第270話 フラれ男子光秀さま
「見つけたヨ。無駄な抵抗はオススメしないネ。大人しく縄に付くヨロシ」
「んをっ?! 何だ、このノッポ女め。一体何なのだっ?! 己をどうしようと云うのだっ!」
倉敷の都を統べる”地頭”伊武 光秀は。
自身の秘めたる想いの丈を、意中の女性……尾噛 祈にぶつけて見事玉砕してからというもの。
それからずっと”女難の相”を抱える様になっていた。
まずは、倉敷復興の旗頭であり、象徴でもあった”地頭代”尾噛 祈に盛大にフラれたことが女房どもに大暴露され、「然もありなん」と周囲の失笑を買ったと同時に、「あンにゃろ、抜け駆けしやがって」などと、反感も大いに買った。
その翌々日には、尾噛の家人たる雪 琥珀の個人的襲撃を受け、わりと洒落にならない怪我を負った。
その後、立場上お咎め無しとは流石にできず、一応は彼女の主人の祈に対し厳重注意と共に、幾何かの罰金を科す事にしたのだが。
そのせいで二人の間に”多少”程度で留まっていた気不味さも、かなり重度のものへと変化してしまい、更に個人的な会話がし難くなってしまった。
ただでさえ、『フラれた上司と、フった部下』などと、周囲から奇異の眼で見られる状況なのに。
そこに『被害者と加害者家族』という新たな要らぬ属性まで、付与されてしまったのだ。
”都の長”たる地頭の地位は、野心ある女性にとって、これ以上無いくらい美味しい餌にしか見えなかったのだろう。
何せ、相手は貴族の中でも最上位に在る皇族の一人であり、更に付け加えれば”独身”なのだ。
そして、フラれたばかりの傷心ボーイとくれば、簡単に手玉に取れると思われても仕方が無い。
総じてそんな”野心ある女性”と云う奴は。
のし上がる為には、自身の肉体を武器にすることに何ら躊躇は無い。
現在、倉敷に駐留する帝国兵の多くは、兵役を課せられた次男以降の年頃の男子たちだ。
当然、嫁のなり手どころか、恋人すらも儘成らぬ者達では、そんな魔性の女どもにとって掌の上で転がすなぞ造作も無い。
地頭の御所や執務室は、倉敷の中でも特に警備が厳重であるとはいえ、その担い手が異性に対し”笊”も同然では……
その後の光秀の生活は、そんな女性どものハニトラに警戒しつつ、職務に忙殺される気の抜けない日々を過ごす羽目となってしまったのだ。
執務室に居ては、野心ある女どもに事務仕事を悉く邪魔されてしまう。
私室に籠もっていても以下同文。
であれば、信用在る僅かな私兵を伴って、人知れず逃げるに限る。
その矢先、同じく尾噛の家人のひとりである”ノッポ女”楊 美龍の手による拉致ときた。
「────どこまで己に祟ると云うのだ、尾噛はっ?」
フラれてしまったのは、もう仕方が無い。
そもそも出逢いからして酷いものであったのだし、此方の第一印象は、少なく見積もっても”最悪”だったのは、今更疑いようも無いだろう。
むしろ此処まで、会話の度に此方に対し屈託の無い愛らしき笑顔を見せてくれていたことに、深く感謝せねばなるまい。
そう思っていたが本人は兎も角、その家人どもが揃いも揃ってこうでは、その心の中に一際煌めいていた感謝の光も、あっさりドブに投げ捨てたくなってくる。
特にあの鳳の娘の、言葉が汚い方の、蔑みすらも籠もった冷たい視線は、実に耐え難い。
文句のひとつも出ようと云うものだ。
「ふう。亀甲縛りと云う奴は、本当に優れた捕縛法にございますね。しかも、熟練の縄士によるこの負荷の調和の取れた一部の隙も無く、それでいて縛者に過度な痛みを与えない様、考え抜かれた深い配慮の数々……ああっ。うちは今、猛烈に感動しておりまするっ! 美龍さま。貴女の弟子にしてくださいませっ!!」
「……なんだか。翠が、”遠い世界の住人”になってしまった気がします。私、密かに彼女の事を妹の様に想っていたのですが……」
「こげんとが姉やと、翠も思いとうなかんやなかかな……なんてツッコミは、してはいけんとばってんが?」
そもそも、光秀が隠居紛いの逃亡生活を余儀なくされてしまった直接原因を作った張本人こそが琥珀なのだ。
憐れフラれ傷心ボーイの噂をバラ蒔き、それだけでは飽き足らず、更には直接暴力にも訴えたりとやりたい放題で主人にも金銭的に多大な大迷惑をしでかした奴が、今更良識人ぶったところで、何も心に響く訳も無い。
逆に自分こそが、「この中で一番の常識人なのではないか?」 という錯覚に襲われているくらいなのだから。
「さて。光秀サマ? 貴方は今から、尾噛家の”捕虜”ネ。生命が惜しくバ、大人しく美美たちの云う事、ちゃんと聞くヨロシ」
「何ぃ。この己を捕虜にする、だと? 望み通りの資金は出してやるから、今すぐ解放を要求するっ! 己は貴様らの”遊び”に付き合っていられるほど暇ではないわっ!」
ただでさえ女難に怯え、日々の事務処理に支障が出始めていると云うのに。
こんな訳の分からぬ”お遊び”なんぞ、一々付き合っていられるか。
ましてや、『フラれ男子』なるレッテル(事実だが)の出所くらい、光秀も当に把握済みだ。
そこに来て、この様な酷い仕打ちまで受けては。
吐き出す怨み節なら、ごまんとある。それくらい、光秀の方も追い詰められていたのだ。
「それヨっ!」
「どれだっ?」
「……埒があかんけん、しゃっしゃと話ば進めんしゃい」
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