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第287話 稚児




 「……母さま。お腹に触っても良いかな?」

 「ええ。良いわよ」


 季節は、また巡り。

 最近、少し目立つ様になってきた母のお腹の中に。

 (しず)は興味を抱き。そして生命(いのち)の神秘に触れ、大いなる歓びと、ほんの少しの畏れを覚えた。


 「……まだ動いたとかって、母さま判らないの?」

 「そうだね。まだそんな感じとか、全然無いかな」


 何人も産んできたと云う馴染みの女房たちから色々と体験談を仕入れてはいるが、お腹の稚児(ややこ)が活発に動く様に感じるのは、まだまだ先の話らしい。

 実際、胎内の子には未だ魂は宿っていない。霊の眼を持つ(いのり)は、そのことを識っている。

 現状、漸く安定期に入った程度で、”容れ物”としてはまだ未熟。と云うことなのだろう。


 三人いる内の、祈の守護霊の一人が言う。


(お前がお前の母の胎内(なか)に入る為、この世に降り立ったのは、確か20週越えたくらい……だったか?)


 ……ならば、もう少しすれば対面できるはずだろう。

 世に生まれ出でる前に、自身の息子or娘に会える────普通に考えればあり得ぬその様な異常にも、祈の持つ異能によって儘起こり得る。

 その事に思い至り、母となっても未だ消えることの無い自身の権能(ちから)に、何処か遠い目をしてしまう。


 『沢山の子を育み、その子がさらに子を産んで……悔いの無い人生を、是非とも歩んでください……』


 今は亡き母、祀梨(まつり)の最期の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

 一度は諦めかけた、”女”として。”母”として生きる道。


 しかし、気が付けば。

 一応、義理ではあったが、娘として静を引き取り。


 (たたる)と結ばれ、二人の結晶がこうして(はら)の中に居ると云う、何処か浮き世離れした”現実”に。


 (……何だか、今が幸せ過ぎて。ちょっとだけ怖いな)


 祀梨の”訓示”の中で……


 『あなたは、お婆ちゃんになるまで生きるのよ? 母みたいに、幼い子を残して死んではダメです』


 この部分に関してだけは、自身が未だ()()()()()()()立場に在る以上。亡き母に対し、確約は決して出来ぬのだが。

 ……それでも、”家族”のためならば。


 (どれだけ、敵から卑劣、卑怯と誹られても。生き汚く、しぶとく。を信条に、わたしは……)


 少しだけ目立つ様になった腹を撫で、真の母となった決意を新たに持つ。


 「……お名前、考えなきゃ。だねぇ?」

 「そうだね。これから静も”お姉ちゃん”になるんだから。一緒に考えてくれるカナ?」


 「そういえば、父さまも云ってたよ。『(おれ)が考えては、子に悪い影響が出てしまうやも知れぬ。だから、長姉たるお前が中心になって考えよ』って。一体、どゆこと??」

 「あぁ………」


 此の世界に於いて。

 ”言霊”の完全理解という偉業を為した祟は。


 その為、()()()、それ全般の一切を行えなくなってしまった。

 例え本人が全く意図していなくとも。必ず”世界”が、意味を。そして因果を勝手に求めてしまうからだ。


 (愛しき我が子の名を付けられないって。それはもう立派な”呪い”だよなぁ……祟さま、お労しや)


 自身に降りかかる災厄と云う名の人災から身を護る為。そんな理由だった、とはいえ。

 一身に浴びる悪意、敵意を自動的に跳ね返すその”銘”は。

 それ自体が、”呪い”と成り、”祟り”を喚ぶ────その皮肉に、祈はただ瞑目して想いを馳せることしかできなかった。


 「静ちゃんにこの子の幸せをいっぱい願って欲しい。そう父さまは想っているのではないかしら? 大変だ。責任重大だぞぉ?」

 「うっ。沢山頑張るっ……」


 元々地頭の良かった静は。

 今では、列島の土着言語だけでなく、中央大陸公用語も。大陸南方言語すらも扱える様になっていた。


 こと言語に関する知識に至っては、母親の祈ですら舌を巻く程だ。

 生まれてくる子が男の子であっても。また、女の子であっても。

 静に任せていれば、きっと福を招く良い名を付けてくれる筈だ。


 (魔術の才は、確かにイノリ。貴女より上だったわね。魔術言語の理解度が本当に異常。この子の”異能”は、もしかしたら『言語理解』そのものなのかも知れないわ)

 (てか、この娘。絶対、呪術に触れさせちゃなんねぇわ。お前の旦那以上にヤベぇ結果になりかねん)

 (……その分、剣術、体術の才はからっきしのご様子。拙者しょぼんぬでござる)


 元々静の半分は、祈の魂から派生した疑似魂魄がその源流(ルーツ)だ。

 魂の”祖”たる俊明(としあき)から武蔵(むさし)に、マグナリア。そして祈と続く”才”を受け継いでいて、何ら不思議は無い。更には、”尾噛”に流るる血の”異能”までをも勝手に発現させる邪竜の存在と。

 気が付けば、この世界に於いて恐らくは片手の指で収まり兼ねない程の”猛者”へと。静は育ってしまっていたのだ。


 (……うっへ。これは親として、責任重大だぁ……)

 (俺らの気持ち。少しは理解できたか、祈?)


 ちょっとした()()で。

 周囲の空間が歪む……なんて。

 そんな異常過ぎる状況、自身だけでもう沢山(おなかいっぱい)だ。


 だが、静だけでなく。

 すでにお腹の中に居る稚児も。まだ見ぬこれからの祟との子も。


 今後、きっとずっと悩まされていく。全然嬉しくもない未来予想図が展開されていく。そんな嫌な予感だけがひしひしと。

 両親が、純血の邪竜の子孫……そのものなのだから。


 (……怨むよ?)

 (知らぬ。我が愛しき子を全力で守護(まも)るのは、親の愛ぞ? それの、何処が悪いと云うのじゃ?)


 祈の心からの怨み節に、珍しく”邪竜(中の人)”が応えてくれる。

 彼女の言いたい事は、立派かどうかは自身では判らないが、今は親となった祈も充分に理解できる。

 だけれど……


 (何度も言うけどさ。そろそろ"手加減”って言葉、本当に覚えて?)


 (((邪竜(アイツ)には無理(だろ(ね(でござろう)))



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