第286話 その後始末的な話19
此処は、陽帝国の中枢”太陽宮”。
その最奥に在る、此の世界に只一人、自称”現人神”がおわす奥の御所。
今日も今日とて、背中に翼を持つええ歳こいたおっさん共が、何やら良くない企み事を繰り返しておりました。
「……で。何でこうなっちゃったのかなぁ、翔ちゃん?」
「ホント面目無い。でもさ、光クン。ちょっとだけ言い訳をさせて貰っても良いかなぁ? まさか愛華さまが……」
南方を守護せし炎を司る精霊神の一柱。四聖獣<朱雀>。
その血筋を連綿と受け継いできた帝家は、決して逃れられぬ血の運命が在る。
直系の男子の子には、必ず帝家の血の証が身体に現れる。血の祝福だ。
帝家に分家は要らぬ。
現帝光輝のこの勅により、彼の子らには未来が無い。自身が新たな帝とならぬ限り、子を世に残すことは許されないのだ。
此を嘆いた第一皇子光公は。
第三皇子光義、第四皇子光秀と同じく。
皇族で在る事を、辞める決断をした。
光輝にとって次代の”本命”は、第六皇子の一光である。光公自身、能力は足りているのだが、やはり”本命”より幾分見劣りするのも、また事実だ。
だが、光公の何が一番の問題かと問われれば、彼の実家”徳田”家の存在である。
もし仮に罷り間違って光公が至尊の頂に立つことになったら。
恐らく50年もせぬ内に、徳田の我が儘によって帝国は瓦解してしまうだろう。その被害規模は牛頭 豪の比ではなく確実に、だ。
だから、と云っては流石になんだが。
今回の一件、光輝にとっても。また、宰相代行の翔にとっても。正に棚牡丹の展開だったのだ。
────そこまでは、良かったのだが。
「やっぱ愛華は拒否した……かぁ」
「斎王愛茉さまがお示しになられた条件が不味かった。<再臨の儀>への資格が”自死”とか。そりゃあ、ねぇ?」
態々この為だけに。遠き斎宮の地より、斎王が帝都まで御出座なされたと云うのに。
『嫌じゃ、嫌じゃっ! なぜ妾が死なねばならぬっ?! 愛茉め、此の愚図がぁっ! 斯様な嘘を吐いてまで、妾に仕返しがしたいのかやっ?!』
斎王位に就くまでの、帝都での愛茉はと云えば。
実家の官位が低く、また一番幼かったが為に。他の皇女たちから酷く苛められてきたのだと云う。
その様な経緯もあり、愛茉の言葉を、愛華は頑として受け入れることができなかった様だ。
「……それも原因のひとつではあるんだけれどね。一番の理由がさぁ……」
見届け人として、その場に居合わせていた翔は。
当時の状況を思い出し、酷く情けない顔をした。
『妾は、絶対に死にとぉない。ましてや、彼奴との子の為になぞっ! 抑も、妾は子など最初から欲しゅうないわっ!』
……などと叫び、夫の光公の眼前で、みっともなくも暴れたのだ。
「うへぇ。そりゃあ、確かに徳田と氷室の政略結婚だったとは云えさぁ。そこまでぶっちゃけちゃうのかねぇ、あの娘は……」
「いや、これで帝家の血はまた強くなるだろう……なんて話で、ボクらも一時期盛り上がったけれどさぁ」
まさか、まさか。この婚姻の顛末が。
『最愛の妻』
と公言して一切憚らなかった光公の完全なるひとり相撲で。肝心の愛華の方は、義務感のみで過ごしていた等と……
そんな悲しき現実に、二人は自身の妻はさて、どうなのだろう? 思わず疑心に駈られてしまうのであった。
「……そんな訳で、こうなっちゃったんだ」
「うん、解った。翔ちゃん。君は悪くない」
今回、何が悪かったのかと云えば。
やはり”夫婦の絆”を、確固たるものにできなかったあの二人だろう。
徳田は絶対に潰す。
光公亡き今、その咎を責めればそれで済む話だ。
残る問題は、と云うと。
愛華は後家として、何処かの尼僧院にブチ込む他在るまいが。氷室家と帝家の”体裁”と云うか、世間体を多少は気にせねば成らないことか。
「……で。光公はどうするの?」
「彼、事務能力は本当に凄いから。出来れば文官筆頭として、今後も太陽宮に居て欲しい」
”愛する妻”は過去の話。
光公は、完全に愛華に愛想を尽かし、ひとり生まれ変わる道を選んだ。
態々徳田の自室で自害をしてみせ、家に累が及ぶ様仕向けたのだ。
止ん事無き御方が、まさかの自死を為さった。
この”事実”は。関係者それぞれに対し、非常に重くのし掛かった。
実家の徳田は家人全てを含み云うには及ばず。そして妻の愛華にも、果てはその実家の氷室にもだ。
恐らくは、百人単位で首が”飛ぶ”ことだろう。
光輝はぶるりと身体を震わせた。
「解った。では、我が息子へ最後の手向けだ。”煌”の姓を与えるとしよう。帝国に”煌家”を新たに興す。よいな?」
「……はっ。勅を然と承りましてございまする」
これは途轍もない話であった。
何故ならば、新たに興す貴族家の「銘」に、帝が直接”皇”の字を赦したのだ。更に云えば、帝国の守り神たる<朱雀>が司る”火”までもが、その名に入っている。
此は、最古参の鳳家をも凌ぐ”権威”を、自ら与えた様なものなのである。
(今は良くても、これってば、今後の火種にも成りかねないくらいに危険なお話なんだけれどなぁ。光クン、それを解っているのかなぁ?)
だが。帝により、その”勅”は下されたのだ。
であれば、宰相の、そのまた代行でしかない一個人如きが、否やを云う訳にもいかぬだろう。翔は色々諦める事にした。
どうせ、これで完全に”本命”に決まったんだ。ボクはもう知らないし、後は任せた────と。
◇ ◆ ◇
”倉敷”に在る屋敷の縁側にて。
ひとり佇み、茶を喫む。
傾けた湯飲みを床に置き、祟は満足げに吐息を吐いた。
あの席で出された茶は、味わい、香りからも。最高級の玉露だったのは、間違い無い。
だが、やはり茶と云うモノは。
こうしてゆったりとした心持ちで喫んでこそ、その価値がある。
ああも深刻な顔をしたまま角を突き合わせた状態で喫んだりしたら、大して美味くは感じられないは道理だろう。
「……まぁ。あの羊羹は、最高に美味かったがな」
最愛の妻が、丁寧に切り分け、手ずから口へと運んでくれたのだ。その美味さが一層引き立とうと云うものだ。
「”最愛の妻”、か……」
長兄がそう想っていた相手は。
しかし、何とも思ぅてはいなかった。その事実を知らされた、その時には。
────自身は耐えられるだろうか?
確かに、彼女を想う気持ちは、この世の誰にも負けぬ。その自信は在る。
そして、この気持ちに彼女が応えてくれたからこそ、現在があるのだ。それは間違いない。
「政略結婚だった兄夫妻と、己たち夫婦は違う。違うのだ……」
そう自分に言い聞かせるしか、祟は不安を和らげる術を知らなかった。
今は”言霊”に縋るしか、祟にはできない。
何時も不安なのだ。
妻は、祈は美しい。
魂の輝きも、満ちあふれた生命力も。外見だけでなく、内側からも光りが溢れ輝いているのだ。
(────己では、到底釣り合わぬ)
幼少の頃より劣等感の塊だった”光秀”は。
こうして”祟”として新たに生まれ変わっても。その魂の根幹は、何ら変わりはない。
だからこそ、彼は不安が尽きぬのだ。
何れ、愛想を尽かされてしまうのでは? と。
「ええ、違いますとも。私と祟さまは、大恋愛の末の結婚なのですから。愛の重みが全然違いますっ!」
「ぬおっ?! 祈よ。頼むから、気配を消して己の後ろに立つでないわっ!」
10念は寿命が縮んだぞ。
そう云ってやりたいが、どうやらこの身体に改造した張本人曰く、
『貴様の元の身体と、そんなに変わらぬぞ♡』
とのことらしいので、それが真実であれば10年程度誤差だろう。
むしろ、妻と近しい寿命であるのは逆に有り難いくらいだ。ひとり生き残ってしまうのも、ひとり置いて逝くのも。どちらであれ、きっと心残りとなろう。
「祟さま。もしや”あの時”のことを、思い出しておられますか?」
「……うむ」
強がりの嘘を言っても仕方が無い。彼女は勘が良い。どうせ直ぐにバレてしまうのだ。祟は素直に頷いた。
「己は、怖いのだ。お前が欲しかった。だから己は、死を受け入れるのにも何ら躊躇いなぞ無かった。だが……」
あの時の愛華の言葉が、祟の頭の中で何度も繰り返し繰り返し響く。
あの言葉が、最愛の妻の口から漏れたその事実。光公の心が折れるのも致し方無し。そう思えたのだ。
「確かに。私もあの御方の立場でしたら、きっと『死にたくない』そう言ったでしょう」
「……っ」
祈の言葉に、祟の肩が震える。
「今の私ならば”死なないで済む方法”を、真っ先に考え、そして選びまする。あの時、それこそ帝国から出てしまえば良かったのですっ! そうすれば、光秀さまは痛い思いをせず。私も”癇癪”なんぞで要らぬ恥をかかずに済みましたものを……」
何故あの時、そのことに気が付かなかったのだろう?
そうあっけらかんと笑う妻の顔をまじまじと見つめた後、祟は力無く部屋の方へと倒れこんだ。
「……なんぞ。また己のひとり相撲かや」
「です。夫婦の間は、隠し事無用。と、私は何度も申しました。不安がお有りでしたら、何時でも聞きます。ですから」
────ひとりで抱えないで。
沈み往く日の淡い光を受け、祈の白髪は朱の色を帯びる。
頬に掛かるその香りを鼻に。そして、唇には温もりを覚えて。
畳に映すふたつの影は、やがてひとつに重なった。
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