第266話 先走る者たちの会話
「ただまーっ☆」
「戻ったわ」
予定されていた全ての”視察”を終え、母と娘は都の一角に建てられた地頭代の邸宅に戻ってくると。
「おかえりなさいまし。ええ……あまりに遅いおかえりでございましたね。一体何処の色茶屋で殿方と道草をハムハムしながらシケ込んでいらっしゃったのでしょうか、祈しゃま……?」
今にも手にした包丁で刺してきそうな危なげな雰囲気を纏った、雪 琥珀が、主の出迎えをする為に玄関にて待機していた。
ちなみに”色茶屋”とは、地球において江戸時代初頭頃に登場した連れ込み宿の変形で、所謂ラブホのことを指す。
「……ちょっと待ちなさい。てゆか、琥珀。今まで貴女も一緒にいたでしょうが、護衛として」
「いや、確かにこの都。道端に食べられる野草を植える様に奨励はしておりますが。流石に洗わずに其れら口にするなぞ、衛生的観念からも、正直推奨致しかねまする」
「……ツッコむところ、其処ね? おかしかて思わんあんたん頭ん中身ば、ちょっとだけ覗いてみたかばい」
新倉敷の都では飢饉に対する備えとして、政策から食糧の備蓄と共に、何時でも採取可能な糧食の生産を民に奨励している。
『主食の確保に関しては此方で面倒を見てやる。だから漬け菜とか食卓により多くの副菜を求めるのであれば、お前らも頑張れ』
……ということらしい。
一度民を飢えさせてしまった後ろめたさもあってか、この地を治めし地頭たる光秀は、食糧と医薬品の備蓄には特に熱心に厚い政策を行っているが、”都”と称されるレベルにまで街の規模が大きくなってくると、細かいケアができない事例が多く出て来てしまうものだ。
官民問わず広く陳情を募ってはいるが、そもそも役所とは、兎角決定までの動きが鈍くなってしまうのはどうしても否めない。
その為、恥を忍んでの苦肉の施策、なのである。
「かあさま。”いろぢゃや”ってなーに?」
「”お茶屋さん”って云うくらいだから、お茶を飲むところだと思うよ-? ……はぁ、琥珀。貴女が一体何を考えてそんな戯言を口にしたのか、正直知りたくないけれど。静の前では本当にやめて」
「うぅ~、うぅ~っ!」
どう為様も無い衝動を堪える事ができないのか、琥珀は三和土の上で地団駄を踏む。
確かに祈の指摘の通り、まだ子供である静の前で口にして良い台詞ではない。それが解っていながらつい出てしまった事への情けなさと、どうしても抑えられぬ嫉妬心が綯い交ぜになり、自身の心の内を巧く整理できていないのだろう。
(旦那ん浮気にキレる嫁しゃんの修羅場って、きっとこげな感じなんやろうな……)
嫉妬深い女性と結婚する男性は、要らぬ苦労を背負い込むと聞くが、まさかその好例が目の前に在ったとは。
蒼は、自身の双子の姉空が、念願の男性を遂に射止めることができた事を大いに喜んだものだが、この様な光景を目の当たりにしてしまうと、果たしてその結婚生活がこの先上手く行くのかと一抹の不安を覚えた。
「……ああ。”放置プレイ”とは、この様な状況のことを指すのでしょうね。背筋を突き抜けていく奇妙な”感覚”。ひとつ勉強になりました……」
「翠。そんなの学んでは絶対ダメ美美思うネ。何時か主さまに捨てられちゃうヨー?」
────特殊性癖お断りネ。
(一時期、祈からその特殊性癖認定ばしゃれとった美龍が云えた立場やなかっちゃけんど……)
此の場でそれを指摘したとて、何の意味も無い。
そのことをよく弁えている蒼は、ただ深く溜息を吐いただけだった。
◇ ◆ ◇
「────ま、美龍ん云う通りになった訳や。男ん方が自覚してしもうた。しゃて、これからどげんなるて思う?」
「殺してしまいしょう。ええ、髪の毛一筋も此の世に残すことなく、徹底的に。ふふふ……」
「琥珀さま。其れは最終手段だと、以前仰られてはおりませなんだか?」
草木も眠る丑三つ時。
今夜は後ろの守護霊さま達ではなく、祈の供と友を自称する人たちが角を突き合わせ密談をしておりました。
「其れを成さねばならぬのが”今”なのですよ、翠。奴は、祈さまへの”慕情”をとうとう自覚してしまいました。私たちは、今こそ我が主を守護らねば成りませんっ!」
「阿呆。やけんって殺すとか、もう訳判らんとばい。琥珀、アンタ何ば考えとーったい」
「琥珀はそう言うけれド、主さまも結構イイ歳ね。と云うか、この機会を逃したラ充分『行き遅れ』ヨー」
美龍の指摘する通り、此の国の貴族の娘の”適齢期”は、大凡数え12~16の辺りと為れている。
だが、祈は”尾噛”と云う武家の当主であり、その意味からこの”常識”が通用しないのもまた確かだ。
「いいえ。其も此も主上は、尾噛のご当主。貴族家の当主とは、血を残すと云う最大の義務がまずお有りの筈。であれば、主上に最も相応しくない存在こそが、あの御方でありましょう」
「「……あっ」」
「? どういうことヨ、翠? 美美にも解る様に言って欲しいネ」
「ええ、つまりは……」
帝家の血の証こそ、背に在る燃える様な緋色の翼であり、豪奢な尾羽だ。
そして帝家の血とは、どの種族と交わったとしても、間の子からは必ず表に出て来る。
つまりは、”邪竜の血”を後世に残さねばならぬ祈にとって、帝家直系の血を引く光秀は、選択肢に挙がらないどころか、絶対に挙げてはならない人物の筆頭なのだ。
「兄ん望しゃまとおんなじ問題ば抱えてしもうとー訳や。そりゃ、今まで祈が態度に出しゃんのも頷くるか……」
「帝家側の思惑だけで云えば、邪竜の血を帝家に組み込む目的でアリなのでしょうが」
だが、それは祈の尾噛家が彼女一代のみで終わる事を意味する。
以前、祈が考えていた『望の子や分家筋からの養子縁組』で一応表面上は解決する話なのだろうが、祈の中で燻る”『証の太刀』は、どう判断を下すのか?”という一番の難問が横たわってくるだろう。
「つまりは、そういう訳にございまする」
「邪竜ん血ば色濃ゆう持つ祈自身ですら、あん太刀にゃ未だ認められとらんっちゃけん、より薄か血しか持たん子孫に納得するとは思えんな」
「それなら、静はどーなるネ? あの子、主さまと同じヨー?」
「ああ、確かに。美龍の云う通りですよね。祈さまだけが持つはずの身体的特徴、静様も全て揃っておりますし」
『────娘の娘は、即ちそれは自身の娘だ!』
そんな謎理論を振りかざし、只の平凡な人間種の子であった静の肉体を、邪竜は徹底的に初代駆流と同様”真竜人”への改造を済ませてしまっている。
彼女の肉体は、竜のそれと同じ強靱さを持ち、更には未だ発現してはいないが、尾噛の血特有の”異能”すらをも備えていることだろう。
今後静が尾噛を継ぎ、血を残していけば何の問題も無いはずなのだ。
「此方に関して云ってしまえば、主に制度上での問題ですね。静様は、養女でございます。『次代尾噛の邪竜の血の継承』こそ主な命題であります故、静様は帝国の定めた制度上、尾噛家の当主にはなれましょうが、その子らが尾噛直系と認められることは決して無いでしょう」
帝国の戸籍上、静は尾噛の家とは何ら関係の無い別の家から入ってきた”養女”だ。
であれば、如何にその身に濃い邪竜の血が流れていようとも、それを証明する手立てが無い以上、彼女が産む子達は尾噛の直系と扱われないことが、すでに確定しているのだ。
「もうひとつの尾噛から婿を取れるのであれば、そもそも解決する話でございますが……」
「それができるなら、最初からやってるって話ヨー」
「面倒臭いねぇ」
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