第251話 理不尽のかたち
誤字・脱字報告いつもありがとうございます。
只今、改稿編纂作業も平行しておりますので、非常に助かります。
「……ふん、漸く動いたか」
年が明けてからというもの、遠き帝国からの”定期便”に、少なからず滞りが出始めてはいた。
此は元々、場当たり的で杜撰過ぎた行動計画から端を発した”侵攻”なのだ。むしろ現在の帝国の”体力”から考えても、充分保った方だなと高く評価してやっても良いくらいだ。
だが、本国の官僚達の評価を態々改めてやったところで、此方で腹を空かせ今も苦しんでいる民の胃は一向に膨れぬのだから、所詮その程度の無駄な話にしか過ぎぬ。
何処ぞの”最強の魔術士”が、促成で育て上げてきたと云う優秀な魔術士達の約半分を。
旗下に残してくれたからこそ、ぎりぎり生きていけるくらいの食糧だけは、一応の確保ができてはいるが。
だが、それも定期的な補給が今後も期待しているからこその大前提があっての、限界が見えた状態のまま……での話だ。
下に我慢を強いている時点で、この計画はすでに破綻したも同然であり、上も同様に我慢をしてみせたところで、所詮それは上の無能を隠すためだけの、ただの振りに過ぎぬのだ。
で、あるならば。
自他共に自身の有能さに些かの疑いを持たぬ光雄は、鳥取の地に足を踏み入れた時点で、予てよりの”計画”の実行に移していたのだ。
優秀過ぎる魔術士達の手で無理矢理に切り拓いた田畑には、味に少々の難点はあるが、少しの時間だけでも育つ作物の育成を推奨し。
海で採れる食い物の確保と、その加工法を伝授しつつ、保存食の生産を奨励し。
外海側が使えぬことも想定し、内海側への街道整備を早々に開始していたのだ。
「そもそもの話ではあるが、この計画が実行された直後から、奴らは無駄に怯えていたのだから、その時点で”備えねば”と、誰でも気付こうと云うものだ……そうは思わぬか、貴様?」
補給が滞る以前に、
『────何故態々都市建造計画をも先延ばしにしてまで、この様な?』
などと、彼の政策の無駄を詰問した官僚は、後に光雄の先見の明を認め恥じた。
実際、この様な”異常事態”を知り得て、帝都首脳部がずっと恐れていた”奴ら”が愈々動き出したのだろうことくらいは、光雄でなくとも恐らくは看破できたことであろう。
……その時には、すでに遅きに失している訳、なのだが。
「”策”などは、凡そ思い付く限りで、自身の頭の中に予め数多く持っておかねばならぬ。そこから直ぐ様実行に移せる物、すでに実行しておかねばならぬ物、常に準備だけはしておく物……そして、そこから各々変化する事象に対し、更に手を打っておかねばならぬ物……とな。最低限、これくらいは提示できねば、とても将とは呼べぬ」
素直に彼に頭を下げ、不敬にも。
『貴方様の頭の中身は、一体どうなっておられるので?』
……などと問うたその官僚に対しての、光雄のこの返答だ。
『────全然参考にもならなかった、余りにも視ている世界が違い過ぎたよ』
後にこの官僚は、酒の席で同僚にこう漏らしたのだと云う。
現皇帝”光輝”も惜しむ、彼の才能の一端を表した逸話である。
充分に”備え”をしてきた筈だと云うのに、まだ足りぬ。
光雄以外の統治軍の上層部に、少しずつ諦めの色が見え始めた頃。
遠く外海の沖から、船団の影が見えた。
その先頭を風を切り上げながら疾走る巨艦の天辺に、青地に銀の刺繍が成された軍旗を視ての、冒頭の光雄の台詞である。
”海魔衆”の旗艦たるその巨艦の名は、<九尾>と云った。
筆頭職八尋 栄子の所持する、この世界、この時代において最大級、最強を誇る”戦艦”だ。
その強大過ぎる圧倒的威容を初めて眼にし、光雄はポツリと呟いた。
「この世の全ての不条理を凝縮して一つの形にしたら、きっとあの艦の様な姿になるのだろう……」
◇ ◆ ◇
「帝国魔導局局長、尾噛 祈。”新倉敷”統治軍筆頭職、伊武 光秀様の命により、罷り越しましてございます」
「帝国海軍筆頭、八尋 栄子と、その旗下、”海魔”。同じく……」
この様な”公式の場”において、宮中序列こそが物を言う。
当然、帝家の血筋たる第五皇子の光雄こそが、この場では最上位者だ。
「うむ、兄は我が要請に応えてくれたか。”鳥取”統治軍は、其方らを歓迎する」
流石の光雄で在っても、この場の最上位者が自身である以上、慣習に則った言上のひとつくらいは口にする。
その内心では、(ふん。ご苦労なこって……)と、多分の毒を滲ませていたのだが。
歓待の宴なぞを開く余裕も、またその時間も、今の鳥取には無かった。
「情けない話だが、今は耐えるしか此方には手段が無い。予の予想以上に、帝国が弱過ぎた」
片方の口の端だけを釣り上げ、光雄は本国の無能を嘲る。
一応の最悪を想定していたつもりであったが、味方の無様がそれを遙かに下回ってくるとは、流石に思ってもみなかったのだ。
まだまだ自分は極まっていない事への微かな歓びと、すぐに他人のせいにしてしまいそうになる無様さに対する腹立たしき思いを滲ませた光雄の苦笑が、祈の印象に深く残った。
「光雄様。我らが”賊”の討伐の前に鳥取へと馳せ参じましたのは、此方がまず本命であったからです」
栄子は、懐から一つの書簡を取り出した。
「<九尾>を含む我が”船団”に積まれた荷の目録にございます。これで一先ずを凌げるかと……」
予てより光秀達、新倉敷を本拠地とする統治軍も光雄が米子、鳥取の地でしてみせた策に近い試みをしていたのだ。
試験的に”指宿”の作物を植え換え、その育成状況を具に観察したり、魔術による促成栽培の実験を行ったり……と。
今回、<九尾>の腹にたらふく詰め込まれた”荷”は、その成果たちである。
『友達は多いに越したことはないだわさ。足りない物は融通し合う。それだけで、みんな幸せになれるわいな……』
”弥勒衆”を束ねる信楽 百合音が何時か云った言葉だ。
それこそが、きっと理想の世界。
食糧なぞ、一所で独占したところで結局何の意味も無いのだ。
足りないところがあるならば、余っているところから融通すれば良い。
その手段が、今の帝国には在るのだから。
「ああ、助かる。貴様たちは、我らの”救世主”だ」
「いいえ。私たちは、まだ”諸悪の根源”を絶ってはおりませぬ。光雄様。そのお言葉、今は御身に預けておきましょう」
「我ら”海魔”の操船の術、とくとご照覧あれ。中央大陸に棲む無頼共なぞ、我ら海魔に掛かれば……」
この時の二人の笑みを見た光雄は、
『この世の全ての理不尽を人型に固めることができたなら、恐らくは尾噛 祈や、八尋 栄子の姿になるだろう……』
と、そう後に述懐したと云う。
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