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第28話 鳳翔

今回チョイ短いです






 「もう一度言うね。その元重鎮を、君達の手で、処分して貰えると、ボクとしては凄く助かるんだ」


 天翼人は、貼り付けた様な笑顔で、もう一度物騒なお願いを繰り返した。


 尾噛兄妹は、目の前に座る『自称父親の友人』の意図が全く掴めず、返答ができずにいた。初対面の人間からの、いきなりの殺人のお願いのだから、当然と言えよう。


 「鳳様、申し訳ございませんが、何故、私達”尾噛”に、その様な?」


 だが、驚いてばかりもいられない。まず”処分”という点は置いておく。何故、自分達にその様な依頼をしたのか? そこから明らかにすべきであろうと、望は考えた。


 「まぁ、普通そうだよね……ごめん。先走り過ぎた」


 天翼人は、尾噛兄妹に頭を下げた。


 「ダメだねぇ……どうしても先を急ぎすぎるのは、ボクの悪い癖だ」


 翔は照れ笑いを浮かべながら、頬をかいてみせた。ごめんごめんと、無理矢理にでも場の空気を変えようとしてるのは、祈ですら解る程のわざとらしさである。


 (胡散臭さが更に増したぞ。つーか、こいつこそこの場で処分した方がよくね?)


 (俊明殿、それは流石に不味かろう。だが、この御仁の話なぞ聞く耳持たぬ方が賢明だと、拙者も考え申す)


(処す? 処すの? 何なら、あたしが一瞬で灰すら残らない超々高熱で消し去ってあげてもいいわよん?)


 物騒なお願いをしてきた物騒な人物なんか、さっさと消し去れ。そんな物騒な事を言う守護霊二人の様子に、祈は何となく気がはやる大型犬を連想してしまった。


 (皆待て。待てだよ? まだだかんね?)


 (……祈殿、お気持ちは解らんでもござらぬが、それはあまりにあまりではござらんか?)



 「さて。どうしてボクがこんなお願いをしたかと言うとね、君達が”新しい尾噛”だからなんだ」


 帝国の法において、家臣、文官、及び領主間の争いは、これは基本的に認められていない。


 当たり前と言えば当たり前の事ではあるのだが、実際の所「あくまでも名目上は」という注釈が付く。


 領主間の諍いだけとっても、例えば農地を巡るものであったり、都市間の通行税に関するものであったり、水資源の奪い合いであったり……等々、枚挙に暇が無い。


 当然、話し合いで解決できるのであれば、それが一番である。だが、国が間に入っての調停というのは、領主間の力関係だけではなく、袖の下の横行やら姻戚関係等の、外聞のあまりよろしくない要因のせいで、近年まず成立する事は無かった。


 ならば、純粋な軍事力にものを言わせて我を通す方がよっぽど早いし、自身が正義であると謳える……そう考える地方領主は多いのだ。


 そして近年、帝国の統治に陰りがあり、そういった地方領間の諍いが増えてきていたのは、隠しようもない事実なのである。


 「望クン。君はね、垰クンからの引き継ぎを全部終えていないんだ。だから、帝国内での君の扱いは、まだ正確には臣とは足りえない。だから、もし君達がボクのお願いを聞いてくれたとしても、家臣同士の争いには当たらないのさ」


 ただの屁理屈だけどね。と、翔は笑いながら話す。


 翔の話がただの言葉遊びにしか思えず、望はいまいち釈然としないものを感じていた。だが、国の政を担っている人物が言うのだから、ここは素直に頷く他無いのだろう。



 「だから、ぶっちゃけて言うと、これは私闘。要するにね『あいつと本気で殴り合いの喧嘩をしてくれ』っていうお願いなんだ。その上で、できれば始末してくれると、ボクとしては嬉しいなぁって話」


 「はぁ……そういう事ですか……?」


 (うへぇ。こっちに全くメリットがねぇ話じゃないか)


 (引き受ける理由無し。そして引き受けてしまえば、即命のやりとりでござるか……)


 (やっぱり処す? 燃やしちゃう??)


 (マグにゃん、待て。待てだよー? まだ燃やしちゃダメだかんね?)


 実はというと、祈はマグナリアをけしかけて、この場で翔を亡き者にした方が良いのではないか? と、一瞬でも考えてしまっていた。


 なにせ、その相手は元といわれても、帝国の重鎮だったという。お願いされたからとその様な者を、翔の言う様に”処分”してみせたら、それを口実にこちらが潰されてしまう可能性もあるからだ。兎に角、この男は信用出来ない。


 「かなり虫の良い話をしているって自覚はあるんだ。でもね、相手はこの国の中でも、帝家に次いで古い歴史を持つ家でね、親類が本当に多いんだ。だから、ボクは表立って動けない。あいつを、何とか表舞台に引き摺り出すだけで精一杯なんだ」


 急須を持ち、湯飲みに緑茶を注ぎ足す。もうすっかり冷めてしまったそれを口にし、翔は溜息を漏らす。


 「これはね、本来なら、ボクの手で行わなくちゃいけない”仇討ち”なんだ。でも、帝国でのボクの立場がそれを許さない」


 湯飲みを握りしめ、翔は真剣な表情になる。望にも、祈にも、彼の真意など解る筈も無かった。だが、仇討ちというその言葉だけは、とても重く、深く、兄妹の心に響いた。


 だからであろうか。望は深く息を吐き、ゆっくりと。慎重に言葉を選ぶ様に、翔に返答をした。


「鳳様。正直に、私の今の気持ちを申し上げます。私は”尾噛を率いる者”として、その様な私闘を行う理由が、自由がござりませぬ。申し訳ござりませぬが、このお話は聞かなかった事に、させていただきとうございます」


 姿勢を正し、両手を正面に添えて頭を下げる。


 心情的には、翔を手助けしたいと思う自分がいるのを自覚していた。だが、自分(のぞむ)はすでに”尾噛(おがみ)”なのである。自身の背にのし掛かる人の数を想うと、父の友からそれと望まれたから……という理由だけでは、その様な『喧嘩』をするなどという選択肢自体、望には絶対にあり得ないのだ。


 例えそれが、垰の遺言となってしまった、あの言葉に背いていたとしても。



「……うん、そうだね。それが賢明だ。君はきっと、良い当主になるよ」



 真剣な表情が崩れ、翔は肩の力の抜けた、この部屋に訪れた時同様の、柔和な笑みをたたえた優男の顔に戻っていた。


 席を立った天翼人の男は、去り際に尾噛兄妹達にとって、絶対に聞き捨てられぬ言葉を残す事になる。




 「でもごめんね。明日なんだけど、君達は廷内で、その男…牛頭と面会して貰う予定なんだ。彼たっての希望でね。そこで君達は……父親の、仇の顔を知る事になるだろう」





誤字脱字あったらごめんなさい。

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