第253話 海で死ぬか、地で死ぬか
誤字・脱字報告いつもありがとうございます。
只今、改稿編纂作業も平行しておりますので、非常に助かります。
「やはり。こういう絡繰りでしたか……」
「<幻影術>って魔術は、本当に便利だモン。そりゃ、魔導具を作れる技術があるなら、再現を目指すに決まってるよね」
”海賊”の本拠地は。
帝都が座す島から、肉眼で何とか視認できる距離に在る小島群だった。
潮の流れに乗り易く、そして丁度良い具合に船脚がついた状態で、港を離れる帝国の船へと最接近できる……そんなお誂え向きとも云える絶妙な位置に、それは存在していたのだ。
そこに<幻影術>で幾重にも目隠しの幕を被せ擬態していた様だ。
「内海にも、幾つか人の住める小島は在りまするが。それと比べても、彼処は小さい部類になりましょう……しかし、潮目を見極める我らの”眼”を持ってしても、この島々の存在に気付けなかったとは。奴らを何度か捕り逃がしてしまった理由も、これで漸く納得できました」
「仕方が無いよ。<幻影術>は、最初からこの魔術の存在を疑って掛からないとまず見破れないからね。だから、相手にするとこれ以上ないくらいに面倒臭いんだけど」
「あげん、猫ん額んごたる小さな場所で生活せなならんなんて。アタシやったら耐えられんばい」
「一所で、じっとしておられませんものねぇ。貴女さまは」
鳳 蒼という天翼人の性質は、限り無く大型犬のそれに近い。
一日に最低限度の運動ができねば、忽ちにストレスによって体調を崩してしまうくらいだ。
「蒼は、頭の中身も犬のソレに近いヨー。限りなく……っていうか、まんまネ」
「おっし、美龍。こん後で沢山語り合おうや。拳でしゃ」
「ジャレるんなら後にしてくんないかなぁ、ふたりとも」
敵の本拠地を割り出し、包囲した。事態は、すでに”後詰め”の局面に入っている。
”海魔衆”の持つ艦隊の圧倒的な性能と、卓越した技能のお陰で、同行してきた楊 美龍と、鳳 蒼なんかは、それこそ賑やかしにもなれない程に、全くやる事が無く手持ち無沙汰だった。
……要するに、二人とも暇を持て余していたのだ。
「”海魔”の持つ、潮目を見極め、風を詠む”眼”。更にそれすらも嘲笑うかの如く、全てを覆い隠す<幻影術>の存在。本当に、本当に。勉強になります……」
生後まだ三ヶ月にも届かない、成熟した女性の見た目とは裏腹の、生粋の赤子でもある千寿 翠は、産みの親の<玄武>の”加護”の賜物か、この世の事象全ての知識は在れど。
それでも、見る物、聞く物の悉くが、新鮮な驚きに満ち溢れている様で、何にでも一々素直な反応をしては、周囲をほっこりと和ませていた。
「本当に。翠の眼には、この”世界”の全てが輝いて見えているのでしょうね。何となく、羨ましく思えてしまいます」
「……そうだね」
『翠を見習え』
……とまで、祈は云うつもりも無いけれど。
もう少しくらいは、落ち着きを持って欲しい。周囲の眼があるのだから。
そうふたりには言いたくなった。
「んっ、ん。然して、祈様? ここからは、どの様に」
海魔衆筆頭職、八尋 栄子は、あくまでも此度の指揮権は祈にあるのだと云う姿勢を決して崩さなかった。
実際に、栄子の上位者は、祈だけなのだからこれは正しいのかも知れないが。
それでも……
「この艦と、艦隊の”長”は、貴女でしょ。栄子さま?」
「その通りではございます。ですが、この場の筆頭は、祈様。貴女にございまする」
……そうだった。
祈は、栄子にそうと指摘されるまで、そのことを完全に失念していた……忘れたかっただけ、なのかも知れないが。
「……なら、まずは降伏勧告。従うならそれで良し。抵抗すると云うのなら、徹底的にやっちゃって。ただし、指揮官か、それに近しい身分の者を最低限二人は残すこと。何故かは解るよね?」
「”裏取り”で、ございましょうか?」
栄子の答えに、祈はにっこりと微笑みで返す。どうやら合っていたらしい。狐の獣人は、一先ず胸をなで下ろした。
「尋問中、口裏を合わせられない様、隔離することが大前提、だけれど……美龍。その時は、多少の無茶も認めるから、必ず口を割らせて」
「是。了解したヨー、主さまっ☆」
(────祈。なんか、全然らしくなかね?)
蒼の中に、微かな疑念が浮かぶ。
「そりゃあ、ね? 私は怒ってるんだ。皆にひもじい思いをさせてしまった”原因”なんだから。絶対に、許せる訳が無い」
此奴らも。勿論、私たち”帝国”も……
その小さな呟きまでは、蒼の耳に届かなかった。
◇ ◆ ◇
「どういうことだっ! ”本拠地”は、幻影の魔術によって安全ではなかったのかっ!?」
遠く中央大陸から、こんな辺境の島国の、その端にまで遙々やってきたのは、こんなあっさりと敗れる為などではなかったと云うのに────
”海賊”の頭、劉 海飛は、酷く後悔していた。
帝国を自称する船乗り達を”カモ”だと侮り、何度も何度も襲っては、殺しまくった事。それについては、何の後悔も無いが。
たった一度の敗北が、そのまま滅びへと繋がってしまいかけていることに、「何故、俺だけがこんな目に?」という気持ちでいっぱいだった。
此方の船の”性能”には、絶対の自信があった。
帆は風を良く捕らえ、波を突き破る船体の鋭さにも満足していた。
”祖国”一番の性能を誇る船を集め、作られた船団……だったと云うのに。
まさか、そんな最高の船団ですら太刀打ちできぬ一際大きな”巨艦”が、この世に存在するなどと。
そんな大事な情報。誰も教えてはくれなかった。
『”帝国”に嫌がらせでもしてくるが良い。何なら、滅ぼしてしまっても構わんぞ』
なんて、我らを激励した”祖国”の兄達も。
魔術の短杖を我らに提供してくれた、彼らも。
「海飛様、どういたしましょうか?」
「どうもこうも無いわ! 迎え撃たんかっ!!」
我々が敗れた原因は、船の差によるものだ。あんな巨艦を幾つも出されては、海戦で誰も勝てる訳が無い!
……だが、地上ならばどうだ?
海飛は、その一点に活路を見出した。
相手が如何に強く硬い巨艦級を幾艦も備えていようが、所詮それは海上だけの戦力に過ぎぬ。陸地を攻める為には、どうしても人の足によって行わねばならぬ。まだ此方に勝ち目は残されている筈だ、と。
海飛は腹の底から込み上げる笑いを、どうしても堪えきれなかった。
「そうだっ! 俺が負ける筈は無いっ!! 最後に勝ちさえすれば、それは勝利なのだっ!!!」
轟音と供に、地面が大きく揺れて、同時に周囲から野郎どもの悲鳴が幾重にも重なった。
「海飛様っ! 魔法が……魔法がっ!!」
「……はぁ?」
「海上からこの島に向けて。様々な魔法が、止め処なくっ!」
鳴り止まぬ轟音に、耳はやられ。
音と同時に目映き光に、目が灼かれ。
大きく揺れ波打つ大地に、足を取られた。
海上での死の顎から逃れた筈の、海飛たち生き残りの”海賊”たちは。
今正に、地上で死の恐怖に震えた。
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