第273話 潔く死ね
「光秀兄様。此方に何度も同じことを言わせないで下さいませ。得物を渡す故、愛する者のため、今すぐ死んでたも♡」
「死ねとは流石に穏やかではないな。改めて問うが、愛茉よ。仮に己が死して、何の意味があると云うのだ? それでは、誰も幸せになれぬのではないか?」
「……少なくとも、私は幸せですけれど?」
「おい、琥珀。お前は少し黙りんしゃい」
帝家に脈々と受け継がれる精霊神<朱雀>の"血の祝福”。
此が有る限り、子は必ず帝家の血の証たる”天鳳人”としての生が確定する。
そのため、尾噛に流るる”邪竜の血”を後世に繋げねばならぬ義務がある祈にとって、光秀は婿として最も選んではならぬ存在である。
その血の呪縛から解き放たれる。
もしそんな手段が本当にあると云うのであれば、今すぐ皇族の地位なぞ捨ててやる。そう言い切ってはみたものの……
そこで急に「死ね♡」と云われ、一体誰が首肯できると云うのか。
「『死して来世で結ばれよ』……などと仰る様であれば、流石に己も首肯は出来ぬが?」
もしそういうことであるならば。
『帝家に生を受けた時点で諦めろ』
愛茉はそう云っているのと同様なのだから、誰が納得できようか?
まぁ、確かにそれで来世で祈と結ばれることが確定するのであれば、
『一考の余地があるやも……?』
などと一瞬でも考えてしまった時点で、惚れた欲目と云うか、光秀の方も大概であろうが。
『其処からは我が説明しよう』
「……よろしいのですか、<朱雀>さま?」
その時。
陽帝国の始祖であり、守り神たる<朱雀>が降りてきた。
『……仕方無かろうて。愛茉よ。お主は、言葉が足らな過ぎる』
如何に巫女としての資質が開花したとはいえ、やはり愛茉はまだ幼き娘。色々と足らぬものがある様で。朱雀はそれを見かねてしまったのだろう。
”斎王”とは、精霊神<朱雀>がこの世界に於いて、神力を行使するための御柱であるのは間違い無い。
だが、”鈴女”にとっては、愛娘であるという意識の方が強い。何処までも娘に甘い母親でしかないのだ。
◇ ◆ ◇
『其の方らに流るる”天鳳の血”は、本来直系にのみ継承が赦されておるのだ……』
始祖の紅蓮の翼は、やがて血が薄まり紅の翼へと変わり。
影の様に付き従う鳳の家へと多数の分家へと枝分かれしていった。
「ちょっと待ってください。それでは帝家の血の証が必ず出ると云うのは……?」
朱雀の説明では、確かに理屈が合わない。
始祖帝の血が薄まり今の帝家と繋がっていくのは、まだぎりぎり納得しても良いが、分家の存在がそれを全否定してしまう。ましてや、鳳の血族の子には、帝家の血の証は片鱗すらも出ないのだから。
『元々、お前達の云う”始祖”とは、我が腹を痛めて産んだ子のことだ』
今でこそ朱雀は肉の器を持たぬ”精神体”だが、この世界に現界した当時は人の容を取っていた。
そこで人と結ばれ、子を成し。
その子が帝国の”祖”となった。
「では、己らは正しく神の子孫である訳か……」
『その通りだ。だが、如何に他よりも長きを生きるお前達であっても、遙かな昔の話。すでに帝家は血の限界を迎えておる』
だからこそ、前斎王の光流と愛茉は二人がかりでも<朱雀>を碌に扱いきれず、魔王の欠片如きに遅れをとった。
血の証などとご大層なことを云っても今は見る影も無く、実際はほぼ外見のみだけの話に過ぎず、霊力や身体能力はすでに現地人のそれと、ほぼ代わりは無い。
『帝家にこそ”新たな血”が必要なのかも知れぬな……』
始祖の子の中で現存する分家血族は、鳳の一家のみ。
他は、数百年前に中央大陸で起こった乱により悉く死に絶えた後だ。
帝家も、存命であるのは先帝を除くと現帝とその子たちのみで、本来であれば今後皇族を増やしていかねばならぬ状況でもある。
『だが、殊更争いの火種を増やしても為様がなかろうて』
実際、現帝光輝は、新たな宮家を興すことを由としないという勅を発している。
権力を分散しては、またぞろ内乱の火種に成りかねぬからだ。
「では、次代の帝が決まれば、彼奴等は?」
『ま、其奴等の場合、種を奪えばそこで済む話だ。だが、光秀よ。お前と光義は、そもそもの話が違おう』
種を奪えば……
そこで連想される事実は一つだ。
此の場に居た男達は無意識の仕草なのであろうが、全員股間を守る様に手をやってしまっていた。
「何故、帝には定まった后がおらぬのか。その理由が漸く解った気がします……」
「まぁ、其方に関してはまた豪族の思惑やら色々と在ったのじゃが。そのせいで一度は滅びかけたと云うのに、ほんに情けない話よの」
『お前達は、愛する者との間に子を成したい。成さねばならぬのだろう? であれば、今の肉体を捨てねば。その身体からは、何が在っても我の血族しか生まれ出でぬよ』
初期に枝分かれした鳳の様な分家筋と違い、如何に劣化したとは云え帝家直系の血脈からは、その血しか表に現れぬ。だから帝家以外の子が欲しいとのであれば。その肉体を捨てよ。そう朱雀は云うのだ。
「見た目では解らぬやも知れぬが、今の麿は只の人間種よ。残された命も恐らく50と満たぬだろうよ」
「なんとっ?!」
背に翼を持つ種族の平均寿命は、凡そ250~300年の間だと云われている。
先代斎王の光流は400を超えていたという話もあるが、そんなのは本当に例外の例外だろう。
異種族間の婚姻が難しいのは、何も間の子の問題だけではない。
寿命……時間感覚の違いこそが、最も大きい筈だ。
「永く生きていたいのであれば、此方は決してお勧めしませぬよ、光秀兄様?」
「つい先程、己に『死ね』とまで云い放った人の口から、その様な今更な言葉が出て来ても」
それに朱雀の云った”今の肉体を捨てろ”とは、どうやら文字通り死んでしまわねばならぬ話らしい。
死した後に本当に想い人に再会し結ばれることができるのであれば、喜んで死んでやるし、自身の喉をかっ斬るのも、胸を貫くのも。何の躊躇いも無くやれるのだと、光秀は断言できる。
「まあ良いわ。得物を寄越せ。己は今すぐ死んでくれようぞっ!」
「待ってくださいっ」
光秀は女房の持つお盆に載った小刀に手を伸ばすも、虚しく空を掴むのみであった。
「……尾噛よ、何故止める?」
光秀が手にする筈だった小刀を、祈が取り上げてしまったからだ。
「駄目です。死んでは、駄目です。光秀さま、死んじゃ嫌だぁ」
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。
ついでに各種リアクションも一緒に戴けると、今後へより一層の励みとなります。




