第255話 ”辰”
”辰”は、中央大陸の辺境に位置する小国のひとつだ。
1000年以上もの長きにわたり、中央大陸の大半を支配下に置いてきた”陽”帝国の圧政を打倒した数々の英雄達が、その最初に発った時の理念を忘れ去った内輪揉めの末が、現在の中央大陸の状況である。
その中に在って、彼らはとても幸運であった。
中央大陸の辺境に位置していたからこそ、こうして大国の鼻息程度で簡単に吹き飛ぶ小国であったのにも関わらず、現体制の存続が今まで赦されていたことにも。
嘗てこの土地は、”陽”帝国の船渠が置かれていたところであり、彼らの”研究成果”と”手柄”をそっくりそのまま猫糞できたことも、その幸運をさらに裏付ける結果となった。
その”手柄”たる最新の造船技術を掠め盗り、海に面した他の国々と交易を行うことで、同程度の国土しか持たぬ他の小国群よりも、裕福な暮らしができたのだ。
────だが、200年近くも続いていた彼らの”幸運”は。
そこまでとなった。
平和的に他国と交易をしているだけで満足していれば、彼らはきっとこれからも幸運でいられたと云うのに。
「大変ですっ! 我が国の沿岸に、巨大な船影が次々とっ……!」
この凶報が挙がったその日から、中央大陸の端に在ったはずの海洋国家としての”辰”の不幸が始まったのだ。
「青地に銀の縁取り……あの派手な旗は、一体何処の国のものか?」
「まずは”提督”。その更に上をご覧になって下さいませ」
交易の成果たる魔導具”遠見の鏡”によって、肉眼よりも遙か遠くの距離を見通せる様になり、”辰”は自身の幸運をさらに確固たるものにしていたのだが。
今回、その幸運は、逆の方向へと作用する皮肉となってしまっていた。
"辰”という国で一番身分が高い者の呼称は、王でも帝でもない。
一度も海上にその身を置かぬというのに、彼は何故か”提督”を自称し、更には滑稽にも他人にまでそれを強いていたのだ。
「……ぬ。忌々しき日輪を模ったあれはっ……」
「はっ……どうやら、未だしぶとく在った様で」
────我らが先祖を散々苦しめてきた旗の下に、あの巨大な艦どもが在ると云うのか。
”辰”の国の指導者層は、大いなる憎しみと、少々の羨望の念を視線に込めたまま、下唇を噛みつつ遠くに揺れる船影たちを見つ続けた。
◇ ◆ ◇
「”陽”帝国魔導局”局長”。筆頭魔導士、尾噛 祈と申します」
「────はぁ?」
憎き”帝国”の旗を掲げ”敵国”の地に足を踏み入れたのは、筋骨隆々たる猛き武人でもなければ、狡猾たる笑顔を浮かべし役人でもなく────
まさか、それが幼女である、などとは。
当の”提督”を含め、”辰”上層部の誰もが思いもしなかった。
更には、その幼女の周りに在る人間達もまた、大半が見目も麗しき女性なのだ。
確かに着ている衣服、それの材質自体は、遠目からも上質のものであるのは間違い無い筈なのだが……
「この場に置いて戯れ言を申すな、貴様。当然、其れは偽称ではあるまいな? そも、彼の”帝国”が、童女如きを”長”に据えるはずなかろうがっ!」
彼らの曾祖父母から伝え聞いてきた”帝国”の社会は、所謂”男尊女卑”の極みであり、"辰”の彼らも、実は同じ価値観にどっぷりと浸かって生きている。
それなのに、見た目が幼き女性が。
一部機関だとはいえ、軍の”長”をも名乗り、更には”英雄”の一つの形でもある魔術士の筆頭に在るなどとは……彼らの価値観において、祈の言葉は到底受け入れる事なぞできなかった。
周囲の役人は声を張り上げ彼女の言葉の全てを否定し、それに呼応する様に周囲を囲った兵が、一斉に槍の切っ先を”帝国”の人間どもに突きつけた。
「……ふむ、何処までも礼を欠く所行と言動。流石は我が帝国の”手柄”を掠め生きてきた”盗人”どもの裔。所詮はその程度でございまするか」
「なんだとっ!? 無礼は、貴様の方ではないかっ!」
「……此方は正式な礼儀に則り、国の名乗りに、我が姓名をも然と明かしましたよ? なのに、貴方がたは名乗りも返さず、ただ呆けていただけ。礼節を弁えも為ず、此方の名乗りに疑いを向け、更には声を張り上げての恫喝。さて、其れの何処に礼が?」
「ぐうぅっ……」
「更には、国の名乗りを持って地に降りた使節に刃を向けるとは。其方は我らとの”戦争”をお望み、と云うことでよろしいのでしょうか?」
「……待て。いや、お待ちくだされ。我らは決してその様なっ……」
「であれば、まず真っ先にやることがおありでございましょう?」
────貴方がたは、其れも解らぬと申しますか?
如何に彼女達が、先祖からの怨敵でもある筈の”帝国”の人間、だとはいえ。
”国”の名を背負った使節に、ここまで侮蔑の視線をもって云われてしまっては、”辰”の指導者達の面目は丸潰れだ。しかも、多くの民が事の成り行きを見守っている前で、である。
この場を何とか取り繕い巧く切り抜けることができたとしても、すでにかけるだけの恥はかいたも同然なのだ。
これほどの恥辱を濯ぐには。
恐らくは、多くの民の眼があるこの場で、即座に”帝国”を名乗るこの無礼者どもを悉く斬り捨ててしまうことが一番手っ取り早いに違い無いのだろうが。
(……そうなれば。確実に、あの巨艦どもの手に寄って、我が地は悉く蹂躙されてしまうだろう)
”遠見の鏡”でざっと確認しただけでも、あの巨大過ぎる船艦の数は、50は下らなかった。
一介の使節団による”先遣”如きに、全兵力を持って臨むなどと云うことは、常識的に考えても絶対にあり得ぬ話だろう。
よしんば、あれで帝国の”全兵力”だったとしても。
あの様な兵力を前面に出されてしまっては、此の小国では、保って半月の命運だろう。それも、多分に贔屓目に見ての希望的観測でしかないのだが。
「────もう終わりだ、この国は」
微かに聞こえたその声に、”提督”たちは想定外の事態に焦り、自らこの場に駆けつけてしまった愚を後悔せずにはいられなかった。
彼女達を丁重に城へと招き、客として持て成していれば。
少なくとも、この場で要らぬ恥をかくことは無かったと云うのに。
だが、彼らの後悔は、まだ早かった様だ。
祈達は、この地に赴いた真の”目的”は。
最初から”友好的なもの”では無く、”辰”の上層部たちこそ、まさに”盗人”そのものであるのだと、周囲に暴露しに来たのだ。
「さて。我ら”帝国”が態々此の地に赴いた理由。其れはこの”盗人”の、身元確認を行うが為にございまする。然して此処の自称”劉 海飛”なる”賊”は、貴国の旗を掲げ、我が帝国の艦艇に対し、いみじくも略奪、虐殺等々、多くの罪科を成しておりましてございまする」
「あっ、兄者。たすけっ……」
「は、海飛?!」
”使節団”を名乗り上陸してきた彼女達を囲った時に、何故気が付かなかった?
今更そのことで兵を咎めた所でもう遅い。
「”提督”閣下。彼の者の顔、ご存じではございませぬか? もし、この”盗人”めが貴国の命により我が国の臣民の生命と財貨を侵したと仰るのでありますれば、この場で即けじめを付けて戴きまするが、如何?」
「……あ、兄者ぁ……」
(お、おのれぇ。ここで首を少しでも縦に振ったら、我も、我が国も終わるではないかっ……!)
確かに、戯れに海飛に「帝国を滅ぼてしまっても良いぞ」と云いはした。
当然、それができるとは思ってもいなかったし、かと云って、我が船団が簡単に敗れるとは欠片も思っていなかったのだ。
その見通しの甘さが、この事態を招いてしまった。
”提督”を自称してきた男は、自身に降りかかった不幸と、その不明を嘆かずにはいられなかった。
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