらず、未だ霊魂のままだ。
と言うか。こうして魂魄との会話が普通に成立している時点で、
「……なあ。お前さんこれだけで、もう充分じゃね?」
「やなか。アタシだけん”売り”が欲しか。さっきから、そげん言いよろうが!」
世に彷徨う霊魂を視、さらには会話を成立させ得る能力は。
情報の一切を扱う”草”として見ても。それだけで充分過ぎる程に有用な力だろう。
「……何とも面倒な御仁にて。下手に性根が僻み捻れ果てると、此処まで厄介になるものでございますか、俊明どの」
「下手に成長してから初めて挫折を経験しちまうと、なぁ? 俺にも実経験であるからさ、良く解るよ……しかし、本当に困ったな……」
「そうね。あたしたちが教えられるのは、すでにこの娘にとって、明確に敵わない人間が存在する分野ばかりだもの……どうしましょ?」
呪術は、翠と祟に。
体術、剣術に関しては、琥珀、美龍それぞれに。
魔術で云えば、祈本人に静の。絶対の壁が在る。
(……てか。”器用貧乏”じゃ、ダメなの?)
思わず出そうになった、その決定的な一言を。俊明はぎりぎりで飲み込んだ。
基本的に、器用貧乏と云うモノは。褒め言葉ではなく、ネガティブに使われる言葉である。
実際、なまじ何でも出来てしまうが為に、後々まで大成しない、し難い。そういう意味だ。
(でも、俺は。オールラウンダーっての、結構好きなんだけどなぁ……)
生前、地球に於いて。
俊明は、ネットゲームにド嵌まりしヒキコモリ生活を続けていたのだが。
彼のネトゲキャラ育成の基本方針は。
『自分でできるモンっ!』
此である。
何に於いても、”特化”した方が強いに決まっている。
だが、少しでもメタられた途端、”一点特化型”は脆さを露呈する。
それが、俊明は嫌なのだ。
「……一応、”今までの経験は無駄じゃない”。そう云う方針で行くかぁ……」
「あいやお待ちを、俊明どの。彼の御仁の指導、全て拙者にお任せしてはくださらぬか?」
「あによ、ムサシ。貴方、何か良いアイデアでも浮かんだ訳?」
”祈の友達だから”、こうして何となく話に付き合っているだけに過ぎぬマグナリアにとって。
『心底、どうでも良い……』
そんな思いの方が、圧倒的に強くなっていた。飽きたとも云う。
「其処は”仕上げを御覧じろ”と、云うことで。ま、此の場はひとつ……」
下手くそなウインクをしながら、無精髭の侍は。
相談主の意見を置いてきぼりのまま、勝手に方針を決定してしまったのだった。
◇ ◆ ◇
「……で。蒼ちゃんはどうなったの?」
「ああ、武蔵さんの見立通り。あの娘、どうやら”素質”は充分だったらしいわ。今じゃ……」
後退著しき額のテカりを嘆く様に。ピシャピシャと指で叩き、俊明は大きく溜息を吐いた。
やはり、特化型の典型例とも云うべき”剣聖”の示した方向は。
「こと”斥候”。その技量に関して、彼の御仁は類い希なる適性を持っておりました。今後、憂い無く屋外での活動一切を任せられましょうて」
「……へぇ、それは良いことを聞いたなぁ」
武蔵は、蒼を”草”として徹底的に鍛え直してみせた。
自身は極めた。彼女はそのつもりで在っても、”剣聖”の眼には、一般人に産毛が少々生えた程度の技量にしか過ぎなかったのだ。
「序でにだけれど。あの娘に、魔術の基本から教えあげたらどうかしら? 一応、素質はあるのだし」
「う~ん。何度か蒼ちゃん誘ってみたんだけれど、ねぇ……?」
どうにも彼女自身が、暗記事を避けている節が見えているだけに。
祈は強く言わないのだ。
「結局、嫌々やられても。教える此方だって、最初からイライラなんかしたくないモン」
「……まぁ、ねぇ?」
いくら素質があっても、結局は本人のやる気次第だ。
やる気だけで云えば、祟に関しては文字通り”生き残り”を賭けていたのだし。
静に至っては”大好きな母さまと同じ能力を使いたい”。その一心でのめり込んだ。
だから、武蔵の育成方針は。
そう云う意味でも、正しかったのだろう。
「”草”は、結局”草”ってことか」
「ま。つまる所、その通りにござる」
幾人もの剣豪を世に送り出してきた”師”は。
「やっぱり、骨の髄から”師匠”だったんだね。さっしーって」
「然様にござる。人を導くは、経験こそがモノを云いますれば」
拙者から云わせれば。祈どのなぞ、まだまだにござるよ。
人生の先輩であり、剣の師からこうもきっぱり言われては。
祈としてはやはり面白くないが。
「……何も言い返せないところが、本当すごく悔しい……」
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