第278話 再誕
南方を守護し、陽中の陽を持ちし炎を司る精霊神<朱雀>。
彼女の持つ火は破壊を。
彼女の持つ炎は再生を。
そんな相反する二つの属性を兼ねている。
破壊の火で、死した肉の器を、一度燃やし尽くし。
再生の炎で、灰となり失った人の容を、新たに造り上げる。
再生の炎の中から浮かび上がった人影は、嘗ては伊武 光秀と呼ばれた天鳳人だが、今は名無しの只の人間種だ。
「……光秀さまだ」
帝家に流るる<朱雀>の祝福の血。
その証たる紅の翼に、炎の様な尾羽。そして血を連想するかの様な真っ赤な毛髪と、燃え盛る紅玉の瞳は、今や完全に失われていた。
「……む。どうやら己は黄泉の入り口から、本当に舞い戻れたのかや……?」
今の彼の姿は、日の光を強く反射し輝く様な黄金の髪、蒼穹の澄んだ瞳。そして白き肌。
元々の容姿だけでなく、身体の特徴の全てが異なり、また人相すら何処にも以前の面影は残っていない。
だがそんなものは、元来霊の眼で人を視ている祈には、何も関係無い。
元、光秀だった人物の心の光と、性根の暖かさ……魂そのものに惚れたのだから。
例え彼の肉体が変わり果てようと、魂さえ変わってしまわなければ、祈は必ず見つけ出す。見つけ出せるのだ。
「尾噛よ。此で、己たちの間に障害は無くなった筈だ。今一度、お前の気持ちを聞かせてくれっ!」
「……そん前に、お前は真ん中でぶらぶらしとー奴ばしぇめて隠しちゃり。此処は女性しかおらんのやぞ」
彼の足の間で、何時までもぶらんぶらんと揺れ続けている”ブツ”に、堪らず鳳 蒼がツッコミを入れる。如何に神の御業であろうとも、着ていた衣服までは再生できない。今の彼は素っ裸だった。
(うわー、うわー。モロに見ちゃった。あんな形してんだぁ……)
(蚤の心臓の癖に、アイツのやたらデカいネー。ね、主さまの中に”アレ”……ちゃんと入る思ウ? あんなの入れたら主さまのお腹、破れちゃうヨー)
(本当に貴女って人は品がありませんね。此処は水を差してはいけない場面です。黙ってなさいっ!)
(”亀の頭”とは良く云ったモノです。古人の例えは、色々と為になります)
(……此処にも下品な奴がおるっちゃけど?)
(此方は何も見んかった。何も聞かんかった……)
年頃の女子達、文字通りの闖入に色めき立つ。
こういう場では、多数派の方が当然立場が強い。多数派に属する者達は、恥じらいを見せるどころか、逆にガン見する勢いだった。
「うわっと。此は失敬っ」
今は”名無し”となってしまった男は、勿論木石などではない。羞恥心だって当然持ってるに決まっている。便女に見られるのとは訳が違うのだ。彼は慌てて自身の息子を必死に隠した。
『ほんに此奴らは……何処までも締まらぬわ』
自身の炎を揺らめかせながら、<朱雀>は溜息を吐いた。
◇ ◆ ◇
「……さて。その前に、元兄様。先ずは帝へご報告、然る後、拝謁を為て貰わねばならぬ」
「ぬ? 肝心な返事がまだなのだが……?」
予め用意されていた装束を身に纏い、漸く人心地付いた所で、”名無し”は元腹違いの妹によって今後の身の振り方、とやらを勝手に決められていた。
「そんなもの。あの”尾噛”があれだけ散々駄々を捏ねて見せたのじゃぞ? 今更検めて問い質すだけ、野暮と云うモノじゃがいっ! それに、治めし者をさっさと決めねば、困るのはその地に生くる民ぞ?」
「ぬう。確かに、その通りだ……」
”地頭”たる光秀は、無責任にも突如失踪してしまった以上。現在”地頭代”の地位に在る祈に、全ての負担が行くことになる。
だが彼女は、魔導士達の師匠であり、更には魔導局の局長で、帝国軍No.3の立場に在る。その上で、死国の監視役であり、その駐留する軍の筆頭職も兼ねている。当然、彼女の抱える仕事は他にも多岐に渡り、とても一人で任せる訳には往かぬのだ。
「まぁ。此方もある程度は状況を見越しておりましたので、暫くはこのままでも充分回りましょうが……」
「ですが、確かに対応は早い方がよろしいかと思いまする。逼迫してからでは遅すぎます故」
千寿 翠の制度改革のお陰で、確かに少数でも業務遂行できる土壌が出来上がってはいるが、流石に万全だとは言い難い。
元来、人とは間違う生き物なのだ。完璧に熟せない以上、何処かしらに歪みが起こる。それが致命的になってしまう前に是正できる体制を構築出来ねば、早晩崩壊してしまうだろう。
「うむ。我ながら早まってしもうたなと、今更ながら……」
「……後悔、為さっておいででしょうか……?」
忙しいながらも茶を飲む時間やら、恋を語る余裕すら持てる様になってきたと云うのに。
逸る気持ちを抑えきれず、こうして全てを放り投げてしまった結果がそれでは、嘗ては倉敷の地頭として日々働いてきた意味が無いし。その負担を愛する者に全てひっ被せてしまっては流石に何も申し訳が立たぬと云うものだ。
そんな”名無し”の無意識の呟きを聞き、祈は『ああ、やっぱりやめておけば良かった』などと云われるのではと、もう気が気では無かった。
「まさかっ! それだけは絶対に無いわ。ただ、もう少し備えておけば良かったな、とは思うておるがな……」
「良かったぁ。少しだけ安心しました……」
「あ-、はいはい。イチャコラするとは後にしてくれんね? まずやらないかんことば考えちゃり」
互いの眼を見つめ合い、二人の世界を創りかけた所で、蒼が間に割って入る。
馬に蹴られたくはないが、話が進まなくては何時までも家に帰れない。
空きっ腹のまま此処まできたせいで、いい加減腹も減ってきた。さっさと話をまとめて、待望の朝飯を腹一杯に詰め込みたいのだ。
「……こほん。元兄様は、これから”尾噛”に婿入りするのだから、少なくとも貴族籍は得られようて。恐らくはそのまま倉敷の”地頭”の勅も拝領するじゃろ。帝国に人はおらぬ。これは隠し様の無い事実故に、のぅ?」
いきなり無名の、ポッと出の得体の知れぬ者が広大な領地を治める頭となる……
ひたすら金と権力を追い求める、餓鬼の様な貴族どもがそれを黙って見過ごす訳も無い。
ましてや一昨年前には、散々ゴネにゴネて追い回した”尾噛”まで、其奴は掻っ攫って行くのだ。
「元兄様や。もしかしたら、暗殺者の一人や二人は覚悟しておかねばならぬかも知れぬぞ? くくく……」
「愛茉よ。何故そこまで満面の笑みを浮かべられるのだ。其処まで己の事が嫌いかや?」
家が、腹が違うのだから当然と云えば当然の話なのだろうが、元々帝の子らの間ではあまり交流が行われることはなかった。
それでも、光秀はわりと兄弟間の交流を取ってきた方だ。元来のヒキコモリ気質をあえて堪え、自身と自身の家の立場を保つため、色々な調整役を買っては必死になって動いてきたつもりである。
愛茉と一光は、歳が殆ど離れていなかったのもあってか非常に兄妹仲は良かったが、それに比べられてしまっては、流石に光秀が憐れだろう。
「正直に云うと、嫌ってはおらんが、そこまで好いてもおらんかったよ。それに、もう貴方とは他人じゃし?」
「そうか。そうだよな……」
幼少の頃より、姉妹たちから”愚鈍”だの”間抜け”だのと散々に苛められてきたせいで、愛茉は帝の血族達を心底嫌っていた。
だからこそ、光秀のこの評価自体はかなり高いと云えるのだが、その裏事情なぞ本人でなくば知り様がない以上、当然伝わる訳もない。
以前、そんな彼女の幼少時の事情を聞き、少しだけ知っていた祈は、悲しげに眼を伏せた。
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