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第262話 才の在処



 「……よし。これで何とか目処は立ったかな?」


 書類の山が重なり、連なり。

 其処彼処(そこかしこ)が白い紙で視界を覆い尽くされて。

 何時しか周囲全て白き”連峰”となっていた執務室の壁や床が、皆の努力(人海戦術)によって漸く見え始めてきた頃。


 「しかし、この規模の広大な領土(くに)を管理するにしては、何とも杜撰な……今まで然したる問題も起こらず此処まで保っていられたことの方が、むしろ不思議なくらいです」


 何時の間にやら”帝国魔導局”の事務方筆頭職(トップ)の役に収まっていた千寿(せんじゅ) (すい)が溜息交じりにそう溢す。


 報告書に記すまでもない……と云うか、記すまでの間に解決できる様な些細な問題は、それこそ数えきれぬ程に発生していたのだが、そもそも当事者ですらなく、また万物を見通す”神の視点”なぞを持たぬ”只人”たる身では、其処までの気が回る訳も無く。


 「組織運営の上で、先ずは抜本的な”改革”こそが必要でしょう……」


 渋面のまま、そう締め括った。


 「本当にありがとうございます。私も祈さまも、この手の”仕事”は苦手でしたから」

 「うん、否定できない。翠、ありがとね」


 結局”脳筋”の最たるふたりには、凡そ事務仕事と云うコツコツと積み重ねていく地味なモノには、精神的に向いていない様で。

 そんな苦手意識が先行するせいか、ふたりとも最初から及び腰になっているのだから、為様の無い話でしかないのだが。


 「……はぁ、おふたりとも。うちへの感謝の言葉などよりも、()()()()()()()()()()、一言ご相談戴きたかったです。正直なところ」


 それこそ”地頭”の要請(泣き)が入った時点で呼んで戴ければ、一日、二日の内に全て片付いていただろう。

 翠はそう指摘した。


 手持ち無沙汰のままだった官僚たちだって、その手の専門教育をしっかり受けてきた精鋭(エリート)であり、専門家(スペシャリスト)でもある以上、決して無能集団などではない。

 彼らは”官僚”と云う、徹底した縦割り社会に生きる者達なのだから、上役からの指示が無ければ、勝手に動くことも儘成らぬのは仕方の無い話であり、むしろ手前勝手に動き回る者など、凡そ”役人”として致命的とも云えるだろう。

 そんな優秀な”役人”を活かすも殺すも、結局は適切な仕事の割り振りができる上役の存在が在ってこその話なのだから。


 そういう意味では、全部の仕事を勝手にひとりで抱えたまま盛大に自爆した”地頭”、伊武(いぶ) 光秀(みつひで)なぞは、上役として「落第だ」と云わざるを得ない。と、彼女は無情にも締め括る。


 無駄に仕事を増やした挙げ句、剰え引き継ぎすらも行わずに問題を放置した形になったのだから、この翠の”評価”は、きっと妥当なのだろう。(いのり)琥珀(こはく)も、ただ頷くことしかできなかった。


 「……ですが。彼の”能力”を評価できる点も、実は多々あるのです。この食糧の供給計画書や、来期の作付け計画書などをご覧下さい。資料も決して当てずっぽうなものはなく、確かな数字で示されておりますし、結論までの筋道も、とても良く練られております。これがたった一人の手で立案されたものでしたら、あのお方は、全体を指揮する軍の”将”にではなく、資料作成、企画・立案を主とする”参謀”役にこそ、才が在るのやも知れませぬ」

 「へぇ。そうなんだ?」


 『自身の能力(ちから)をいまいち信じ切れず、その為妙に世の中を(ひが)んだ眼で見ている青年』


 祈の中の光秀に対する”印象”は、これだ。

 人間、第一印象こそ大事なのだと云う、正に好例であろう。


 実際、祈に出逢う前の光秀は、その通りの青年で間違いなかったのだから、本人もきっと何も言い返せないに違い無い。

 だが、あの時、彼は人生において初めて自身の全力を振り絞る楽しさを知り、同時に己の限界を知った。


 それからの光秀は、自身を高める努力を惜しまなくなっていったのだ。

 ……そのやり方は非効率かつ無駄だらけで、殆ど結果も残せず、まだ意味を成してはいないのだが。


 「……主上。そこで提案なのですが、”模擬戦”などは如何でしょう? あのお方ご自身のお力で、隠れた”才”の在処(ありか)を自覚することができれば、それが自信へと繋がりましょうし、牽いては人を使う術や、心構えもまた同時に効率良く学べましょう」


 そもそもの話。

 今回ここまで事態が拗れてしまった原因は、()()使()()()()()()()()()()()()()()()”地頭”光秀の心構えに在る。


 人を使う為の”才”こそを持つ人間が、人を巧く使えぬのでは、全然お話にもならぬのだ。


 模擬戦の提案をした理由について、翠はふたりにこう説明した。

 別に忖度して態と負ける必要は無い。光秀が自身の内に眠る”才”を知る切っ掛けになりさえすれば良いのだ、と。


 「うん、それは面白そうだ」

 「……ですが、翠。今回、あのお方が()()()()()此処まで綺麗に書類を片付けてしまった後に、その様な”戯れ言”を申し出ても、果たして頷いて下さいますでしょうか?」


 Q(琥珀):────というか。彼、絶対拗ねちゃいませんか?

 A(翠) :ええ、恐らく拗ねるでしょうね。「(オレ)、最初から要らなかったじゃないかっ!」……くらいは、普通に言いかねないかと。


 「「……それって、ダメじゃんっ!」」

 「はい。ダメかも、です」


 

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