第25話 ぼくの尾噛を守って
祈「本当に私だけ影が薄い件」
「……ちっとも、話が進まんのでござるが」
守護霊その2が、今現在における皆の思いを代弁した。
三歩進んで二歩下がる。それなら、確実に一歩は前に進んでいるので、まだ全然良い。
だが今回の事態は言うなれば、目的地とはてんで明後日の方向へかっ飛んで行っただけなのだ。お陰で完全に道のりが遠のいたともいう。
「……すまん、調子コイた。限りなく本物に近づけ過ぎたわ……」
かなり寂しくなった額を掌でピシャピシャと叩きながら、俊明は反省してみせた。『反省だけなら、猿でも出来る』そんなキャッチフレーズのCFって、何時の時代のものだったっけなぁ……と、半分は現実逃避が混じってはいたが。
改めて俊明は、望の尾を見てみる。
鉛色の鱗は鈍く光を弾き、表面の何処にも突起の無い、ぬるりとした尻尾のその先には、鏃を思わせる異様な形の透き通った刃が付いていた。
(祈のとは全然違う形だな。共通点は先っぽに付いてる元になった太刀の質にそっくりな刃の様な鱗ってか……ホント、何なんだこれ?)
「えへへ。兄様、お揃いだね」
「そうだね、お揃いだー」
尻尾仲間が増えた事が嬉しいのか、祈は嬉しそうに兄に笑いかける。
最愛の妹の笑みに、すっかり和んでしまう望。問題が一切解決していないぞ、と理性は訴えていても『可愛いは正義だ』と開き直る自分がそこにいた。妹魂とでも表現すべきか。
「……で。どうするの? まだ材料は足りてるし、もう一度作るってんなら……ホラ」
マグナリアはそう言うと、また胸に両手を添えて、ばいんばいんと例の挑発刺激的なエロポーズを取る。
「つかさ、別に俺が取り出す必要、全く無くね?」
「……ちっ」
気付きやがったか。と俊明に顔を背けながらマグナリアは呟いた。
「今、舌打ちしたでござるぞ」
「やっぱり、マグにゃんととっしーって仲良すぎるよね」
「離れの環境って、祈の教育にとても悪い気がするなぁ……」
ちょっとアレな大人3人と、子供1人の生活ってどうなんだろう? 望は守護霊とか以前に男女二人のじゃれ合いを見て、兄として少々心配になってきていた。
「だぁっ! もう、しゃーない。もう一振りでっち上げるが、お前らには宿題として、太刀を取り出せる様に努力してもらう。一応元は太刀なんだから、手元に喚び出せる筈だ……筈だと良いな。きっとその筈だから……頑張ってくれ」
太刀が変化して尻尾になったんだから、取り出せなきゃ嘘だろう。そういう適当な理屈ではあったが、初代駆流がそれを用いて戦場を駆けたという記録もあるから、多分大丈夫だと思われた。
だが、実際二人の尾には血肉が通い、神経が通っている。
……実際はどうなんだろう?
そこに思い当たった俊明は、発言がどんどんトーンダウンしてしまうのを隠せなかった。
「とはいえ、取り出すも何も……引っ張る訳にはいくまいし、どうすれば?」
武蔵がもっともな疑問を口にする。
「そこな。俺もわりと長く生きて(?)きたけど、こんなケースは初めてだし、何もアドバイスできね。ただ、望の尾になった太刀は、いつかは”自己意識”が発生する様には作った。ひょっとしたらだげど、呼びかけたら何か応えてくれるかも知れない」
「……そんな余計な事までするから、この事態なんじゃないの」
「めんぼくない……」
もう一度額をピシャリと叩き、俊明は謝った。凝り出すと止まらない性格なのは、自身がオタク気質だから……だけでは済まない話なのだろうが、出来ちゃったんだから仕方ないだろ! と開き直りたい気分なのは正直な所であった。
「次の刀は、『透き通った刀身』『そう簡単には壊れない』の二点のみを重視で。変な機能は盛り込まない。で行くか」
「……何故最初からそうしておらなんだ、と拙者聞きたいのでござるが」
「あんな超素材が揃っちゃったら、逆にただのノーマルアイテムとして作る方が、はるかに難しいんだよ…もう細かい事は気にすんな。俺は気にしない」
錬成釜には俊明が、祈と望には武蔵とマグナリアがつくことになった。
(しかし、語りかけてみろと言われても…拙者には尾なぞござらんので、何も助言でき申さん…)
無精髭をなでつけながら、武蔵は困った様に首を捻る。
精神論が苦手な脳筋としてずっと生きてきたので、こんな場面ではどうにも出番が無いという気分であった。
「尾の先にまで感覚があるのは、今までに無かったものなので……正直に言うと、変な感覚です。思った通りに動かせる様になると、きっと面白いのかも知れませんが」
望の方はというと、尾の研究とばかりに思いつく限り色々と試していた。
大凡自身の身長の倍にまで伸ばす事ができ、刃物の様に尖った先端の透明な鱗部分以外は、完全に体内に引っ込められる。何も意識していない時は、大体ふくらはぎの辺りに尾の先端が来る程度の長さになった。
自身の体重程度の負荷なら軽く支えられたし、梁に尾を巻き付けて自身を持ち上げる事も難なく出来た。
骨盤の基部から尾の骨が出ているからか、根元部分の可動域はとても狭く、上下方向へはほぼ無理。左右にはそれなりの感じであった。その根元の狭い可動域をカバーするかの様に、尻尾部分の柔軟性はとても高かった。
伸縮時にはその存在が無視できる癖に、可動部分では存在が大きく関係するのは、本当に理屈に合わない。なんてデタラメな仕組みなんだろう。
後ろの感覚を磨いていけば、背後からの攻撃は尾で完璧に捌けるのではないか……尾の先にある透明な刃で、土間に番号を振ってつけた印を順に突き刺し、望は思考していた。
「兄様すごい。もう使いこなしてる」
「うん。身体を動かすのは慣れているからね。祈だってこのくらいは出来るはずだと思うよ。じゃ交代。やってごらん?」
「うん。がんばるー」
祈はめいっぱいに伸ばし、番号が割り振られた印にめがけ、自身の尾を振り下ろしていた。
「使いこなせておる様でござるな」
「はい。結局は自分の身体の一部と言ってしまえば、それまでですしね。そこは手足と全く変わらない、そう捉えています」
「……でも、その考え方は間違いかも知れないわよ? その尾の正体は、ついさっき出来たてホヤホヤの、太刀なんだから」
「ふむ。身体の一部として扱うのであれば、それで由、太刀として扱うのであれば、根本から間違っていると? 確かにそれは、言えるかも知れませぬな」
「太刀として呼び出せるのなら、その通りでしょうが……でも、今はこの通り、僕の身体の一部。尾ですよ?」
マグナリアの前で、鉛色のソレを望は揺らしてみせる。これが先ほどまで錬成釜の中にあった武器とは、到底思えないのだ。
「そこよ。なまじ今身体の一部って感覚があるから、そういう風に思うのは難しいのでしょうけど、一度やってみたらどうかしら? ね、強く念じてみて。太刀を手にした時の感覚を思い出して。手にかかった重さと、その時の輝きを思い出して」
「こう……でしょうか?」
言われるがまま、望は両の掌を上に向ける。
『うっし。完成したぞー。ほれ、望持ってみな?』
手にずしりとのし掛かった重量と、微かな燐光を放つ透き通った刀身を思い出す。心から沸き立つ興奮に、つい太刀に語りかけていた事を……
(僕の名は望、尾噛望。よろしくね。これからは、僕と一緒に尾噛の家を護ってね)
「ああ、そうだ……僕はあの時、この太刀に認めて貰えたんだ……」
あの時の、言葉には、とても言い表す事などできない強烈な歓喜。
掌から背中に、光が、熱が、力が駆け抜けていった感覚を思い出す。気が付けば、手にあった重量が無くなり、知らない器官が生えていた。
望の掌に光の粒が集まり、ひときわ大きく輝くと、透き通った刀身を持つ太刀に変化していた。望の尾は残っているが、先端にある刃は消えていた。
「太刀……出てきたでござるな……」
「ね? やっぱり間違ってたでしょ」
「証の太刀よ……これからも、僕を……ぼくの尾噛を守って……」
手にした重さは、家への想いなのか、また自身への誓いなのか。
それは望にも解らなかった。
誤字脱字あったらごめんなさい




