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第27話 良い思い出になって欲しい




 (まさか、本当に付いて来るなんて……あそこまで強く願っていたとは、全然気付かなかったなぁ……)



 馬上で望は後ろを振り返る。列の後方には、祈を乗せた籠があった。


 本国の招聘に応じる(そういう名目にしてある)為、一行は全員騎馬での移動の予定であったのだが……


 同行する事を強く強請った祈の為に、急遽用意した籠と、その身の回りの世話をする女房衆が徒歩のため、予定より3、4日は余分にかかるだろうと、渋い顔の家宰に言われてしまった。


 祈は自身も騎乗しての移動を願ったが、一応は領主の姫なのだから、体裁上そんな事を許す訳にもいかない。


 人成らざるモノと心を通わせる異能を持つ祈にとって、馬と意思疎通する事なぞ朝飯前以前のものであり、守護霊達に騎乗の訓練を受けていたのもあって、乗馬術には万全の自信があっただけに、籠での移動を強要されるのは我慢のならない様子であった。


 更に、今まで離れで一人の生活であったのだが、体裁というのはどこまでも厄介なもので、外でも見られる以上、当然身の回りの世話をする女房衆を付けなくてはならない。全部一人でできるのだからと、これにも祈は難色を示した。


 我が儘を言った結果が、無駄に同行者を増やし、更なる負担を家に強いる事になってしまったのだ。



 「これら全てを呑めないのであれば、絶対に祈を連れて行けないよ」



 当主にこう言われてしまった以上、祈は渋々従う他なかった。



 「まぁ、逆を言えば、そうまでしてでも、家の外に出てみたかったって事なんだろうなぁ…」


 籠の中の鳥。


 この時代、地方領主の娘の扱いなど、どこも似た様なものである。


 たまに奔放な姫の話を聞く事はあったが、そんなのは領主の性格がおおらかで領内の治安が良く、民達の支持があってこその話なのだ。


 一応は帝国領内であるとはいえ、隣領との細かい諍いが続く尾噛領内では、領主の娘が外を自由に出歩く……なんて、できる訳も無い。


 さらに言えば、先代の垰は自身の娘を居ない者として不当な扱いを強いていたし、布勢は公然と祈を排除しようとしてみせたのだ。当然、女房など付くはずもないのだから、外に出る事なぞ叶う訳も無かった。



 ずっと一人の妹が不憫で仕方ないから……確か、最初の切っ掛けはそんな理由だったと思う。


 尾噛の正室でもある母親の祀梨が亡くなり、一人残された娘だけが、特定の女房も付けず離れで暮らしている…


 さびしくないのかな?


 ボクならないちゃうかも……


 そうだ。そんな理由だった。


 まさか母から死んだと聞かされていた祀梨が健在で、屈託無く笑う妹と邂逅する事になるとは、その当時の望は全然思っていなかったのだが。



 書簡の内容は、尾噛の家にとって不穏なものであったが、父である垰が敵である蛮族と内通していたなんて、あの父の性格上、それは絶対にあり得ない。


 父にかかった不名誉な嫌疑を完全に晴らし、新たな尾噛として、帝への忠誠を誓う。それが、望の今回の旅の目的である。


 そこに、望はもう一つ加えたいと願ってしまった。


 「せめて、この旅が、祈にとって得難いものになってくれればな……」


 祈にとって、この旅が、良い思い出になって欲しい……と。




 「う゛う゛う゛、お゛し゛り゛い゛た゛い゛」


 予定していた宿に到着し、籠から降りた祈の第一声がこれであった。


 あまりの腰の痛みに、どうやっても背筋が真っ直ぐに伸びず、早々に諦め屈んだ姿勢のまま宿の玄関を歩く姿は、まるで老婆の様であった。


 『姫様、さすがにそれはどうなんですか?』


 と言いたげな女房達の白目が、背中に幾重にも突き刺さる。だがその姫様は、未経験の痛みにそれどころではなかった。


 (あーあ。だから家で大人しくしてりゃ良かったのになぁ)


 (あれだけ揺れる籠の中で、酔わなかっただけでも立派だと思うわよ。あたし無理。絶対に吐くわ)


 (これは、祈殿の座る姿勢が悪かっただけにござる。後で拙者が御指南いたす)


 「祈、大丈夫かい? でも、その姿は……くくっ、ごめん。っくふっ……ぶふっ」


 妹の無残な姿を見て、気遣いするつもりだったのに、望はついつい笑ってしまった。鋭く睨み付ける妹の顔を見て、望は必死に堪えようと努めた。


 (……でも笑いを堪えようとすると、吹いてしまうのは何故なんだろう?)


 その日の晩、兄は妹に一度も口をきいて貰えなかったのは、言うまでも無かった。




 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 何事も無く、尾噛の家から全行程を6日。


 帝のおわす太陽宮が見下ろす、天の都の正門に、一行は日が傾きかけた頃に到着した。


 都を囲う漆喰の壁は高く、自然の川を上手く取り入れた堀は、街中を縦横無尽に巡る運河の機能を有していた。天の宮は、次第に人が集まるにまかせ、なすがままに大きくなった街ではない、最初から完全に計画し、設計された城塞都市であった。


 今から宮に赴くにはすでに遅い時刻なので、明日の朝に出仕する旨を使者に託し、望は宿をとることにした。垰の宿舎に入るには、人数が多すぎるので仕方がなかった。



 用意された部屋でのんびり寛いでいた祈が、当主に請われていると女房から伝えられたのは、夕飯を済ませてすぐの事であった。



 「やあ。君が垰クンの娘さんだね。美しい姫とは聞いていたけど、想像以上だよ」


 伏したまま襖を開け、顔を上げた先に祈が見たのは、真っ白な大きな翼を背にした人間だった。


 翼を持った男は、鳳と名乗った。


 祈の記憶が間違っていなければ、帝国の四天王の一人で、帝国の政一切を司る天翼人の鳳翔その人であるはずだ。


 「鳳様、お初にお目にかかります。尾噛が長女、祈にござりまする」


 祈は慌てて伏せ、翼の男にもう一度頭を垂れる。


 いきなりの雲上人との邂逅である。背中に冷たい汗が流れるのを、祈は知覚していた。


 (びっくりー! お偉い様と面会なんて、聞いてないしー! もーっ!)


 「ああ、そんなに畏まらなくていいよ。ボクはね、親友の子達を訊ねてきただけなんだ。今のボクは公人ではない、私用だから。ネ?」


 「祈、こっちへおいで。父上も鳳様は数少ない友人だって言ってたんだよ」


(う、うーん。でも私場違いじゃないかなー? 全然父様の事知らないから、そんな話されても困るだけなんだけど……)


 屈託の無い兄の手招きに、何となく自分でも良く解らない後ろめたさを感じながらも、祈は素直に従うしかなった。



 「垰クン……君たちのお父さんの事は、本当にすまなかった。一応今日の用向けは私用って事なんだけど、帝国を代表して謝辞を述べたい」


 まず翔は二人に頭を下げた。


 私用である。そう前置きしていた彼だが、まず公的な道理を通した。


 公的といえば、そもそも垰の援軍としての出陣は、帝国の立案した作戦通りであり、例えそれによって戦死した所で、それは軍人の仕事の範疇なのある。そこに翔が謝る義理は無い筈だ。


 その事を、躊躇いがちに望は問うてみた。


 「いや、ここは黙って受け入れてくれると非常に助かる。お恥ずかしながら、帝国も一枚岩では無いからねぇ」


 (こいつぁ、絶対に何か隠してやがるな……気を許さない方が良いぞ)


 (何かキナ臭い気配がしますな。拙者も俊明殿の意見に賛成にござる)


 (こういう話し方をする人間って、本当にロクな奴がいないのよね。腹黒くてさぁ……あ。あたしの経験則よ)


 (てゆか、マグにゃんのそれは、ただの私怨でしかない気がするんだけどー?)


 「まぁ今のも、ここから話す事も、ボクの帝国での愚痴って事で。内々で聞き流してくれると嬉しい。まず、今回の書簡なんだけどね、アレは無かった事にして欲しいんだ」


 「はい?」



 翔は愚痴の内容を熟々(つらつら)と話し出した。


 書簡は偽造されたもので、その内容には帝国は何ら関わりの無い物である。


 偽造した犯人は捕らえたが、元は帝国の重鎮であるが為に、公に処刑はできないし、追放という手段もとれない。醜聞になるからネ。


 帝へのお目通りは予定通り行いたいけど、その前にこの元重鎮を何とかしないといけないから、出来ればちょっと時間が欲しい。



 「でね、モノは相談なんだけど。その元重鎮を、君達の手で処分して貰えないかな?」



 「「はいぃぃ?」」



 天翼人というのは、私用で友人の子に、こうも物騒な頼み事をしてくるものなのか。


 尾噛兄妹は驚きと戸惑いの声をあげた。




誤字脱字あったらごめんなさい。

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