第275話 残された者達は
今回めちゃ短いです。ごめんなさい。
「……しかし。まさか此処までとは、のぅ……」
祈が起こした”癇癪”の爪痕を改めて目の当たりにし、”斎王”愛茉はごくりと唾を呑んだ。
無事な畳は一帖も無く、また天井は禿げ上がりところによっては青空すらも見える程だ。それこそ、数日の内に此の建屋自体、倒壊してしまうだろう。
「御所の修繕費、やはり”倉敷”の方で出しておかねばならぬだろうか?」
「そりゃ難しかて思う。ばってん、あんたはこれからそん権限がのうなってしもうばい?」
倉敷に戻れば、資材も、資金も。また職人の手すら潤沢に在る。
だが、今から光秀は肉の器を捨て、家名を捨て、身分を捨てるのだ。命令を下す権限を自ら望んで捨て去る以上、到底できる訳が無い。
「そうであった……だが、流石に此をそのままに捨て置く訳にもゆかぬだろうて?」
なぜこうなったかを考えれば、此を放置なぞしては良心がチクチクと痛む。徹底的に身分に合わぬくらいに、光秀の持つ心根は、余りにも小市民過ぎた。
「……よい。光秀兄様よ、こうなってしもうたのは説明下手な此方のせいなのじゃ」
それに下手に修繕するよりか、一度完全に壊して新築してしまった方が余程早い。
指宿の鬼に頼めば、恐らく予算は大幅に圧縮できる筈だ。奴らは酒さえ与えてやれば喜んで働く。
その資金を、帝に強請る必要はあるだろうが。
(それくらい要求しても良かろうさ。ここまで此方は生命を張ったのだから、の)
勿論、愛茉も祈が癇癪を起こすことくらいは”予知”していた。
ただ、ここまで大規模な癇癪になるとは流石に思ってもみなかったが。
「其処な”半神”の娘よ。其方もマナが扱えたなら、他に遣りようがあったのではないのか?」
<朱雀>の巫女として生まれ変わった愛茉の眼は、特別製だ。
千万、億もの生命を喰らい続けた”蜥蜴”の次代女王の卵を素として<玄武>によって創られた千寿 翠という娘は。
彼女の眼には、彼の大魔王以上の”異形”に映って視えていたのだ。
(此方と同じく<五聖獣>の祝福を受けておる以上、聖なるモノであるのは間違いないのじゃろうが……此方には、世の誰よりもこの娘が恐ろしい……)
当然、<五聖獣>の祝福を受けて半神となった現在の愛茉にとって、地鎮の儀の当時に相対した”大魔王”の欠片を浄化するなぞ、鼻くそを穿るよりも容易い。
だが、あの時に愛茉の心の奥底に植え付けられた”無力感”と”恐怖”と云う名の心の疵は、どうしても拭いきれない。
何れ超えねば成らぬ壁と云う奴、であろうか。どうにもあの時のトラウマが一種、愛茉の判断基準になってしまっている節がある。
「その様なもの、端から在りはしませぬ。無意識の内に支配下に置いた僅かなマナですらああなる。それこそが、主上が優秀な魔導士である証左にございましょう。そして、逆に主上が冷静でありましたら、ウチの未熟な術なぞ歯牙にも掛けなかったと思われまする」
支配下に置いたマナを暴走させてしまうほどに心が乱れていたからこそ、祈の厚い魔術障壁を抜け<深層睡眠術>が通っただけに過ぎぬ。そう翠は言い切った。
(他者の支配下にある加熱、圧縮された状態のマナをそっくりそのまま奪って別の術を行使しおった癖に。ようもまぁ……)
皇族の”義務”として、素質の有る無しに関係無く、最低限の期間は魔術の修行を課せられる。
当然、その一員として生きてきた以上、愛茉にも魔術の基礎知識はしっかりと頭に叩き込まれている。
祈が癇癪を起こした時点で、周囲のマナはいつ爆発してもおかしく無い状態であった。
なのに。
態々そんな危険な状態にある攻撃的なマナの支配権を奪い、そこから攻撃系ではない別種の魔術に一度分解し編みあげてみせたところに翠の恐ろしさの本質がある。
その様な”曲芸”を為す。主よりも遙かに高い技量を持っていなくては出来ぬ芸当なのだ。
(じゃが、今は眼を瞑っていても良い……か)
ここで追求した所で何の意味もない。彼女は愛茉ではなく、祈の従者の一人なのだから。
愛茉はゆっくり息を吐き、腹違いの兄に顔を向ける。
「さて、光秀兄様。貴方は、どの様な容に成るのがお望みです? 希望があれば全て聞き入れましょうて。少なくとも、今ならば」
(そう云えば、此方。親友の好みを、何一つ聞いておらんかったわ。勿体無きことをしてしもうたわいな……)
友の『恋バナ』で一番最初の”掴み”であり、そして一番肝心で楽しき部分を聞きそびれてしまった事に、愛茉は少しだけ後悔していた。
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