第281話 走り続ける皇子たち
「尾噛 祈っ! 今すぐその巫山戯た船から降り我に頭を垂れ赦しを請え。そして服を脱ぎ、股を開けっ! 具合に依っては我の情婦にしてやろうぞっ!」
第二皇子の蘇我 光路は。
短慮で粗暴。
更に云えば、”馬鹿の中の莫迦”だと。帝国に貴族籍を持つ者の間では、此の程度。一般常識レベルの共通認識となっている。
「……はぁ? 手前ぇ。今、なんつった?!」
そんな馬鹿が放った無礼極まりない一言に。
「うぉう。あんお人でも普通にキレたりするんね。知らんやったばい……」
一瞬で、祟がキレた。
「何度でも言うてやるわっ! 尾噛の小娘よ、我の前で服を脱ぎ、股を開けっ! 如何に他人の使い古しであろうが、具合が良ければ、我が幾度か使ってやろうて。所詮、そこな貧相な野郎で満足する程度の女だ。直ぐ飽きてしまうだろうがなっ!!」
当然である。
如何に皇族からと云えど、「妻を寄越せ」も同然の物言いを平然とされてしまった以上は。
此処で毅然と対処せねば。男として、また貴族としても面子が立たぬのだ。
「あンのクソ野郎ぉ……愛する己の妻を、何だって?! 云うに事欠いて、我が妻に向かって”股を開け”だぁ? どうやら惨たらしく死にたいらしいなっ! 貴様こそ、そこに直れっ! 今から己が骨も残さず丹念に殺してくれようぞっ!!」
「きゃーっ! もっと言ってやって下さいませっ! 祟さまっ♡♡」
「……おい、祈。煽っとーんやなかよ、お前は止める立場やろうがっ! 今ん其奴は地方領主! 皇族やなくて、ただん地方領主ったいっ!!」
鳳蒼の指摘の通り、相手は皇族。そして此方は倉敷の”地頭”。確かに光秀の名と身体を捨てた現在の祟は、新興の一地方領主に過ぎぬ。
「いえ。蒼さま、問題ありませぬ。此度の事例の場合、例え祟様が第二皇子を弑逆なさったとしても罪咎には中りませぬ。これを知らずにやってのけるのですから、流石は”馬鹿の中の莫迦”……と云ったところでございましょうか。くふふ……」
「怖かぁ……黒かよ、あんた」
千寿 翠は、産みの親たる<玄武>の加護に依り、この世の万象の理を得ている。
その知識の内に在る”帝国法”の一つに、貴族の身分や権利について細かく定められた条項が幾つか在るが、先程光路が祈にした言動は、極めて重い罪に該当するのだ。
そして、その条項の捕捉の中には、貴族であるならば例え最下層であっても、自身の家族及び家財を護るために身分の高い者に決闘を申し込める。と在る。
この場合、祟は”決闘罪”という別の罪を被ることになってしまうが、決闘の中の出来事であれば、ついうっかり皇族を殺してしまったとて、その罪咎を負うことはない。
厳密に云えば、この法律の中にも色々と制限やら問題はあるのだが、衆人環視の下、こうも見事なまでに綺麗な墓穴を自ら掘りきってしまった以上、誰も横槍も物言いもできぬだろう。
「つまりは、第二皇子の”自業自得”……に、ございまする」
────そういえば。この世界でこの”概念”は通じましたでしょうや?
そんな疑問は一瞬だけ。
誰からもツッコミが無かったので、翠はそのまま流した。
「ぬっ? 我に刃向かう愚か者が、尾噛の小娘の他にもおったかっ! だが、良いのか? 我は次代の帝。第二皇子、蘇我 光路なるぞっ!」
長柄の槍を大仰に振り回し、光路は馬上で派手に大見栄を切って見せた。
確かに然と鍛えているのであろう、その威風たる仕草は堂に入っていたのだが。
「……今、この時に。祟さまが手を下すまでも無ぉなってしまいましたね……」
「だのぉ。我が兄ながら……ここまで愚かであったか……」
岸壁に並んだ兵も。
蘇我の私兵どもも。
そして、<九尾>の甲板に並んでいた者達も。
(すげぇ。言霊を籠めた名付けの効果がここまでたぁ……俺も予想しなかったわ)
(彼の者の逆鱗に触れた以上は、然もありなん。拙者、思わずあの痴れ者の首、刎ねそうに成り申したが。その隙も無かったか)
(”口は禍の元”って云う奴だっけ? 確か、あなたの世界の”概念”よね、これ)
今まさに。
自身の迂闊な言動によって、晒し首の未来が確定してしまった第二皇子の末路を。
……誰も、笑うことができなかった。
◇ ◆ ◇
「……どうしよう、翔ちゃん? あの馬鹿のやらかし、放っておくこともできないけれど、放っておきたい……」
「だねぇ、光クン。まさかこんなので彼が呆気なく終わるだなんて、誰も想像も……」
第一皇子光公を擁する徳田と。
第二皇子光路を擁する蘇我を。
如何に、なるだけ波風立てず、静かに蹴落とせば良いのか?
その方法を模索していた矢先に。
光路が自ら”謀反”を仄めかす言動を、公然と言い放ってしまったのだ。
帝が次代を指名し、玉座を明け渡す。
未だそう宣言もしていない以上は、皇子のひとりが次の皇帝を名乗った時点で、その叛意が確定する。
そして、その後ろ盾となっている家も勿論同罪だ。
「……で。助命を請い願うならば……」
「ホント、醜いよね。まさか自身の”家族”を切り捨て、売るとかさぁ……」
あの時、あの場に於いて。
第二皇子の身柄を拘束し、太陽宮に連行してきたのは、尾噛の関係者でもなければ、<九尾>の乗組員でもなく。蘇我の私兵たちだったのだ。
勿論、光輝も翔も。
その程度では蘇我を赦すつもりなぞ、欠片もない。
だが……
「ちょっと不味いなぁ、これで三人になっちゃった。まだ一光が成人の儀を迎えていないっていうのにさ」
「もういっそのこと、さっさと古賀のボンを指名しちゃった方が良くない? このままだと徳田が何を為出来すか。本当に分かったモンじゃないし……」
翔の心配は、”光公が……”ではない。”徳田が……”である。
第一皇子光公は、良くも悪くもその様な謀ができる人物ではないのだ。
……だからこそ、次代の帝には成り得ない。
「それこそ、標的が完全に定まっちゃうでしょ。態々”魔の森”を開拓させている意味が完全に失われてしまう」
「……でもさぁ、光クン。今のままだと光雄様に要らぬ危険が……」
つい最近、米子と倉敷へと放たれようとした暗殺者を数名捕らえたばかりだ。
倉敷に封じた光秀亡き今、米子の光雄に、魔の森の一光。此の二名を片付けてさえしまえば、次代候補が光公だけになってしまう。
「だから光路を放っておきたかったなって話。まぁ、もう絶対に無理だけどさ……」
「うん。流石にそんな理由じゃ助命はできないね。むしろ公開処刑にしなきゃならないお話なんだし」
帝政を布いている以上、帝こそが絶対であり、僅かでも叛意在りと疑いの眼を向ける隙を見せた者に対し、徹底的に排除を行わねばならぬ。そうせねば、示しが付かないのだ。
権力を保つ為に一番の屋台骨たり得るものは、”恐怖”だ。
恐怖を強いる。その為には、絶対に舐められてはいけない。
例えそれが、”身内”であっても。
そして、”我が子”であったとしても。
「今回、祈ちゃんは本当に災難だったよねぇ。何処かの誰かさんが、周りからの圧力に簡単に屈しちゃったんだからさぁ」
「ぐっ……そ、それも実はもう良いみたいだよ。あいつら、もう元光秀様にイチャモン付ける気無くなったみたい。皆して祈クンに頭を下げたいんだってさ」
今朝方、港の方から大きな爆発音が何十回と響いたのが関係しているのだろう。光輝は苦笑いを浮かべた。
「ああ。僕もあれで飛び起きたし。お腹にズシンと来るってのは、ああいう音のことを云うんだなって」
「本当に良かったよ、祈クンに理性が残っていてさ。ちょっと前の彼女だったら、確実に都に大量の魔法が撃ち込まれていた気がするんだ、ボク……」
中級魔法の中には、<飛行>と云う魔術がある。
祈はそれを維持したまま、大量の魔法を撃つことができる。
つまりは、尾噛 祈という魔導士は。
空中爆撃機と何ら変わらぬ危険生物であるのだ。
「……骨は拾ってあげるからさ、ちゃんと謝っといてね?」
「……ううっ。一応ボクは義父なんだけれどなぁ」
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