第280話 隠さない怒り
帝都までの足は、海魔の旗艦であり、この世界最大級の戦艦<九尾>にした。
他にも随伴艦を多く出し、”辰”討伐の規模を大きく上回る陣容を固めてみせた。
今回の帝都行きの目的自体が、祈たち夫妻の全く望んでおらぬ”披露宴”と云う名の晒し者なのだ。表立って不満をぶち撒けることもできぬ以上、無言でできる最大限の嫌がらせをすることにしたのだ。
「……しかし、よろしいのでしょうか? このまま港に入ってしまっても」
今や海魔衆は、帝から帝国海軍の呼称を赦される程度には権威を持っている。
加えて、その筆頭職の八尋 栄子は、帝国で初となる”提督”の称号を冠し、今や帝国軍に於いて実質最上位に程近い位に在る。
帝国に於ける”魔”と”海”の象徴が、最大戦力をかき集め、帝のおわす帝都へと雪崩れ込んでくる……
その報を聞いた者たちの中でも、色々と後ろ暗い思いを抱いていた者どもは、今頃さぞ肝を冷やしていることだろう。
(────これでは、謀反を疑われても仕方がないやも知れぬな)
そんな心配が、栄子の脳裏に過ぎる位には。
示威行為にしても、此は色々なモノが過剰過ぎたのだ。
「構わない。何なら入港すると同時に、魔導士たちに命令して空に向けて派手な魔法を打ち上げさせてやっても良いくらいだよ」
何なら私の手で<煉獄>を打ち上げてやりたいくらい。
……などと云われては、流石の栄子で在っても、これ以上何も口を挟むことはできなかった。
(これは、相当お怒りのご様子。この場は我ら”貝”になるが吉と見た)
その隣に寄り添う祟は、ただ無言で首を横に振るだけである以上、栄子はあっさりと自身の職務を放棄することにした。
元々、栄子は祈と一蓮托生である身なのだ。此処は彼女の望み通りにしてやるべきだろう。
「……は。聞け、魔導士たちよ。減速と同時に<火球>の詠唱開始。垂直方向に撃ち出し、上空半町(約54m)辺りで爆ぜさせよっ!」
<火球>は、炎系の中級魔法だ。
術士の任意の位置で爆発させるには、かなりの熟練が必要なのだが、祈が手塩にかけて育ててきた人材に、その程度の要求なぞ何の障害にもならぬ。
込めるマナの量に代っては、爆発の規模も大きく変わってしまうのだが、其処は栄子も何も言及をしなかった。
下手をすれば<九尾>の帆に火が付いてしまう。その程度は弁えてくれるだろう……と。
◇ ◆ ◇
帝都に居を構える貴族どもは、皆一様に怯えていた。
それもその筈。
嫌がらせ目的だけで呼びつけた、無名の"成り上がり者”の妻は、帝国で最強の”魔導士”であり、最凶の”竜使い”であり、最悪の”剣士”だったことを、つい先程思い出したのだ。
彼女を怒らせたら、あの黒い竜が襲ってくる。
ほんの数年前、地下格闘場にて目の前で見せつけられた”異界の美”と云う名の畏怖を、何故我は忘れてしまっていたのか?
そして、”海魔”。
港に押し寄せてきた巨大艦隊は、正に”海の魔物”と云うべき存在だ。
あの様に巨大な戦艦。あの腹の中には、どれだけの兵どもを詰め込めるだろうか? そのことを想像しただけで、肝どころか身体の芯から震えが止まらなくなってくる。
更には、そんな危険な艦の上には、恐ろしき爆発の魔法を連発する様な魔導士達が山ほどいたとの噂もある。聞けば爆裂魔法とやらは、かなりの熟練を要する難しい術なのだと。
そんな恐ろしい者を多く従えているのだ、あの尾噛はっ!
────彼の者は、気軽に呼びつけて良い存在ではなかった。
ましてや、晒し者になどっ!
皆で笑いものにしようと呼びつけてみたら、知らぬ間に自身が晒し首となっていた。
そんな笑えない未来図が、容易に想像ができてしまったのだ。
実際、港に殺到した戦力は、その気になれば三度帝都を滅ぼせるやも知れぬ規模があると聞く。
想像力が豊か過ぎるだろうと笑うなかれ。
その程度の危険に関する肌感覚を持っておらねば、此の魍魎跋扈せし帝都では、凡そ貴族なぞを名乗ることはできぬのだ。
「……こうしてはおれぬ。直ぐ様鳳様に取りなして貰わねばっ!」
寄って集って散々に圧をくわえ要求を呑ませたくせに。
面の皮の厚き人間と云う奴は。
どこまでも厚かましいのだ。
◇ ◆ ◇
「……のぉ、祈よ」
「何でございますか、祟さま?」
<九尾>から見下ろす、本国の港には。
怯えた顔をした兵どもが槍を構え、まるで岸壁を埋め尽くす様に大勢いたのだ。
「……少々。やり過ぎたのではないか、の?」
「いいえ、全然」
此処に居るのが兵だけでなく、大勢の貴族の当主どもが平伏していたとすれば、祟と同じ感想を抱いたかも知れないが。
祈はまだまだ全然足りなかったと、少しだけ反省していたのだ。
(────やっぱり四海竜王を帝都上空に向けて飛ばせば良かったかなぁ。そうすれば、今頃は兵たちの最前列に鳳さまが土下座してたかも?)
だが、その様なことをした場合。
南海紅竜王が、確実に帝都を炎の海の中へと沈めていたことだろう。
それだけ彼の竜王は、人間嫌いが極まっているのだ。
当然、祈の呪術の師でもある俊明が、その様な蛮行を必死で止めたのは云うまでもない。
「のぉ、祈よ。頼むから、怒りを鎮めておくれ。少なくとも、我らは国の碌を食んで生きておる。それに、国なくば現在の我らはおらぬのだ……だから、悪い面だけを見るでない」
「……本当に。あなたさまは、お優し過ぎます」
少しくらい、奴らは痛い目を見れば良いのだ。
できれば私の手でぶん殴って、それを心の底から思い知らせてやりたい。
そこそこ長かった船旅の間、祈はそんな風に考えていたのだから、祟の言葉は素直に効いた。
確かに、彼との出逢いは最悪だった。
だが、本国の不本意過ぎた命令を聞き入れたからこその縁がこうして実を結んだのだと思えば、確かに悪いことだけではない。
「だばってん、そりゃ今後ん彼奴らん対応次第、やなかね? ほれ……アレとか」
鳳蒼が指で指し示した先には、紅の翼を背負い煌びやかな具足に身を包んだ人物が、大勢の騎馬を引き連れて駈けてきていた。
「やあやあ。我こそは帝国にその人在りと呼ばれし大将軍。蘇我 光路成りっ! 卑しき女子の癖に、”魔の尾噛”などと調子コき、更には大恩ある帝家に対し謀反となっ!? 今すぐ其処に直れっ、我が愛槍の錆びにしてくれんっ!!」
短慮で粗暴。
帝家の中でも”馬鹿の中の莫迦”の呼び名も高き、第二皇子が蘇我の私兵を引き連れ港に殺到してきたのだ。
「……大将軍? その様な官位、帝国の何処にも存在せぬ筈だが……? のぅ、祈や。己が無知なだけかの?」
「いいえ。私も初耳にございます。一応、帝国軍では三位の座におりまするが……」
「そげんのどげんでん良かろうもん。で、どげんするったい? あげんのでも一応は皇族たい」
蒼の指摘通り、一歩でも対応を間違えば、祈達は本当に謀反人に仕立て上げられてしまうだろう。
それほどに此の国では、帝家の、皇族に対しての応対は、本当に難しいのだ。
実際に祈自身、帝国に対しわりと強めの叛意を持っているだけに、対応を誤ってしまいそうなのだ。その本心を知っているだけに、祟は気が気ではないだろう。
「すまぬが、祈よ。あんなのでも一応は己の元兄だ。加減してやって欲しい」
「承りました……でも、ああ。面倒臭いなぁ」
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