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第247話 その後始末的な話16



 「かあさま、おかえりなさいっ!」

 「ただいま。静、良い子にしてたかしら?」

 「うんっ! しず、ずっといいこにしてたよ?」

 「そっかー。だったら、今日は母様が、たくさん静に良い子良い子してあげるね」


 ────また長い事、娘の静を放ってしまっていた。


 祈は心の中で、幾度も幾度も愛娘に対し、頭を下げ詫びた。立場上、娘にそれと判る様にしてやれぬことが本当に口惜しい。

 できることなら、早々に全てを捨てて楽になってしまいたい。そんな衝動に駆られることも度々ある。

 だが、祈は帝より新たに”尾噛(おがみ)”性を名乗る事を赦された、魔術家の当主なのだ。少なくない”家人”と”家族”を養っていかねばならぬ以上、その様な無責任なぞ出来よう筈もない。


 更には、自身の我が儘によって帝国(くに)に多大な負担を掛けている自覚もある。

 今の祈は、死国の地に生きる民達の生命と財産を、共に安堵していかねばならぬ立場に在るのだ。


 「……けんど、まさか”蜥蜴”すらも喰らいよるっちゅうか。帝国ん力、げにまっこと恐れあだつ」


 そこに、また”扶養家族”が増えたのだし……しかも、今までの倍も一気に。


 「まだ”土佐”に帰っていなかったのですか、明神(みょうじん)さま?」

 「帰れる訳ないろう。”蜥蜴”の被害がのうなったのを、ワシのこの眼ぇで確認せんと」


 良い意味でも、悪い意味でも”黒幕”に成りきれない難儀な性格の晴信(はるのぶ)に、つい祈は苦笑いを浮かべてしまった。


 祈達の手で”蜥蜴”の群れを撃退し、長い時間をかけ巣穴を特定。その後、”蜥蜴”の発生源を仕留めた。そこまでに、一ヶ月近くもの時間がすでに掛かっている。

 その間、晴信は高松の地に留まり、()()()()()()(つぶさ)に見て回っていた。

 正に今回の”蜥蜴の害”は、晴信にとって良い口実だったと云えるのだろう。


 (まぁ、正直()うて何の参考にもならざったんやけんどのぉ……)


 土佐と帝国。

 元々の国力も違えば、手に持つ道具に使われている技術も、何もかもが違うのだ。だが、まさか土地を切り拓き掘り返すのに、態々地の魔術を用いるなどとは……


 『魔術の資質を持つ者は、神に選ばれし”英雄”である』


 心の底からそうと信じて思い込んできた土佐の人間には、到底真似なぞできぬ所行だった。


 今から慌てて帝国の真似事をしてみたところで、そもそも魔術の素養を持った人間なぞ、土佐には多くはないのだから、どだい無理な話なのだが。

 大元の生命力(プラーナ)量が多く、更には住人の大半が魔術の素養を持って生まれてくる弥勒(みろく)海魔(かいま)鳴門(なると)の各獣人種共が、根本的におかしいに過ぎないのだ。


 (そもそも、()()()()()に勝とう思うちょった自分の傲慢さに呆れ返るばっかりじゃあ)


 遠き高松の地まで足を運び、何度も挫折を覚えた土佐の頭は。ここで、完全に屈服した。

 後は、どうにか自身と土佐に生くる民を、帝国に認めて貰える方法は無いものか────?

 今の彼の頭の中は、そのことで一杯になっていた。



 ◇◆◇



 「ごめんなぁ、ロクぅ。お姉ちゃん、この周りも全部探したんやけんど。ロクのお母さん、何処にも見つからんかってん……」

 「…………」


 ”四”は、嘗て”ロク”と呼び愛してきた人間種(ヒューマン)の子の骸を抱き抱え、虚ろな瞳まま()()に話掛けていた。

 迫り来る”蜥蜴”の害から、村の人間ども全てを護る為に。

 愛しき養い子を残し、”蜥蜴ども”の迎撃に”四”は出た。獣の持つ生存本能が『これは一番の愚策』なのだとしきりに訴えかけていたのを無視して。


 確かに熊の獣人である”四”ひとりの手によって、村は蜥蜴の被害を最小限に抑えることができた。


 だが、村人は視てしまったのだ。

 熊の獣人の”戦力”を。

 血の海の中で歓喜の咆吼をあげる”熊”の姿を。


 そして、”恐怖”してしまったのだ。

 『そうだ。”伊予の熊”とは、此の様に恐ろしい存在だった筈だ!』

 ……そのことを思い出して。


 養い子であるロクを人質にされて。

 ”四”は、”人間種”と”熊”は、何処までもわかり合えないのだと、思い知らされたのだ。


 その結果。

 獣の持つ”生存本能”に逆らってまで、護りきった筈の村人達は、全て”四”の手によって血の海へと没し。

 その村人たちと、一度は天秤に掛けまでした愛しき養い子をも結局は失って。


 「……やっぱり、血の臭いは嫌いや。ウチは、結局何処までも”獣”……なんやって。思い知らされるやさかい……」


 この手に抱いた小さき骸からは、獣の本能を魂から擽る芳香が立ちこめて。

 愛しき子の骸に、どう為様も無く食欲を駆り立てられてしまった────この現実に、自身の内に眠る獣を殊更自覚してしまい”四”は泣き崩れた。



 ◇◆◇



 「……出て行くってのかい、”五”よ?」

 「ああ。長らく世話になっちまったな」


 伊予の熊は、悉く殺し尽くす────あの時、そう心に誓った筈なのに。


 兄である牙狼(がろ) (はがね)と共に、目の前の”熊”の女──”五”の家族と、その一族全てを殺したと云うのに。

 何故か、彼女を見逃そうとしている自分の甘さに、(くろがね)自身、反吐が出そうになっていた。


 「此処から出て行くのは構わねぇが、ひとつだけ約束しちゃくれないか、”五”よ?」

 「何だよ、今までお前らにゃたんと美味いモンを喰わしてもらった恩があるけん。ワイが聞ける範囲なら応えてやってもええ」


 ────そうか。それなら。

 と鉄は、こんな日が来る事を想定して”五”と結ぶ約束事を予め決めていたのだ。

 まず守られることはないだろう。そんな気はするが、その時はその時だ。少しだけ湧いてしまっていた情であっても、すっぱりと断ち切ってやる。其の覚悟を持って。


 「……”二度と人間を喰わない”。そう俺と約束しちゃあ、くれねぇか?」

 「あん? 何だよ、それ……」


 ”熊”にとって、人間とは”食糧”だ。

 それを目の前の狼の獣人は、二度と喰わないと約束してくれ。などと云う。

 通常であれば、”五”は『否』と、軽くつっぱねただろう……なのに。


 「……しゃーねぇ。お前らにゃ、(ひしお)味なんて美味過ぎるモンを散々喰わせて貰ったからな。腹が減って死にそうにさえならなきゃ、なるだけ頑張ってやるわいな」

 「ああ、ああ。それで良い……まずは、それで良いさ」


 ”伊予の熊”の頭であった”赤兜”は云っていた。と、とある酒の席で、そう兄が話してくれた。

 

 『熊にとって血は活力だ、栄養だ』


 なのだと。


 だが、獣も血抜きの肉を与えていくと、その内に血が滴る肉より、しっかりと血抜きの処理をした肉をより好む様になってくる。

 訓練をしていけば、何れ獣の嗜好も変えられる筈なのだ。


 ”五”には黙っていたが、その実験をしていた様なものなのだ。


 (────やはり、俺は兄者と違うらしい。非情に成りきれない、ただの弱虫なんだ)


 ”六”との間にも、何とはなしに情が湧いていたのを彼が死んだ後に自覚しただけに、なるだけ”五”との接触には気を遣ったつもりだったのだが。

 どうやら、今回も鉄はダメだったらしい。


 「んじゃ、”五”よ。どうしても耐えられなくなってきたら、此処を訊ねて来い。()()()()()()もっと美味いモンを、嫌って程喰わせてやるからよ」

 「……良いな、それ。判った。そん時ゃ、”四”姉も連れてくるわいな」


 過去に人を喰ってきた”獣”は、こうして野に放たれた。

 だが鉄は、彼女なら大丈夫。そう確信していた。


 あいつは”俺”と約束してくれたのだから、と。




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