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第274話 死んでは、嫌です。



 「嫌だっ! 絶対に嫌だっ! 光秀(みつひで)さまっ。私なんかの為に、簡単に死を選ばないでっ!」

 「待て。待つのだっ! 尾噛(おがみ)よっ!!」


 今まで抑えていたであろう感情が一気に爆発してしまったのか、斎宮の奥の院の一室は、今やマナが荒れ狂う嵐の真っ只中に在った。

 万物の持つエネルギーの根源たるマナは。

 "恐怖”。

 自然の法則をも簡単にねじ曲げてしまえる程に強烈で、かつ無軌道な本能のその根源に基づく意思により、今や制御不能の状態となっていた。


 暴風が吹き荒れ、雷が舞い。

 氷の礫が飛び交い、地面が揺れた。

 

 (あーあ。やっぱ()()()()()か)

 (然もありなん……祈どのの今までの人生、”死”が身近に有り過ぎた)

 (あの子の癇癪、ちゃんと収まるのかしら……?)


 元々祈の魂は、冥界へと直接繋がっている。

 それこそが祈の持つ”異能”の正体であり、力の根源だ。


 彼女は、常に死が身近に有り過ぎた。

 その中に在って、更に彼女の両親は。


 母の魂は。彼女の目の前で、昇天した。

 父の魂は。彼女の目の前で、消滅した。


 身内の”死”を、彼女は魂の底から(わか)っている。そして。父、(たお)の時に、魂の”死”までをも彼女は識ってしまったのだ。

 見ず知らずの他人であれば、まだ耐えられた。

 だが、事は彼女の”想い人”であり、更には自身を想ってくれているからこその”自死”なのだと解れば。


 到底、耐えられる訳が無い。


 優秀な魔導士の常で、無意識の内に支配下に置いていたマナが支配者の感情の爆発によって暴走するのも、また自明であろう。



 今は祈の守護霊として、彼女のうしろに憑いている三人の元勇者たちの魂は。

 守護霊その1天地(てんち) 俊明(としあき)を祖とする自我意識の海からの派生だ。


 そして生前の俊明が持っていた”異能”もまた、祈と同じモノだ。

 だから、祈がこうなってしまうのも、当然予測の範疇だった。

 逆に祈が守護霊その2、その3の要素をも同時に併せ持っていたが為に、まだ対処が楽だとも云えるだろう。もし仮に冥界の扉が開いてしまえば、例え神であっても対処は難しいのだから。


 (……マグナリア。すまんが()()()()()やってくれ。この中じゃお前以外誰も祈を止められんだろう)

 (相変わらず、あなたってば過保護よね。と云うか、あたしがやらなくても大丈夫みたいよ?)


 「<深層睡眠術(ディープ・スリープ)>」

 「やだ……死ん……じゃ……い、や……」


 (……ああ、あの娘か)

 (彼奴(あやつ)は確か<玄武>の娘、にござったな。成る程、<五聖獣>は、()()()()()()訳か……)

 (本当に胸糞悪いったらないわ。イノリを危険視するのなら、最初から権能(ちから)を与えるなってのっ!)


 千寿(せんじゅ) (すい)は、場に荒れ狂うマナから強引に望む魔術の現象を捻り出してみせた。

 しかも、半分正気を失っていたとはいえ、()()尾噛 祈に対し、防壁を打ち破り魔術を通したのだ。

 

 「主上。今は鎮まりませぃ……貴女は決して感情を爆発させてはいけない御方。”世界”が保ちませぬ故」



 ◇ ◆ ◇



 ────あ、これは夢だ。


 そうとすぐ解る時、人の意識は覚醒状態に在るのか、はたまた完全に意識の海に没しているのか。

 祈自身、それを深く考えたことなぞ無い。

 ただ今言えることは、”此処は、あの時降り立った彼岸”に酷似している気がする。それだけだ。


 『すまぬな、竜の娘よ』

 「いえ。私も急に癇癪を起こしてしまいまして、申し訳ありませぬ。あの人が死んでしまうと思ったら……どうしても、耐えられなかったのです」


 声の主は<朱雀>で間違い無いだろう。

 ”陽の陽”という目映き灼熱の霊の圧は、祈の記憶の中でも彼女しか該当しない。


 『如何に想い人の事とはいえ、お主らしくなかったな。光義(みつよし)という先人がおっただろうに……』

 「それを云われてしまうと……我ながら、子供過ぎたなと」


 朱雀による帝家の血の祝福(呪い)から抜け出すには、一度、肉の器(からだ)を捨て去らねばならぬ。

 態々それを成した者を呼び、愛茉(えま)が説明をしてくれたと云うのに。


 ────だが。 

 目の前で愛する者が死んでしまう。


 それだけで冷静で居られなくなるのは、当たり前だろう。

 今思えば、ここまで人を好きになった経験なぞ、祈には無かったのだ。


 (これが、初恋……なのかなぁ?)


 確かに兄の望の事は好きだが、この感情が恋とは違うとはっきり言える。

 家族は家族。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 当然、守護霊その1である俊明も、その2の武蔵(むさし)も、その3のマグナリアも。

 更に云えば、娘の(しず)も。琥珀(こはく)に、(そう)に、美龍(メイロン)に、翠だって。


 皆同じくらい好きだし、優劣なんてのも其処に在りはしない。


 でも。


 (何故か、光秀さまは、少しだけ違うんだよなぁ……)


 其処に優劣はない。

 そう言い切れるのだけれど、何故か他の家族とはどこか違う”何か”。


 この感情に、未だ名前は付けられなかったのだけれど。

 今あえて付けるとしたら、此こそが”恋慕”なのだろうと、自身の中の何かが囁く。


 『しかし、我も<玄武>にしてやられたわ。まさか()()()にあの様な……』

 「? <玄武>さんがどうか為さいましたか」


 『……いや、お主は何も気にせんで良い。今のお主は”想い人”のことだけを考えておれば良いのだ』


 下手な事は云わぬ方が良い。

 竜の娘は、一度身内に迎えた者には無償の愛を注ぎ、一切の屈託が無くなるのだから。

 如何に事実であるとはいえ、態々『身内を疑え』などと精神の毒を注ぐ愚を犯す方がどうかしている。

 現在(いま)の朱雀はそう判断した。未来に在る朱雀は、その事について何も語ろうとはしなかったが。


 『我が司るは太陽。滅びの火と、再生の炎成り』


 此の世界に於いては、先を見通せぬ不便こそが<朱雀>には何よりも嬉しい。

 先が見えぬ不安を覚えるこの感覚ですら、彼女には歓びなのだ。


 だからこそ。

 周囲の者達が為した、時に身を切る様な残酷な選択であってすら、大いに歓迎し、また祝福もする。


 此度の一件。

 それが先の未来にどういう影響を及ぼすのであろうとも。


 <朱雀>は。

 この世界に眷属を降ろした全ての上位的存在は。


 世界と共に、祝福をするのだ。



誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。

ついでに各種リアクションも一緒に戴けると、今後へより一層の励みとなります。

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