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第271話 拉致られて斎宮




 「おう、光秀(みつひで)兄様。ようこそ、此方(こなた)神域(テリトリー)へ」

 「『ようこそ』ではないわ、たわけめがっ! この”斎宮”の地では、拉致した者をそうやって出迎えるのが礼儀なのかや、うん? 愛茉(えま)よ」


 尾噛(おがみ) (いのり)の家人、(ヤン) 美龍(メイロン)によって拉致された新倉敷の都の統治者たる伊武(いぶ) 光秀の身柄は。

 何故か遠き倉敷より海を隔てた向こう側にある”斎宮”の地へと足を着けていた。


 (そういえば、前に尾噛が言うていたな。空間を”跳ぶ”のだと……これが、()()だったのか?)


 <五聖獣>の祝福によって、”半神”と化したのは、何も祈だけではない。

 尾噛の家人であり、祈の家族であり、”同士”でもある楊 美龍も。

 光秀を今まで散々苛めてきた(すすぎ) 琥珀(こはく)も。

 彼らの後ろを冷ややかな眼で見ている(おおとり) (そう)や。

 まるで”我関せず”と云った雰囲気を出し誤魔化す千寿(せんじゅ) (すい)だって。

 そして、腹違いの兄に対し目の前で踏ん反り返ってみせる少女”斎王(さいおう)” 愛茉もそうなのだ。


 まぁ、愛茉に関しては。

 帝国の”裏の頂点”であり、実質帝以上の地位と権威を持つ”斎王”である時点で、何者に対しても頭を下げるなどという行為自体が、そもそもあり得ない。


 彼女達の醸し出す”神気”や、佇まいを肌で感じるだけで「此奴等、只者ではないな……」とは思いつつも、その正体には、光秀も未だ思い当たってはいない様だが。

 当然である。まさか此の様な”馬鹿”を平気に為出来(しでか)す者達が、例え半分であろうと神であるなどは……そこに気付ける者の方が()()()()であろう。


 「ほう。我が兄ながら、頭が高いことよのぅ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。如何に貴方が皇族であり、兄であっても。今は礼儀を弁えられよ」

 「……はっ!? と、とんだご無礼を。猊下に於かれましては、ご機嫌麗しゅう存じまする」


 今の光秀は確かに皇族の一人ではあるが、ただの帝位継承権を持つ皇子の内のひとりでしかない。しかも、後ろから数えた方がよっぽど早いくらいに弱い立場の。

 現”斎王”たる愛茉とは、圧倒的に身分が違い過ぎる。

 当然、帝と同じく軽々しく口答えも出来なければ、先程みたいに眼を合わせる事自体が不敬であり、「気に入らぬ」と、そのまま殺されても文句のひとつも言えぬ立場なのだ。


 (皇族でも()()なんやけん。”斎王”位っちゅうンば、相当っちゃんね。解っとーつもりやったけんど、一介ん貴族ん娘んアタシなんかどげんかなるか……)

 (帝国に於いて、”帝”と”斎王”とは、神にも等しい存在なのだと聞き及んでおりまする。神成らざる我ら”人”では、なんとも)

 (帝国の人っテ、本当に面倒くさいネ。こんな”茶番”、見る価値これっぽっちも無いヨー)

 (祈さまの”従者”として生きる道を選択した(えらんだ)以上は、貴女もその”帝国人”の一人だという自覚を、いい加減持って下さいな。美龍)


 美龍に”帝国に生きる者”としての自覚と知識が無かったからこそ、目の前で縛られたまま愛茉に平服している光秀に対し、過去に狼藉を働いたせいでの”現在(いま)”へと繋がったのは確かだ。

 そのことについて琥珀は指摘をしてみせたが、「つい最近、その皇族のお方にお前は何をやったっけ?」と、皆は心の中で総ツッコミを入れていた。


 「ま。今更此の様な些事に一々目くじらを立てても、詮無きことじゃろて。光秀兄様は、昔から()()じゃったしの。逆に懐かしさすら感じるわいな」


 精霊神の一柱、<朱雀>の巫女たる”斎王”位に就いて、未だ確たる実績の無い愛茉は。

 こうして変わってしまった事に一抹の寂しさを覚えていた。

 だから、なのだろうか。

 光秀の「たわけ」発言には、実は愛茉にはとても嬉しかったのだ。


 「いえ。あの発言の非礼、どうかご容赦戴きたく存ずる。此の()()()()()()でまだ足りぬと仰られては、(オレ)も困るでの」


 愛茉に対し平服したまま、()()()()()()()()()()()()()()()()をしてみせながら、光秀は改めて額を畳に擦りつけた。


 ────後ろ盾になってくれていた”家”は、もう無いのだから。


 帝の不興を買った、らしい伊武家(実家)は、あっさりと”取り潰し(皆殺し)”にされてしまった。

 一応、直系の男子であるため、この状況でも未だ帝位継承権を持たされてはいるが。


 (すぐ下の第五皇子光雄(みつお)と違い、己には才能の欠片も無い以上、家の権力(ちから)を頼れぬ時点で……)


 祈の吹っ掛けた”勝負”のお陰で、少しは自信が持てたかと云えば、やはり否だった様である。

 今の光秀の発言を聞き、此の場に居合わせた祈の従者達全員が思わず天を見上げてしまった程だ。光秀の思考の源は。相変わらず頑固に、実直に。後ろ向きへと前向き過ぎた。


 『自身(オレ)の首一つでどうか赦してくれ。頼むから、他の者へと類を及ぼさないで欲しい』


 そう云い切ってみせたのだ。


 「ほんに、此は重傷じゃのぅ。のう、尾噛や?」

 「お恥ずかしい限りで。どうやら、私めの”調教”が足りなかった様にございまする」


 家人達に拉致されてしまったのだから、その主人も当然近くに居るだろう。

 そう光秀は確信を持っていたが、やはり実際に目の当たりにした時の衝撃は、自身の覚悟を軽く上回ってくる様だ。


 「ぬっ、尾噛よ。やはり貴様の指図かや? てか、”調教”って何じゃいっ?!」

 「今まで此方が幾ら言っても、一向に聴く耳を持とうと為さらなかったのは、貴方様ではないですか。でしたら、もう畜生を相手にするのと、何ら変わりなぞありますまいて?」


 真っ向からこうも見事にバッサリと両断されては、光秀も何も良い返せぬ。

 確かに祈は、今まで光秀を持ち上げる発言を多くしていた。一緒に落とすのも忘れなかったのを一切気にしなければ、だが。

 ”勝負”を持ち掛けてきた時だって、世の男性にとって”美味しすぎる餌”をぶら下げてみせたのは、此方を()()()()()()()()だったのは、光秀だって百も承知だ。

 だからこそ、勢いよく食い付いてやったのだ。

 その結果は、自覚してしまった気持ちを我慢できず吐き出し、盛大に自爆して終わっただけなのだが。


 「光秀さま。実は終わってなぞ、おりませぬ……いえ。()()()()()()()()()()()()()()、と云う方が正しいのでしょうが……」

 「光秀兄様。”帝家の地の呪い”を、お忘れではありませぬかや? この者は、貴族家の当主であり、次代の”尾噛”へと血を繋いでいかねばならぬ立場じゃ。我ら皇族の想いに応えられる訳も無かろう」

 「……あ、ああっ……」


 『……いえ。貴方様と云う御方は、本当に。とことん、”間”と”察し”がお悪ぅございますね、と。”臣”は、今正に呆れ返っておるところでございまする』


 ────”間”と”察し”が悪い。

 あの時もその言葉に納得してしまったのだが、其の言の葉に込められた”想い”は、もっと深く重かったのだと光秀は思い知らされ、殊更打ちのめされた。


 ”間”とは、彼女の兄は婚姻したばかりで、未だ世継ぎが居ないこと。

 そして、もし仮に世継ぎが生まれたとして。”尾噛”直系の血が表に出てくるかどうかの賭けに、先ず尾噛本家が勝たねばならぬ点。

 そして、”察し”が悪いとは。現在の想い人(いのり)の置かれた立場と、自身の血のことを一切考慮に入れず、ひとり突っ走ってしまった点。


 どれもこれも、光秀自身が(しか)り”頃合い(タイミング)”を見計らってさえいれば、簡単に突破(クリア)できた話なのだ。


 もし望の尾噛本家に、”邪竜の血の証”を持った赤子が二人以上居れば。

 もしくは、尾噛の分家に同じく”血の証”を持つ子の中に養子にすぐ出せる充てがあれば。


 (だからこその、()()()()だったのか。己は、どこまで愚かなのだ……)


 「打ち拉がれておるでないわ、たわけめが。そんなつまらぬ事を責め立てる為だけに、此方の貴重な時間を浪費する(ついやす)訳なかろう。要は、”帝家の血の呪い”さえ無くなれば、其の方らの悩みは万事解決すると云うことじゃ。光義(みつよし)兄様、此方へ」

 「光秀よ。麿の顔、忘れた訳ではないよな? ……ま。会うのは30年ぶりくらいだから、其方は覚えておらぬかも知れんがの」


 赤子を抱えた男性と、その側に寄りそう黒髪の女性。

 確かに、光秀の記憶にあるすぐ上の腹違いの兄と顔は瓜二つだ。

 その記憶と決定的に違うのは、帝家の血の証たる燃える様に真っ赤な髪の色が、隣の女性と同様に漆黒へと変わっていたことと。


 「────至尊の紅の翼が、無い?」

 「そうだ。麿は、翼を捨てた。愛するひとりの女性のために、翼を捨て、血を捨て。そして身分も、”祖国”も捨てたのよ」

 「光秀兄様。貴方も捨てる覚悟は持てるかや? 愛する女性、尾噛 祈の為だけに。翼を、血を。そして身分と”祖国”をも?」


 「己の……”覚悟”」



誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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