第252話 一方的な海戦
誤字・脱字報告いつもありがとうございます。
只今、改稿編纂作業も平行しておりますので、非常に助かります。
「……そろそろかな?」
「恐らくは」
帝都より北に在る港から、5隻の船が出た。
遠き米子へと物資を運ぶ為の定期便だ。
外海の海は、南から北へと列島の形に添った強い潮の流れがある。
”蛮族”討伐に、あの牛頭 豪が作戦に組み込んでみせた通り、一度潮の流れに乗ってしまえば、船は風を捕まえる必要は全く無い。
潮流を見定め、そして風を読むことができること。これが船乗りには、必須の技能だ。
腹の中にたらふく物資を詰め込んだ輸送船たちは。
潮の流れに乗れねば、まともに進むことすらも儘成らぬ。
そして、巧く潮の流れに乗れたとて。当然、船脚は鈍り、思う様に舵が効かなくなってしまうのも道理なのだ。
「左手に船影。数は……10っ!」
「……来た」
だからこそ、”賊”にとって帝国の輸送船団は、態の良い”カモ”と成り果てた。
「もっと引きつけて。まだ<幻影術>は、解いちゃダメだかんね」
「……しかし、魔術とは、ほんに恐ろしき力でございますね」
”カモ”を狙う賊どもを、逆に”カモ”とする為に。
海賊どもの船を、魔術師たちの<幻影術>によって姿を隠した海魔の船で逆に包囲してやったのだ。
どうやら海賊の船は、帝国のそれよりも格段に脚が速い様に祈の眼に映った。
例え帝国の船たちの腹の中が空で、万全の状態にあったのだとしても。恐らくは全ての面で性能が劣るだろう事は一目瞭然だった。
で、あれば。一度捕捉されてしまえば、絶対に帝国の船たちでは、奴らの魔の手からは逃れられぬだろう。
海上での戦いの主力武器は弓だ。
火矢を次々に撃ち込んで、相手の船を燃やしてしまう。これが基本となる。
だが、奴らは略奪こそを旨としている以上、略奪する前に船を沈めてしまっては何の意味もない。
当然、相手の飛び道具を掻い潜り接近。速やかに白兵戦へと移らねば、目的を達成する前に焼け死ぬしかない。
だが、一度白兵戦へと持ち込んでしまえば、自滅を恐れた相手の火矢を完全に無力化できる。その為に必死になって”獲物”の横腹へと喰らい付こうとしてくるのだ。
「本当に、やることが単純で判り易くて良いよね。”海賊”ってばさ」
「……それは、我ら”海魔衆”に対する皮肉も多分に含まれておりましょうや? 祈様」
栄子の問いに、祈はあえて口にしなかった。
「先頭の船、<九尾>に当たりますっ!」
「あの程度の雑魚では小揺るぎもせぬだろうが、念の為じゃ。各員、衝撃に備えよ!」
「衝突と同時に、<幻影術>を解けっ! 囲うぞ」
単純で解り易いからこそ。
こうして、先回りしての妨害ができるのだ。
周囲を硬い金属の板で覆われた<九尾>の巨躯であれば、木造船如きの体当たりなぞ物ともしない。
「あ。沈んでく……」
「奴ら。どうやら、船脚を付け過ぎた様で」
見えない<九尾>の左舷へと、先陣を切り波を掻き分け疾走ってきた海賊の船は。
”鋼鉄の壁”に、思いっきり突っ込む形となったその船首は崩れ、そのままゆっくりと沈み始めた。
突如目の前に出現した”船団”は。
海賊たちの”未知の恐怖”を、存分に掻き立てた様だ。
慣性の法則に従い、風と潮によって脚に勢いが付いてしまった船の動きとは、急に変えることなぞ当然できやしない。
祈にとって未知の言語だが、これは恐らくは回避行動を指示する声であろうか? 海賊どもの発する悲鳴混じりの数々の怒声が、耳に飛び込んでくる。
「おう、おう。混乱してるネ。主さま。”賊”は、中央大陸の人間で間違いないヨ-。美美にとって懐かしい言葉だカラ」
「でしょうね。竜を模したあの意匠は、”辰”の国旗にございますれば」
「そっかー……ね? 今度、貴女の故郷の言語を教えてよ、美龍」
態々こうして、此方に要らぬチョッカイを掛けてきたのだから、当然きっちりとけじめを付けてやらねばなるまい。
その為には、しっかり会話ができないと。当然、絶対に言いくるめられることのないレベルで。
……此の考えこそ、『正に”尾噛”』と云われる所以である。
「是、主さま。勿論喜んで、ダヨー☆」
”海賊”たちにとって、悪夢の時が始まった。
目の前には、船と呼ぶには、余りにも巨大で、そして信じられぬくらいに頑丈な”壁”が突如次々に現れて。
その壁たちに悉く遮られて”風”を失い、そして自慢の脚をも失った。
脚を失い、身動きも取れず無防備となった頭上から、散々に撃ち込まれる無数の矢。
必死に反撃を試みるも、決死の矢は何故か逸れていく。
ならばと、少ない生命力を無理矢理捻り出してまで”魔術の短杖”を使ってみても、魔導具の先端から出て来るはずの”魔術”は、全て不発に終わった。
「……阿呆が。そんな玩具如きに、正規の魔術士と戦える権能なんて、最初からある訳ないに決まっているじゃないか」
魔導士の戦いの勝敗は、周囲のマナの支配率で決まる。
魔導具は、周囲のマナを消費することはできても、元より支配することなぞできぬのだから、当然の話だ。マナが無ければ魔術の短杖なぞ、ただの枝と同じなのだから。
こうして、海賊どもは。
逃げることも、抵抗することすら叶わずに、甲板に無数の屍を晒した。
包囲からの生き残りを賭け強引に”壁”に向かって体当たりを慣行した海賊の船は。
そのまま仲間達共に、高波と船の残骸とに揉まれ、最終的に魚の餌と成り果てた。
「旗艦は判別できる? 其奴だけは見逃してあげて」
「……なして? 態々見逃すやなんて。どげんとすっつもりと?」
遠目から見ても、包囲陣はほぼ完成しているのだ。完勝まであと少しだと云うのに、一体何故?
皆の抱えた疑問を、蒼は代弁した。
「当然、追い掛けるに決まってるじゃないか。彼らの本拠地を教えて貰おうってね。だって、ここまで好き勝手にやってくれたけじめだけは、ちゃんと付けてあげなきゃ、嘘でしょ?」
「恐いなぁ。祈はやっぱり恐いなぁ……」
「そう仰ると思い、我ら完全に包囲せず一部を空けたままにしておりまする。奴らの気性は、”臆病”で”卑怯”。指揮官が座す旗艦は、必ず最後尾に在りましょう」
「うん、流石。それじゃ、まだ<幻影術>を解いてない船に伝達。”賊”の旗艦に付いていって、って」
(────どうやら”海賊”にとってん悪夢ン時ば、まだまだこれからん様や)
鳳 蒼は、口にこそ出しはしなかったが、彼らの行く末を思い心の中でだけ、そっと両手を合わせた。
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