第246話 生まれたての眷属
(……ドウシテコウナッタ?)
(((……さぁ?)))
祈のこの問いに応えられる者は、この世界には何処にも存在していない様だった。
そもそも、祈の他に現状を正確に把握できている者は、玄武と霊的な経路で繋がっている俊明だけの筈、だろう。
その俊明ですら、玄武の『ワシだけ眷属がおらんから』の発言には、激しくツッコミたい衝動と、微かな戸惑いがあるのみだった。
(てーか、冥亀。何でこのタイミングでそんな寝言を……)
『そりゃあ、の? ワシだけ主様の育ての娘には、なぁんも貢献しとらんでなぁ』
(だからって……まぁ、いいや。お前さん、あの蜥蜴を造り替えるってか? それがこの世界にどんな影響を及ぼすか、ちゃんと判って言ってるんだろうな?)
そもそも<五聖獣>の北方を守護したる”玄武”は、多次元同時存在であり、時間の制約に囚われない。
確かに”概念”である以上、それらが発生した端と、消滅する端はどうしてもできてしまうが、所詮それも存在の端にしかすぎない。
当然、俊明は承知した上での、あえての質問である。
次代の”女王”は、未だ卵の状態であるにも関わらず、すでに”半神”となった祈の生命力をも遙かに凌ぐ存在に成長しているからだ。
この様な”存在”を、神の眷属として”再構成”する。どれほどの上位的存在が、出来上がってしまうのだろうか……?
玄武の選択は、下手をしなくても”天使ども”に難癖を付けられ、無駄な諍いの火種にもなりかねない危険性を孕んでいるのだ。俊明の懸念はそこにある。
『そこはそれ。ワシら<五聖獣>で、祝福してしまえばええ話よ。そうすりゃ、主様の育てた竜の娘の従者に丁度良かろうて』
(……祝福を逆手に取って拘束具とするってか……もうそれ本末転倒じゃね?)
俊明の目利きでは、祈たち四人の中では、青竜の娘である楊 美龍が一番霊力が強く、朱雀の眷属の端にある鳳 蒼が一番が弱い。それでも、<五聖獣>の祝福によって、その差はかなり縮まってはいるのだが。
そこに新たに玄武の眷属が入るとなれば、生命力=霊力の総量だけの話で言及すれば、他の四人の誰よりも強い存在となるだろう。
それをわざわざ”祝福”によって枷を嵌めるのだと、玄武は云うのだ……なんだか俊明は頭が痛くなってきた気がしてきた。
(……まぁ、そういう訳だ。祈、諦メロン)
(あ、とっしーズルい。途中で逃げないでよ)
『竜の娘よ。お主は深く考える必要なぞ無いぞ。ただ、仲間が増える。そう思ぅておくだけでええさ』
(その”原料”が、どう為様も無く不安を掻き立ててるんだけれどさぁ……)
なにしろ、玄武が眷属に指定した原材料こそが、目の前に動くモノ全てを食糧と認識し喰らい付くだけのケダモノの親玉なのだ。不安を覚えず何とする。祈は頭を抱えたくなった。
「祈さま、どうかなさいましたかぁ? 集中力の欠如には、甘い物が一番です。干し柿とお茶をご用意いたしますねっ♡」
「主さま、大丈夫カー、もしかしてお腹空いちゃったカ? 美美、今までつまみ食い我慢してきたカラ、まだまだ食糧持つはずヨー。後で一緒にタップリ食べようヨー」
「……ふたりとも、口ば開きゃあ、喰いモンばことばっかやな」
────わたしってば、もしかして皆に食いしん坊キャラで認識されてるの?
一瞬でもそう思ってしまったら、もう疑念が払拭できなくなって、色々とモヤる祈だった。
◇◆◇
態々祈が説明するまでもなく、この場に<五聖獣>が勢揃いした時点で、三人は何かを察した様だった。
「……つまりは、あの蜥蜴たちは、蜥蜴では無くなる……そういう認識でよろしいのでしょうか?」
『いや。そもそも”たち”じゃ無ぇ、あの卵の中の奴だけだ。そうだろ、玄武?』
『そうじゃ。そして、この死国の地に定期的に起こっておった”蜥蜴の害”も、これで無くなるだろて。そもそもの”原因”が、消え失せるのだからのぉ』
琥珀の疑問に青龍が応え、玄武が補足する。
次代の蜥蜴の”女王”に、玄武は手を加え眷属として別の種へと造り替える。
そして”兵隊”たちは、”女王”が居なくなれば直に動かなくなるから気にするなと云う。群体とは、そういう生き物なのだ、と。
『……だが、そろそろ始めぬと不味かろう。孵ってからでは色々と面倒だ』
『だな。御魂の入っておらぬ今だから、趣味に走って好き勝手にできると云うモノじゃ』
「なんか今、聞いちゃいけない言葉が聞こえちゃった気がするんだけど?」
『……すまぬが、聞かなかった事にしておくれ。我らの威厳が損なわれてしまうわ』
麒麟が急かして朱雀が頷き、祈がツッコんで白虎がそれを窘める。
「……なんて云うか。常識ってんな、本当に一体何なんやろうね? って、アタシ少しだけ思うわ」
「ナー?」
あぶれた蒼が黄昏れ、美龍が何となくそれに相づちを入れる。
(混沌だなぁ……)
(きっと誰もが不安を抱えておるのでござろうて。”此”からどの様なモノが出来上がるか……拙者、正直想像もつきませぬ)
(まさか、まんま”蜥蜴人間”だなんて、そんな安直なモンじゃないわよ……ね?)
((さぁ、なぁ……?))
────こればかりは、主となる玄武の感覚次第だし。
俊明は、皮脂でヌルりとテカる額を、掌でぺちぺちと力無く叩いた。
◇◆◇
「……だからってさ。何でわたしが”母親”にならなきゃいけない訳、なのさ?」
『”生物”特有の刷り込みと云う奴だの。すまぬが、諦めてくれ』
卵から孵った子が、最初に眼にした動物を母親と認識する────生物が持つ基本本能たる”刷り込み”は、正常に作動したのだ。
問題が、ひとつだけあるとすれば。
「わたし、さ。知らぬ間に、娘が二人になっちゃった訳、なんだけれど?」
「……静さまは、新しい”妹”を、ちゃんと受け入れてくださいます、でしょうか?」
「難しいだろネー。この子、どう見ても美美と同じくらいの年嵩の娘に見えるヨー。妹で通すには、かなり無理あるネ」
「ちゅうか、何処ばどう見たっちゃ、祈ん娘には見えんちゃろ。むしろ、祈ん姉って云われた方がしっくりくるばい」
「ダヨネー……くそぅ、絶対大きくなってやるっ!」
「ははさま、ははさま」
四海の北方門を守護し、亀の姿に蛇の尾を持つ聖獣”玄武”。
その眷属として蜥蜴の女王から造り替えられてしまった娘は。
身体の何処にも、何らかの獣人種特有の外見的特徴の一切を持たず、ただの人間種の娘にしか見えなかった。
唯一、普通ではない所を挙げるとするならば────
「彼女の髪の毛、まるで生きているみたいですね。なんだか……」
「ウネウネ、わさわさ動いてるネー」
「うわぁ、徐々に祈に絡みついて……気持ち悪かぁ」
「母さまぁ、母様……」
「ははは、はははははは……」
自分を母と慕うのは、本音を云えば色々と構うのだけけれど、この際構わない。
”姉”と喧嘩さえしなければ、もうそれで良いや。と云うくらいには、祈はすでに諦めている。
彼女は一息毎に、言語やら世の理やらを、凄まじい勢いで学習しているらしい。先程まで呂律すら妖しかったのに、今でははっきりとした滑舌で”母”と口にしているのだ。
(怨むよ、玄武さんっ……)
元蜥蜴の娘に対し、寄って集って”祝福”をしたかと思えば、全て事が終わったとみるや否や<五聖獣>の全員がそそくさとこの場を後にした所を視るに、
『……あンにゃろども、逃げやがった』
つまりは、そう云うこと、なのだろう。
次に遭った時、あいつら全員、思いっきりぶん殴ってやろう。祈は心に堅く誓った。
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