第26話 君への沙汰が決まったよ
「……なんで私のは、何をやっても出てこないのーっ?!」
ちょっと目を離した隙に色々と話が進んでいた事が悔しいのか、祈も兄の成功経験談を聞いてすぐに実践してみたのだが、とうとう音を上げてこの言葉である。
望は太刀を喚び出す事に成功した。
そして、また自身の身体に収められる事を確認し、夜半過ぎには、ついに自在に召喚できる様になっていた。
祈はそれを見て、あまりの悔しさに歯噛みする事になる。
新たに加わったと思った尻尾仲間が、自分を置いてさっさと次の次元に行ってしまったのだ。
半分ムキになって地団駄を踏む妹に後ろ髪を惹かれる思いのまま、望は母屋へ帰っていった。
「なんでだろうなー? 考えられる点としては、望の方のは、最初から刀に主として認められていたって所かな」
太刀にとって望は、この世に誕生するその瞬間までずっと見守っていてくれていた存在であり、血肉を分け与えられた、言うなれば親と言っても過言ではない存在である。そういう意味では、逆に太刀の方から主になって欲しいと望まれても、おかしくないのかも知れない。
「じゃあ、私はダメなの? 認められていないの??」
「そこがなぁ……俺の推論でいいか?」
かなり寂しくなった額をいつも通りピシャピシャと掌で叩きながら、俊明は自身の推論でしかないが、と何度も念を押してから問うた。
祈と他の守護霊二人、何度も頷いて返す。
「多分だけどさ、あの時は武蔵さんが太刀を抜いただろ? で、あの太刀は、尾噛の血を受け継ぐ者に反応するんだという。でも肝心の抜いた人間は、中身が本人じゃなかった訳だ。だから、祈は半分だけって事なんじゃないかな?」
「何それハンパ過ぎない? だったら最初から反応するなよって、あたしなら思うけど」
「全くにござる。それなら、未だ祈殿の身体に居座る意味が判らん」
「お前さんが言うなよ……まぁでも、武蔵さん程のトンデモ技量を持っていれば、大概の意思を持つ武器なら、自ら頭下げて俺を使ってくれって言うだろうしなぁ……」
使用者を自らが選ぶという意思を持つ武器は、世界中に数々存在している。
それらが主と認める基準は、相性だけではなく、使用者の技量や、特定の潜在能力、魔力の埋蔵量だったり色々と条件がある訳だが、証の太刀は『特定の血族』だけでなく『使用者の技量』等、要求してくる条件が面倒臭く、そしてえらくプライドが高い武器らしかった。
その無駄に高いプライドが認めた技量の持ち主が、実は人違いでした……では、確かに恥ずかし過ぎな上に、話が違う、騙されたと拗ねて出てこれる訳も無いのだろう。
「何その理由……てゆか、比較対象がさっしーじゃ、私なんか、絶対勝ち目無いじゃないか……」
少なく見積もっても、蟻とドラゴンほどの戦力差はあるだろう、武蔵と自身との技量差に絶望しかない。祈はボヤいてみせる以外、残された手はなかった。
「まぁ、祈を主と認める気が全く無かったら、ここまでお前さんの肉体改造なんかせずに、さっさと身体から出て行ってるだろうしなぁ……ちょっと頑張ってみるんだな。ひょっとしたら、応えてくれるかも。だ」
涙目で膨れる祈の頭を角ごと撫でながら、俊明は宥める。
(その気になれば、剣聖の指導をいつでも受けられる…考えてみたら、とんでもないお姫様だよ。お前は……)
これで祈に剣の才能が全く無かったとしても、恐らくはそれなりの剣士になれてしまうだろう。
それでも太刀に認められなかったのならば仕方がない。新たな”証の太刀”は、尾噛の家にすでに在るのだから、気にすることは全く無いのだ。
「わかった。頑張る」
自身の尾に向けて「絶対に後悔させてやるから、見てろよー」と挑発してみせる祈の姿に、守護霊達はほっこりしてしまうのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、豪クン。君への沙汰が決まったよ」
牛頭豪は自身の屋敷の一室に、軟禁状態にあった。
敵である蛮族との密通、同じ四天王の垰の謀殺。帝国玉璽の複製と、帝の名を無断に使っての書簡の作成……どれ一つとっても、充分極刑に値する重罪である。だが、帝国内における牛頭の家の歴史と格のお陰で、豪の命は未だ在る事を許されていた。
「そんなのはどうでも良いわ。さっさと殺すなら殺すがよい。我と我の家のおらぬ帝国なぞ、50年と保たぬのだから」
安楽椅子を揺らし、余裕の顔で豪は嘯いてみせた。
帝国の繁栄は、牛頭の手によってある。その当主が我なのだという絶対の自信が、豪にはあったのだ。
(本当にこの人、無駄に自信だけはあるよなぁ……拳クン、何でこんなのをよこしたのかねぇ……)
翔は先代牛頭の顔を思い出し嘆く。
先代牛頭の拳はとても思慮深く、誰に対しても常に公平平等に扱い、政軍両方面に類い希なる手腕を発揮した素晴らしい人物として、翔は記憶していた。
そんな傑物でも、息子の教育に失敗するんだという好例が、豪なのだろうか?
「そんな君がいた35年で、国はかなりガタガタにされてしまったんだけどね。まず、お望み通り表舞台からは完全に退いて貰うよ。牛頭の家は残すけど、君はもうこの世に居ない人物として扱う。牛頭家の格式を慮っての帝のご配慮だ。感謝してくれよ」
「ふん。寛大なご沙汰に感謝いたします……とでも言えばよいのか? 我の行いは全て帝国の行く末を想えばこその行動だったのだがな」
自尊心が強過ぎる者に共通する心の欠陥が、”自身と依存している所属団体とを同一視する”所だと、翔は聞いた事がある。今しがたの豪の言動は、正にそれであった。
翔は舌打ちをしたくなる衝動をどうにか堪えて、話を続けた。
「そんな勝手な判断で優秀な人材を潰されては、国としてはたまったもんじゃないんだよ。その手段がかなり問題だったしねぇ」
翔がこれはと目を付けた優秀な人材が、幾度も牛頭の謀によって消されていた。優秀な人材は国の宝であり、今後の発展に大きく寄与する未来そのものなのだ。それが個人の嫉みや妬みで、勝手に潰されるのは大きな損失でしかない。
現在判明している人数は、垰を含め4人。調査を続けたら、まだまだ増える可能性すらある。考えただけでも、内政に深く関わる翔にとって、頭の痛い事態なのだ。
「牛頭家は残す。残しはするけど、家督については、君に指名権なんか無いからね。それは帝の名において行われる」
担当の管理官をそれなりに扱えてさえいれば、内政に関しては、多少の能力の差などさほど問題にはならない。問題はその人個人の性格なのだ。豪みたいに自尊心が強く、家の格式ばかりを気にする人物を登用しては、帝国内は何も変わらないだろう。
……豪は能力も怪しかったがなと、翔は思っていたが。
「それと、君には、若い尾噛と面会してもらうよ。君が呼びつけたんだ。お望み通りだろ?」
「貴様……何が狙いだ?」
豪のすさまじい反応に、今までの不快感を払拭できた様な気がした翔は、つい、ニヤリと口元の端がつり上がるのを自覚した。
「帝からのご提案だよ。そこで君は、自身が賭の対象になるんだ……死にたくなければ、頑張ってくれよ」
その笑みに不吉なものを感じた牛頭は、この時漸く自分のしでかした事の重大性を理解したのだった。
誤字脱字あったらごめんなさい。




