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第282話 走れなくなった原因



 「待て。待ってくれっ! あの時(オレ)はどうかしていたのだっ! あの言葉は我の本意では無かった。だからっ……!」


 こうして、第二皇子光路(こうじ)と、彼を擁立する蘇我(そが)家の一族郎党全てが捕らえられ牢に繋がれることとなった。

 帝と、(おおとり)(しょう)の思惑とは微妙に方角が異なりはしたが、それでも此の機に乗じ皇子とその実家を完全に潰すことにした。

 そもそも光路の言動自体、到底無視できるものでは無かったのだ。体制側として、此は妥当な判断だろう。


 帝に対する叛意とは、即ち国に。そしてこの世の全てに対しての挑戦であり、その不遜たる思想に基づく言動一切は、決して赦されるものではない。


 だが、今は時期が悪過ぎた。


 帝国で唯一の女性の”長”の、その結婚披露宴が、帝国(くに)を挙げて行われる予定だったからだ。


 その様な目出度き行事を、罪人の血で穢すなどとは。


 ただでさえその”長”は、()()()()なのだ。

 些細な事で一々爆発されては、現場だけでなく裏方の側もたまったものではない。なるだけ火種は少ないに越した事は無い。


 「なら、最初からこんな下らないことで一々私達を呼びつけたりしなければ良かったのに……ねぇ?」

 「それを言ったらお終いですよ、祈さま」


 主不在のまま”新築”……と呼ぶには、無残にも月日が経過してしまい、今や築浅となってしまった帝都の尾噛邸に、一同は滞在することとなった。

 現在(いま)ではすっかり倉敷の家の方が住み慣れてしまい、祈の中では帝都の方が別宅扱いとなっている。

 そのせいなのか、家宰の水面(みなも) 船斗(せんと)が、


 『御屋形様ご不在の家屋では、仕事の張り合いがまるで感じられぬ』


 と嘆いていらっしゃいまする……などと、尾噛本家から仕える古い女房の談だ。


 側に控える様になってからは、早朝に主の髪を整えるのは(すすぎ) 琥珀(こはく)の役目となっている。

 熟練の工芸師にも再現不可能と思われる、祈の美しい銀の髪は。

 今では完全に色を失い白髪と成り果ててしまったが、朝日を跳ね返す艶やかな輝きは未だ健在だ。


 幼少の頃から剣聖に師事され、希代の剣豪とも並び称される祈がどれだけ激しく動いたとしても。

 琥珀の手で、丹念に編み込まれし毛髪は、決して形を崩したりはしない。

 長い髪は、こと闘争に於いて明確な弱点(ウィークポイント)とも成り得る危険な代物だ。


 髪は女の命。

 ────とは良く云ったもので。此の世界、此の時代の貴族の女性は、その生の内に一度も髪を切らずに終える者が大半である。


 当然、祈も亡き母祀梨(まつり)からの教えを受け育ったためか、『戦いに邪魔だから』などと云う、極々単純で余りに無骨な理由だけでは、髪に刃を立てる度胸を持つことができなかった。

 そんな大事な命とも云うべき髪を琥珀に預けられるのも、祈なりの彼女への信頼の証なのだろう。


 「てゆか、私はもうお終いで良いんだけどね。”倉敷”を空けてまでやらなきゃならない理由が、私の中ではこれっぽっちも見つかんないしさぁ……」

 「ええ、まぁ。全ての日程が段取り通りに進んだにしても、倉敷に戻るまで軽く二月はかかる予定ですねぇ」


 彼の地を治めし”地頭”の(たたる)と”地頭代”の祈が揃って不在となれば、代官に全てのしわ寄せが行くのは道理だ。

 倉敷は死国の探題も兼ねている重要な拠点であり、彼の地を治めし地頭の政治的負担はかなり重い。

 今は大人しく恭順の意を示してはいるが、土佐衆の筆頭たる明神(みょうじん) 晴信(はるのぶ)辺りは、いつ内に燻らせた野心が再燃するか分からぬ。

 そんな彼らの頭を抑えるのに、伊予の熊は正に打って付けの存在だったのかも知れない。だが、蛮族(かれら)はもう存在しない。


 高松の地に駐留する狼牙隊率いる牙狼(がろ)兄弟が、今は伊予の熊の代わりとはってはいるが。

 それでも、過去から脈々と積み重ねられてきた恐怖(れきし)と比べると、やはり抑止力として幾分弱いと言わざるを得ない。


 そんな彼らに対し、明確な恐怖の象徴と成り得たのが、祈の存在其れであり、彼女の長期不在がそのまま、”死国の乱”の危険域を押し上げる要因となっていくだろう。

 祟と祈の不在の期間が長くなればなるだけ、不安定な情勢を呼び込みかねないのだ。


 「……なのに、最初の最初で段取りから外れちゃった訳、なんだよね」

 「ですぅ。ええっと、”言霊”……でしたっけ? 祟様ってば、本当に恐ろしい()()を編み出されてしまいましたねぇ……」


 港で巻き起こりし、『第二皇子に叛意有り』の報は。


 確かに、光路の自爆オチという、本当につまらない話ではあったのだが。


 その自爆のトリガー自体が、祟の名に刻まれた”言霊”に依るものであったのだ。


 「祟さまの名に刻まれた”言霊”は、確かに文字通り”祟り”を引き起こす。でもね、明確な悪意や敵意を直接あの方に向けなければ、何の問題も無いんだよ」


 彼の名に刻まれし”言霊”は。

 自身に向けられた悪意や敵意を、幾倍にして相手に返す。


 ただ、それだけに過ぎない。

 だが、単純が故に強力な権能(ちから)を持ってしまった……最凶の呪術師たる俊明(としあき)をして「想定外過ぎだよ、コンチキショー」と言わしめた程に。


 「……でも、自身だけでなく家族全員まで巻き込んだ”災厄”を呼び込むってさ。どれだけ祟さまに対して強い悪意を持ってたんだろうね?」

 「というか、アレは完全に祟様ご自身で()()()()()()()()()()のだと思います。あの御方があそこまでキレたのは、わたしも初めて見ましたし……」


 ────逆にアレを祟様が無意識の内にやって退けたと云うのなら、どれだけ恐ろしい能力なのだろう。


 琥珀は背中に冷たいものが一気に滑り込んできたかの様な錯覚を覚えた。


 (此からは、口にするのも、行動に移すのも。なるだけ自重するとしましょう。多分、今のわたしでは、確実に死ねますから……)


 祈が云うには、彼の名に刻まれた”言霊”とやらは。

 自身に向けられた悪意を、自動的に。そして何倍にも増幅して本人に返す効果らしい。


 で、あるならば。


 『死ぬ程憎たらしいアンチキショウめ』


 ……と内心醜くドロドロ過ぎた憎念を持ちし現在の琥珀の心根では。

 きっと、色々と不味いことになりそうである。



誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。

ついでに各種リアクションも一緒に戴けると、今後へより一層の励みとなります。

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