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第245話 蜥蜴の女王




 蜥蜴どもの”巣”は、鍾乳洞の中に在った。死国の西端に程近い場所に、ぽっかりと空いた洞だ。


 (……どう考えても、天然のモンじゃねぇな、こりゃ)


 前々々……世と、科学の発展した現代日本で長く生きてきたお陰か、この中でも一番多岐に渡り豊富な知識量を誇っているだろう存在の俊明がぽつりと呟く。

 豊富な知識とは云っても、とある方面だけに特化して造詣が深いだけで、全般で見れば、とても薄く、広く、そして底が浅い程度のもの……なのだが。


 (それ自体が魔力を帯びておるのか、鍾乳石が淡く光っておる様で。何とも奇っ怪な)

 (周囲のマナ密度は、本当に異常。此の一言に尽きるわね。何時ぞや彷徨ったミスリルの廃坑みたいに)


 薄らと光る岩は、異常なマナの反応によるものなのかも知れない。とは、マグナリアの言だ。


 「ああ、指宿の……」


 ────そういえば、最奥の湖に棲んでいる玄武さんは、今頃何をしているのだろう?


 <五聖獣>として祈達を寄って集って強引に祝福し、”半神”に変えてしまった精霊神の内の一柱を思い出し、祈は少しだけ遠い眼をした。


 そのお陰で、祈達は魔王を完全に”駆除”することに成功し、以後列島はその脅威に怯える必要はなくなった。

 また()()()()()()()()()()()()()()()()曝されてしまっている訳だが、流石に今回の件に関して云えば、彼らの合力を頼ろうとするのは虫が良すぎるだろう。祈は甘過ぎる考えを断ち切るかの様に(かぶり)を振った。


 (てーか、むしろ例の大魔王の一件で、お前さんは<五聖獣(あいつら)>にデッカい”貸し”があンだから、多少の無茶は言ってやっても良いハズなんだぞ?)

 (左様。その程度の()()も無くば、誠やってられませぬな)

 (でも、なんかあいつらを喚んだりしたら、よりもっと面倒臭くなる気がするのよねぇ……)

 (うへ。怖いこと言わないでよ、マグにゃん)


 15年程度の極々短い期間でしかないが、祈が今まで歩んできた人生経験上、その手の類いの”悪い予感”と云う奴は。

 大概が、そのままずばりで当たるか、より悪い状況になって遭遇するか……そのどちらかである場合が大半で、取り越し苦労で済んだ試しがほぼ無かった。


 (所謂『フラグ』って奴だ。諦メロン)

 (……とっしーが何時もそういう風に云うから、()()()()()()()()()気がするのは、わたしだけかなぁ?)

 ((あぁ~……))


 俊明レベルの呪術者になると、軽口程度のモノであってすら、そこに当たり前の様に”言霊”が乗り、世界に多大なる影響を及ぼせてしまう。例えそれが無意識によるものであったのだとしても。


 そんな俊明に師事を受けている以上、何れは祈も同等の”権能(ちから)”を身に付ける可能性もある。

 ……であるならば。

 以前、寝起きの怠さと共に祈が吐いた”太陽、死なねぇかな……”と云う呪詛は、もし仮にそれを口にしたのが俊明であれば、忽ちに大地は光を失い凍り付き、其の地に根付く植物たちが枯れ果て、鳥は飛び立つ空を失い、人々は笑顔を忘れてしまう事態にもなりかねない危険極まりないモノであったのだと云う……


 『常日頃の言動には、特に注意するべし』


 そう常々云われ育ってきたのだから、祈のこの懸念は、守護霊二人にとっても同様のものであった。


 (……だ、大丈夫だ。そうならない様に、特に気を付けているからな……最近は)

 (最近は。ってさぁ……)

 (いつもあたしのことを物騒だ、何だって言うけれど、絶対にあなたの方がヤバいと思うのよね……)

 (左様にござるな。其の気にならずとも軽口如きで文字通り人を殺せる存在なぞ……拙者、俊明どの以外存じ上げぬ)


 (だぁっ! 今はそんなこたぁ良いだろっ!! それよか、今は蜥蜴の方だ)

 (……強引に話をすり替えましたぞ)

 (だからぁさぁっ!)


 確かに俊明の云う通りだ。祈はもう一度改めて、蜥蜴どもが歩む先を”霊の眼”で観た。

 ここまでの長き道のりの間に、随分と消化が進んだのか、今にも八切れそうだった腹は、すっきりと引っ込んでいたが、空腹を覚え今一度”餌場”へと向かおうとする素振りはみせていない。

 それどころか、祈の”霊の眼”に映る彼らの生命力(プラーナ)は、今や絶頂の状況で光り輝いているのだ。


 「……祈さま。どうやらあそこが最奥の様です」

 「うわぁ……なんや、あれ。気持ち悪か見た目ばしとぉなぁ」

 「……この場合は、女王()()って奴だぁネ。きっとあのパンパンのお腹に、卵ぎっしりヨー」


 周囲の蜥蜴の何倍もあろうかという一際大きな”個体”が、(ヤン) 美龍(メイロン)の云う通り”女王”なのだろう。

 その腹部が異様に大きく膨らんでいるのは、周囲を蠢く夥しい数の”兵隊”どもを観れば一目瞭然。産む機械と化しているから、だろう。

 そして、その腕の中には大きな卵がひとつ抱きかかえられていた。

 その卵が内包する異常なレベルの生命力の強大さに、今や半神と化した祈の”霊の眼”をもってすら、目映さに視界を灼きかねない閃光を覚えるほどであった。


 「……ああ。この為に蜥蜴たちは……」


 帰還した”兵隊”たちが次々と卵に触れたかと思うと、一瞬で干涸らび灰と化し虚空へと千々に消えていく。

 よくよく周囲を見ると、女王の生命力は、今や枯渇寸前となっている様だ。

 恐らく、卵に吸われるままにしているのだろう。と、いうことは。


 「アレが次代の”女王”になるんだろうね」


 死国に生くる各種族の筆頭職(おさ)たちが、『蜥蜴の害』は、数十年単位で起こるのだと云っていた。

 ……つまりは、そういうことなのだろう。


 「やったら、あン卵ば割ってしまや、そこで全部(じぇんぶ)解決するっていうことやな」

 「……あれだけタップリ栄養を蓄えた卵なラ、きっと美味しいんじゃないかナー?」

 「うげ。流石にドン引きですよ、美龍」


 (てーか、卵の中身は、すでに肉体の生成がかなり進んでいるみたいだな。青竜の娘の云う様な卵料理は、もう無理だぞ)

 (うわっ。あたしバロットやホビロンとか、()()()()()は生理的にダメ過ぎるのだけれど)

 (あれはあれで、かなりの珍味ではござるが。まぁ……)


 ……てゆか、どっちもドン引き過ぎるよっ!


 その言葉をグッと呑み込み、祈は今すぐ卵の中身を破壊すべく精神を集中し、印を結び始めた。


 『待て。竜の娘よ』


 長き修行の果てに何千、何万と幾度も繰り返し行ってきたこの動作を、今更間違う筈も無い。


 なのに、今回は。

 自身を押し潰すかの様な、あまりに強大な思念によって、集中を乱されて”妨害”された。


 (────へ? 玄武、さん??)


 『すまぬが、その”生物”を滅するのだけは、勘弁してくれぬか?』


 ──何でさ?


 その言葉を祈が発する前に、水/陰(冥)を司る精霊神が云う。


 『……我が”眷属”を、其奴から創ろうと思うて。ワシだけ、”眷属”がおらんでな』


 ──だから、何でさ?


 祈の脳裏を流れたのは、そんな言葉だった。




誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。

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