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第285話 指折り数えし問題点



 「兄様のご実家が先ず一つ。ですが、問題はまだまだ在りまする」


 (たたる)は人差し指と中指を同時に立てた。

 帝家に流るる血の”祝福(のろい)”から逃れる為には。捨てねば成らぬ物が沢山ある。

 多くの(しがら)みを持つ光公(みつひろ)には、その分だけ障害があるのだ。

 一番の”障害”は、無論光公の実家である徳田(とくだ)家なのは間違い無い。だが……

 

 「光秀(みつひで)よ。これ以上、何があると云うのか?」

 「兄様、”其れ”にございまする。光秀の名を捨てし今の(わたし)は、尾噛(おがみ)。”尾噛の祟”にございます」

 「あっ……そういうことか。いや、光公さま。もう此は”徳田を潰す”。なんて、その様な単純な話では済む話ではございませぬ」


 ((おおとり)さまったら。目障り(つい)でに、有力貴族を潰す算段を立てていたのか……酷い話だな)


 背に翼持つ男どもは。

 三人とも深刻な表情(かお)を突き合わせ唸っていたのだが。

 ぶちぶち拗ねていたら、気が付けば蚊帳の外となっていた(いのり)はと云うと、完全に傍観者の態で、さり気なく祟が差し出してくれた羊羹を摘まんでいた。


 「そうです。兄様は、全てを捨てねば成りませぬ。名も、家も、そして、家族も……です。これが三つ目の問題ですな」

 「我が愛する妻を捨てよと? それでは何の意味も無いではないかっ!」

 「新たな家を興す。無論、やれないことは無いけれど……それだけで済む話でも無いのだね?」


 (しょう)の問いに、祟は静かに頷いた。


 「兄様の現在の奥方……姉様ですが、”未亡人”と相成りましょう。そのまま再婚なさるのも結構でしょうが、態々新興の貴族が室に後家を迎えると云うのは。此、正しく体裁の良き話にはございますまいて?」


 祟は徹底的に問題を洗い出す腹積もりの様だ。

 光公やその家族の”未来”に関わってくる以上、安易に決めてしまってはいけない。その為ならば憎まれ役も買って出ようと云うのか? 祈は羊羹を切る手を止め、真剣な夫の横顔を見つめた。


 「ぬぅ。(わたし)が誹りを受けるのは構わぬ、構わぬが。我が妻愛華(まなか)にも、其れが行く可能性もあると云うのか……」

 「()()()後の再婚にしても……う~ん、確かに少し体裁が悪いかなぁ。それが皇女であれば尚更だ」


 己の罪咎の無き『出戻り』であったとしても。

 出戻った。その一点だけで、貴族の女は一気に”価値”が下がる。


 ”未亡人”となった貴族の女性は。

 実家には戻らずに出家し、生涯夫の霊を慰める……のが一般的だ。


 ぶっちゃけた話。


 『家の恥だから、戻ってくるな』


 ……と、云うことなのだが。


 「……に、ございまする。実家(いえ)が取り潰され孤独(ひとり)となった己や、光義(みつよし)兄様と、兄様(あなた)とでは、置かれた状況が違いすぎます。御身は、その”覚悟”がおありでしょうや?」

 「……ぬぅ……」


 子が欲しい。


 夫婦であれば、当然の欲求だ。

 子を成し、育み。次代へと紡いていく。


 此こそが、生き物としての営みであり、本懐なのだから。


 だが、(まつりごと)と云う厄介極まるモノは。

 その様な生物としての”当たり前”にすら、時と場合に依っては真っ向から否定してくる。

 祟の問いに対し、光公は額に脂汗を流しながら、ただただ唸るだけしか出来なかった。



 「……でしたら、奥様も<朱雀>の権能(ちから)で、生まれ変わっては?」


 祈の何気無きその一言は。

 雁首揃え、ただ唸ることしか出来ぬ情けない男どもの耳には、さながら天啓の様に響いた。


 確かに光公の妻の愛華は、第二皇女であり、歴とした帝家の血を引く由緒正しき女性だ。

 僅かながらにも<朱雀>の血族である以上、皇子たちと同じく再臨が可能な筈。


 「……成る程。流石、祈ちゃん。それなら、今までの問題が全部解決できるねっ!」

 「いや、やはり尾噛にご足労願ったのは間違いではなかった。有り難う」


 「ああそうだ。徳田の序でに、愛華さまのご実家でもある氷室(ひむろ)も一緒に潰しちゃおうかなっ! そうすれば色々軽くなるしさぁ」

 「……鳳殿。流石にそれは不味かろうて? 支える柱を削りすぎては、屋台骨が持たぬぞ」


 妙にすっきりした表情で屈託無く笑い合う翼持つ男どもの対応に困り果て、愛想笑いを浮かべる。


 (……てゆかさ。勝手に全部解決したみたいに思ってるみたいだけれど、()()()()()()()()()()()()()? っていう一番の問題を、完全に忘れてないかなぁ……?)


 祈の抱いた懸念に思い至ったのか、祟も祈と同様に苦き表情を口の端に浮かべた。

 当然であろう。

 帝家の血を捨てる為には、一度死なねば成らぬのだ。


 (アレは本当に、死ぬ程痛かったのぉ……さて。問題は、お二人共に其れを成す勇気と覚悟がおあり、なのかや?)


 斎王愛茉(えま)が云うには。

 <再臨の儀>に臨む者は。

 必ず”自死”を果たさねば成らぬのだ、と。


 その勇気と覚悟を持って、初めて儀式が成り立つ、と。


 自身の経験を光公に説明する際に、先ず最初にこう云うべきだったなと、祟は酷く後悔をしていた。


 『……死ぬ程、痛いぞ?』


 と。


 そんな愛しき夫の口に、良く出来た妻は、小さく切り分けた羊羹を優しく放り込んでみせた。



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