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第260話 歪んで曲がって



 「……よし、今日の訓練はここまで」

 「「「「ありがとうございましたっ!」」」」


 帝国魔導局に所属する魔導士の数は、現在100名を大きく越えている。

 この数は、中央大陸のほぼ全域を支配していた帝国全盛期の頃に比べると、まだ2割に満たない程度の数でしかないのだが。

 しかし、魔導士とは、一騎当千たる”英雄”のひとつの形でもある。

 その様な”英雄”の部隊が一地方に存在している。その”脅威”は、他国にとって恐怖の象徴ともなろう。


 その中に在って。

 帝国の最東端でもある”都”の新倉敷には。

 その卵も含め、優に70名を越える”英雄たち”が集っている。


 そして、その英雄たちの頂点に立つのが、数えで16にも満たぬ女性(にょしょう)だと云うのだから。この話を聞いた者たちは、皆一様に「与太話はよしてくれ」と、笑い飛ばすのだ。


 しかし、”現実”と云う奴は。

 時にその様な笑えない冗談すらをも軽く凌駕してくるもの、らしい。


 そんな”冗談を越えた存在”たる当の本人である尾噛(おがみ) (いのり)という女性は。


 『我が麗しの上官殿』


 と書いて。

 ”無い胸ぺったん”

 ”10年後にお会いしたい女性”

 ”白髪のちびっ娘”

 ”ちんちくりん幼女”

 ”見た目詐欺”

 ……などと読む、そうなのだが。


 「うん、どうしたのさ。そんなに深刻そうな顔をして?」

 「……いえ、当方も何故だか理由は解らないのですが。ただ、我らにに何処か至らぬ所があるとお感じでございましたら、何卒……」


 ”だって、何だか気分悪いんだよ。そんな顔して急にいきなり訓練に顔を出されてもさぁ”


 ……などと、素直に口に出せる訳もなく。

 部隊を預かる主幹も、困惑を顔に張り付けた状態で、どこか遠慮勝ちな声を出すことしかできなかったのだ。


 (……ダメだ。これじゃ、まるで態の良い()()()()()()を探して歩いている様なモンじゃないか、私)


 そこで改めて、自身がどの様な心持ちで彼らの早朝訓練を視察していたのかに漸く思い至った所で、祈は慌てて彼らに何の咎は無いのだと必死に否定した。


 「……あのぉ、祈さま? 今日はもう静さまとおふたりでのんびり過ごされてはいかがでしょうか?」

 「うん、そだね……」


 『────これ以上他人様に迷惑をかけるんじゃありません』


 何故か従者たる(すすぎ) 琥珀(こはく)のこの言葉が、こう変換されて祈の耳に届いていた時点で、ひとりで勝手に追い込まれている様になっていることに、どうやら本人だけが気付いていないらしい。

 琥珀は盛大に溜息を吐いた。


 (やっぱり、あのバカおうじの方から頭を下げさせないと。祈しゃま、今後もずっとダメダメなままな気がします……)


 主の不調の理由については全然解らないけれど、その”原因”となった奴が一方的に悪いのだけは、琥珀も良く理解している。


 ……で、あるならば。

 その先の解決策は、恐らくこれ一択であろう、程度には。


 なの、だけれど。


 「……なのに。無性に腹が立ってくるのは、何故なのでしょう、ね?」


 胃の上辺りが妙にムカムカ、イライラしてくる不快感に、地の精霊神”白虎”の眷属としてその特色(いろ)の多くを併せ持つ虎の獣人は。


 「彼女でも誘って、お昼ご飯でも食べに行きますか……」


 気分転換序でに。つい最近新たに仲間に加わった”同僚”と、外食へと出掛ける算段を立て始めた。



 ◇ ◆ ◇



 「琥珀さま。貴女は、”自殺願望”がおありなのでしょうか?」

 「……は? 一体どういうことです??」


 馴染みと呼ぶには、まだまだ早い定食屋のその一角で。

 ”同僚”、千寿(せんじゅ) (すい)の突然の言葉を前に、琥珀は首を捻ることしかできなかった。


 「いえ。貴女もご存じでは? 『人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて死んでまえ』……と云う、()()()()にございまする」

 「はああぁぁぁ?」


 彼女たちの主君たる、”尾噛 祈”という女性は。

 凡そ色恋沙汰とかの、男女間の”心の機微”なぞ、欠片も持ち合わせていない人間……のはずだ。

 ……と云うより琥珀の中で、頼むから()()()()()()()()という願望の方が多分に含まれているだけの話でしかないのだが。


 「主上は。その辺り、多分我らの中でも一番”正常(まとも)”でございますよ。まぁ、誰が一番”異常(おかしい)”かの議論に付きましては、この際脇に置いておきますが」


 ただ、食事量だけに言及すれば。

 このふたりは、他の三人に比べ明らかに異常(アブノーマル)だ。


 特に琥珀は”燃費”の面だけで云えば、最悪のレベルであり、当然費用対効果(コストパフォーマンス)は頗る悪い。

 対して翠は、特に食べなくても指して活動に影響は無いが、いざ食べるとなったらそれこそ何処までも際限が無い。

 何処かで誰かが止めない限りは、何時までも咀嚼を続け、そして嚥下も続けるのだ。


 そんな”異常”なふたりが、揃って同じ定食屋にでも入ってしまったら。


 「姉さん方。すまねぇが、炊いた米が尽きちまった。ここいらで……」

 「まだ(おかず)はあるのに、もうお米が無い。それは余りにも酷い。それこそ拷問と云う奴ですよぅ……」

 「琥珀さま、その様に嘆かないで下さい。うちの分のお櫃の中身を、少し分けて差し上げますので……本当に、少しだけ」


 (てか、あんた。お一人様辺り飯櫃2つってよぉ、どう考えても……)

 (しっ、黙ってろ。取って食われちまうぞ、お前ぇ)


 亭主の売り切れの言葉に、まるでこの世の終わりの如く絶望の表情を浮かべる、何処か貴族の風体をした娘と。

 それと同じ位の上等な生地で拵えた着物の女性の組み合わせは。

 定食屋の中に在って、日々の忙しき肉体労働の、その活力を求めやってくる野郎どもの視線と興味を兎角集め過ぎた。


 そして、そんな彼女達の”異常性”が、より多くの野郎どもの視線を釘付けにしてしまったのだ。


 「……確かこの店の奴ってさ、一升(7~9人前くらい)は入るはずだよな?」

 「てか、お櫃ってよりもうありゃ、()()()だろ……」


 日々の肉体労働で、特に腹を減らしやってくる野郎どもの胃袋を満足させてやるには。

 普通のお櫃なんかじゃ、全然足りない。

 当然、客のそんな無茶な要望に応えるが為、街の職人に特注で作らせた現代で云う”寿司桶”となんら変わらぬ大きさを持った特大の木桶に盛られやってくる最高の水加減と火加減によって炊かれた”艶ピカ”の銀シャリたちは。

 常に腹ぺこたる琥珀と翠にとって、正に夢の店だったのだ。


 「……琥珀さま。どうやら我ら、()()()()()()()()()みたいです」

 「そうみたいですねぇ……」


 無駄に衆目を集めたことで、自分たちが今何を話し合っていたのか、と云うことを。

 彼女達は、知らぬ間に見失っていた。



誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。

ついでに各種リアクションも一緒に戴けると、今後へより一層の励みとなります。

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