第257話 その後始末的な話17
「ねぇ、翔ちゃん?」
「なんだい、光クン?」
太陽宮の奥の御所では、今日も今日とて、翼の生えたおっさん二人が悪巧みを繰り返しておりました。
「”国家存続の危機”は、これで一先ず落ち着いた……ってことで、良いんだよね?」
「一応は、それで良い……はずだと思うよ。ただ、”淘”に関して此方は何も手を打てていないし、正直云って、思われる/思いたい/思わせて……ってところかなぁ?」
今は遠く鳥取の地にある第五皇子光雄と、倉敷の地に新たな都を造り上げた第四皇子光秀からの報告書を見比べ、鳳 翔は溜息交じりにそう結論付けた。
「ダメじゃん、それ」
「うん。ダメダメなのは、ボクも否定できない。でも、祈クンは本当に良くやってくれたと思うよ。特に今回の一件ってば、正にドンピシャで最悪のタイミングだったとも云える訳だし」
分不相応過ぎる拡大政策を推し進め、丁度息切れを起こした所で不意討ちを喰らった様な形となった今回の一件は。
下手をしなくても、”泥沼の戦”の果ての双方共倒れ……等という結末も充分あり得ただけに、今回の”海魔衆”と、尾噛 祈率いる魔導士隊の存外の大活躍によって、帝国の命運は、何とか首の皮一枚が繋がった……と云った状況なのだ。
「あ、翔ちゃん。今日もお茶請けは無いの? っていうか、今日はお茶すら出ないのかい……」
「うん、ごめん。その手の嗜好品も全部送っちゃった。鳥取に」
「……そうかぁ……」
”海魔”という最大の安心感も手伝い、この際とばかりに、ついつい荷造りに余計な力が入ってしまったらしい。
皇帝お気に入りの秘蔵茶葉まで出しちゃった。と、翼持つ中年は悪びれもせずことの次第をぶっちゃけた。
「流石にもうこれ以上は、無理に国土を拡げる愚は犯せない。光雄はその辺、良く心得ているよ。本当に限界ギリギリの、その一歩向こう側まで攻めてきたのだけれど」
「ホント。彼って、そういう所あるよね……」
云ってしまえば。光雄は、”ドS”だ。
そして、その中に在って”究極のドS”と云う奴は、また”究極のドM”も同時に兼ね備えるモノなのだと云われる。
自身の限界を常に超えて行くことを至上の歓びとし、またそれを他人にも強要してくるのだ。
光雄の政治的手腕は、こと内政、軍事、外交……全ての面において、帝国の歴史の内を紐解いて覧ても、恐らく最高の位置に在るだろう。
だが、彼の諸々の指示が、それに付き合わされる官僚の処理能力を、常にほんの少しだけ越えてくるのだ。
しかも、彼ら個々の処理能力を全て見極めた上で、態と。
「その癖、後から振り返ると決して無茶じゃない量で出してくるところが……ホント、もうね」
「『良かったな。慣れたぞ?』……だっけ? うん、ボクならすぐ辞表を提出しちゃうね、こんなのが上司だったら」
今の翔の台詞を、彼の部下達が聞いたら。
(きっと恐らくは「お前が言うなっ!」って声が、周りから沢山挙がってくると思うんだけど……)
と思ったのは一瞬。けれど、決してそれを光輝は、口に出さなかった。
軽く200年以上も続く友情は、こうした互いの思いやりによって保たれているのだ。
「だからこそ。今回の祈ちゃんの判断は、本当に有り難かったよ。こんな時期に”辰”なんかを得意気に征服してこられたりしたら、今頃帝国は本当に破綻してたからね」
「だねぇ。今回一番の懸念事項は、正にそこだったもんね……」
光雄の”策”の概要は、簡単に云ってしまえば、
『”辰”に対し、尾噛 祈率いる海魔衆の海上戦力を、手っ取り早くぶつけてしまう』
事だった。
その中で、帝国にとって最悪の想定は、祈率いる魔導士隊と、海魔の手に寄って、ほぼ焦土と化した”辰”を併合せねばならなくなった場合……であったのだ。
「まぁ、その時は。容赦無く放棄してやるんだけどね、ぼくなら」
「それが正解かな。下手に今、中央大陸に足がかりを持っちゃったりしたら、方々から怨まれているだろうボクらは、その瞬間タコ殴りの憂き目に遭うだろうし」
先々代、先代の世から長く続いた”圧政”は、中央大陸のあらゆる所で発生した”反乱”と云う形で、一端の終止符を打たれた。
だが、未だその辛い日々の記憶を持って生活する”長命種”たちは、中央大陸の津々浦々に存在しているのだ。
もし仮に、復讐の機会が訪れたのだとしたら。
彼らは確実に、この帝国に対し牙を剥いてくるはずだ。
大した産業も無く、得る物も少ない小国を態々手に入れた所で、その対価がタコ殴りの危機であるならば、そんモン最初からイラネ。
……つまりは、そういうこと。なのである。
「取りあえず、今のぼくらがやっていかなきゃならないことは、確保した国土を、しっかりと安堵していく。ってことさ」
「……後は外海の脅威さえ無くなってしまえば。ってところかな?」
東の蛮族”獣の王国”が、一晩にして消え失せた”あの事件”以降。
嘗ては蛮族が支配していた彼の空白地へと半ば争う様に殺到した東に在る他の国々の今は。日々、正に血で血を洗う醜き土地の争奪戦の様相を呈しているらしい。
どうやら、我が国の魔導士たちが築いた”国境の壁”が仕事をする日が訪れるのは、まだまだ先の話になりそうだ。
「その間に、できるだけ体力回復に努めていかなきゃね」
「ボクらも帝国も、もう若くはないんだ。だから、そろそろ引退したいんだけどなぁ、ボク……」
背筋をピンと伸ばすと共に純白の翼を大きく拡げた翔は、身体の奥底からの疲れと日々の不満を吐き出した。
「まだ引退しちゃダメだからね、翔ちゃん。最低、あと7年。一光の”成人の儀”を持って、彼を次代の帝への指名とするつもりだから。それまでは、絶対に勝手は赦さないよ」
「……ああ、長いなぁ……」
(────ぼくら、すでに軽く200年以上も生きてきたのだから、今更そのくらい誤差にもなんないでしょ)
そう思いつつも、やっぱり光輝はそれを口にしなかった。
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